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僕の憧れのマーメイドは、オーダーメイド、マンメイド  作者: 夜狩仁志
第5章 五日目、神は魚と鳥を創造した
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第30話

 

 上目づかいに僕を見つめたエルさんは、何か重大な運命を背負ってきたような、重く、深い言葉を僕に投げかけてきた。


「世の中には知らなくてもいいことがあるのよ。それにこの世の全てのことを知ることなんか出来ないし、知る必要も無いんだよ」


 エルさんは寂しそうに続けて言った。


 もしかしたら本当に知る必要がないこと、知ってはならないような内容なのかもしれない。それでも、僕はナナちゃん達の身にどんな事が起こっているのか知りたかった。そして僕はナナちゃん達の為に出来る限りのことをして上げたかった。


「僕はもっとナナちゃんやエルさんのことを知りたいんだ」

「……………でも、私たちのこと……知ったら………幻滅するよ」


「しないよ」

「……………でも、嫌いになっちゃうよ」


「ならない」

「……………でも………でも…………」


 エルさんは弱々しく呟くと、再び口を閉ざした。

 僕はそれ以上エルさんに尋ねることはしなかった。それは僕が無理やりみんなの嫌なことを聞きだすのではなく、エルさん自身の意志で僕に語ってくれることを願ったからだ。


「………聞いても驚かない? ビックリしない?」


 エルさんは顔を曇らせながら聞いてきた。その問いに僕は首を縦に振った。何を聞かれても驚かない準備はしている。あの連中が僕のことを殺そうとしたくらいだから、きっと良くない話に違いないということは、薄々感じている。


「…………あのね………真一ね………その………私たちは…………」


 そこまで言ったエルさんは、いったん躊躇したが、そのまま続きを語り出した。


「……私たちは………その………創られた………人間なの…………」


 作られた人間?

 僕は声に出さず心の中で繰り返した。よく意味が分からない。


「……正確には……人間じゃないわよね…………動物…かな? 少なくとも、あそこの人たちはそう思っているけどね」

「動物って、そんなこと………だってエルさんやナナちゃんは立派な……人だよ」


 確かにその姿は普通の人ではないが、動物なんて呼び方は変だ。人間だよ。


「………でもあそこでは、私たちを人間として扱わずに、商品として扱っていたわ」


 あそこの人たち? 商品? 一体どういうことなんだろう……


 僕は黙ってエルさんの話の続きに耳を傾けた。


「ここのね、山をもっと越えていって、海が見えるところの地下に、大きな研究所があるの。そこで私たちは創られて育成されていたの」

「ち、ちょっと、作られたって……何? だ、誰が、そんな…………何の目的で?」


 僕はエルさんの語ったことが、にわかに信じきれず、堪え切れずに尋ねた。


 エルさんは一呼吸入れ、話し始める。


「世界各国の有力者が希望した生物を創り上げるのよ。莫大な料金を払えさえすれば、生物の遺伝子を操作して、その人のお好みのペットを創ってくれるの。

 こんな動物を創ってくれ、って注文があれば、研究所の技術力範囲内なら、どんな生き物でも創り出して提供するの。どんな人が頼むのかよく分からないけど、物好きなお金持ちの人なんかが、その研究所に依頼をしたりしてるみたい」


 僕はエルさんの言った事が直ぐには頭の中には入ってこなかった。


 ……遺伝子操作で、ペットを……創る? 

 そこで当然の疑問が湧いてくる。


「……遺伝子操作って、そんなこと許されるの? 出来るの?」

「そんなことは分からないよ。でも、その技術によって私たちが生まれてきたのは確かよね。

 あくまでも注文された商品としてね。だから…」


「ちょっと待って! それじゃあ、エルさんやナナちゃんは……えっ? じゃあ遺伝子操作で…?」


 僕はあまりに意外な言葉を聞いて、エルさんの話を遮り、身を乗り出して尋ねた。


「………そうよ。だから私たち商品には名前がないの。みんな製造番号で呼ばれているの。私のこのエルフっていうのはドイツ語で十一の事よね。

 何でドイツ語なのかというと、依頼主がドイツの資本家だったから。名前でも愛称でも、その人の手に渡ってその人が付ければいいんだから。

 それで研究所内ではみんな番号で呼ばれるのよ。ここにいるワンちゃんは、英語で一の事よね。

 ワンちゃんはイギリスの大馬主の注文で、白馬で角の生えたユニコーンみたいな馬が欲しいって。

 それでもう分かると思うけど、ナナっちの場合は日本語の七のことよね。日本の有力者が若くて美しい女性の人魚が欲しいって事で創られたのよ。

 どうやらその依頼主は研究所のお得意様らしくて、この日本での活動を支援してくれているみたい。それで難しい人魚ってのを、多額の資金を用いて誕生させたらしいよ。出来も良かったしね。だってそうでしょ、顔良し、気品良し、性格良し、申し分なし。そんな訳であいつら必死に探してたんじゃないの?」


 ……そんな……ナナちゃんが七? エルさんは十一?

 人を番号で呼ぶなんて……今エルさんが言ったことは本当なのだろうか…遺伝子操作で生み出されたというのは……とても信じられない。

 いや、信じたくない。でもエルさんの話は説得力があった。

 僕は自分の耳を疑ったまま、その場で失望とも悲しみとも怒りともいえない、妙な衝撃を胸に受けて、ただその場で唖然としていた。


「だから……だから、私たちは………その……そうなのよ……そういうわけなのよ……」


 最後エルさんは声を詰まらせながら、そのように言った。

 こんな事って許されていいのだろうか?

 人間の遺伝子を勝手に操作するということを、そしてそうやって生み出された人を動物のように扱って、売買して……


 僕はナナちゃんやエルさんが今まで時折見せてきた、悲しい表情の持つ意味を今ようやく分かった気がした。それは自分が今まで背負ってきた運命への嘆き、悲しみ、苦しみの現れだったのだ。

 そう思うと僕は、ナナちゃんやエルさんたちを苦しませているものへの怒りが込み上げてきた。そしてそのような非人道的な行いを今までこの地でまかり通っていたことへの憤りで、僕は拳を固く握りしめ全身を震わせた。


「……あそこでの生活は、本当に辛かった。厳しく管理された生活、厳格な規則に従った毎日で、ちょっとでもそれに背いたら、厳しい罰が与えられたし…… 

 ドイツ語だって必死に勉強してきたし、自分の体の手入れも欠かさなかった。依頼主の要望に合わない姿だったり、性格だったりすると………処分された……… 

 それで何人もの友達が……廃棄処分されていった……」


 エルさんは遠い日々のことを思い出すかのように、時折鼻をすすりながら声を詰まらせて言った。そして僕の胸には、涙声のエルさんが口にした処分という言葉が深く突き刺さってきた。

 廃棄処分だなんて………その研究所は人を、生き物を何だと思っているんだ!

 僕は人を人と思わないその所業に、強い憤りを感じた。

 そして堪えきれなくなったエルさんは、さめざめと泣きながら話してくれた。


「……私とね、ナナっちとは、幼なじみなの。私の方がちょっとお姉さんなんだけどね。その、まだ小さい子は担当の飼育係の下で育てられるの。

 で、私とナナっちの飼育係が、たまたま一緒だったの。ヤマモトって言うおじさんだったんだけどね。それで小さい時から一緒に育てられていたのよ。

 でね、そのヤマモトはね、学会では結構有名な人だったみたい。昔は教育学とか心理学の研究をしていたみたいなんだけどね。で、ある時考えたんだって、自分はこんな事をしていて本当にいいのか、って。たぶんナナっちの事を育てて、あんまりにもいい子だったから、情が移っちゃったんだろうね。

 それで、私達や、他のみんなをこっそり逃がすことにしたの」


 それでナナちゃんは海に逃げ出して、あそこの浜辺に流れ着いたというのか………まさかそんなことが、こんな近くで行われていたなんて………


「多分ヤマモトもあの騒ぎの中で……… 

 ねぇ、それで真一はさぁ、ナナっちのことどう思ってるの?」


 僕はエルさんに、急にナナちゃんのことを尋ねられて戸惑った。


「………どうって、何が?」

「何とぼけたこと言ってるのよ。好きなんでしょ、ナナっちのこと」


 ………僕は否定しなかったが、頷くことが出来なかった。


「ねぇ、助け出したいと思わないの?」

「助けるって?」


「あの連中から、研究所からよ」


 助け出すなんて…… 僕だって出来ることならナナちゃんとこれからも一緒にいたいと思ってる。

 でも、正直そんなことは怖くて出来ない。怖いし、そんな大それたことする自信ないし、勇気もない。情けないことだが、僕には到底、無理な話だ。


「真一はそんなことでいいの? ナナっちがいなくなっちゃってもいいの?」


 視線を背けた僕に対して、エルさんは責めるように言った。


「………僕だってそんなのは嫌だけど………無理だよ……僕には…………」

「この意気地なし! 弱虫! そんなんでナナっちを好きになろうってゆうの」


 僕には反論することが出来なかった。そう、確かに僕にはナナちゃんを好きになる資格なんて無いのだ。

 所詮僕の住んでいる世界とは別の次元に住む人たちの話なんだ。僕なんかが迂闊にナナちゃん達と接することなんか許されなかったんだ。首を突っ込むような簡単なことではないのだ。不用意に近づけば、また命を狙われるだけだ。


「あの……やっぱりこういうことは、警察に頼んだほうが……」

「そんなの役に立つわけないじゃん。今までその研究所が存続し続けてきたくらいだから、背後にはもっと強い権力がついているのよ」


 そんな……警察という国家権力も介入できない権力っていったい………


「もういいよ、真一なんか。後は私達だけで、やるんだから」

「私達だけでやる、ってどういう事?」


「私とワンちゃんとで研究所に乗り込んで、ナナっちを助け出すの」

「そ、そんなの無理だよ。二人だけで………殺されちゃうかもしれないんだよ」


「いいよ、別に」


 え! 何で…… 

 何でそこまでしようとするの?

 怖くはないの? 


「前までの私だったら、怖くて逃げ出してたと思う。私だって、もうあんなところには行きたくない…… 

 でも真一は言ったじゃない。頑張れば何でも出来るんだって。最初から諦めてたら何にもならないって……… 

 そしたら私、飛ぶことが出来たじゃない。見てたでしょ、真一も。あの時私、本当に嬉しかった……そして真一に感謝した。

 今まで私は逃げてばっかだった。でもあの時、真一とナナっちのことを見て決めたの。これからは逃げないで立ち向かって、みんなで一緒にいよう、戦って守っていこう、って………」


 確かに僕はエルさんにそう言った。それは憶えている。でも今回はもっと危険で命の保障だってないんだ。


 ………だから…………だから…………


 僕はエルさんが飛んだ時の様子を思い出していた。綺麗な白い翼を使って目の前で空中を滑るようにして通り過ぎていったことを…… 

 まるで天使が奇跡を起こしに舞い降りてきたような……そんな光景を…… 

 もしかしたら、エルさんの強い意志が不可能を可能にさせた……奇跡を起こしたのかもしれない。そしたら……そしたら今回もみんなで力を合わせれば、奇跡を起こせるかもしれない。それでナナちゃんを救い出して、またみんなで一緒に仲良く暮らせるかもしれない。

 そう思うと僕は少し……少しだけではあるが勇気が出てきた。僕はエルさんに顔を向ける。エルさんは真っ直ぐ僕の目を見ていた。


「…………分かった。やってみるよ、僕も。みんなでナナちゃんを助け出そう」


 僕はその言葉が偽りでないよう、後で覆してしまわないよう、力強く自分に言い聞かせるように、ハッキリと口にした。

 その言葉を聞いたエルさんは、にっこりと微笑んで僕に返した。


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