第27話
「起きなさい! ほら、真一、起きろー」
…ん? うるさい……
誰かが枕元で怒鳴っている……
でも…まだ眠いので起きたくない……
「こらー 起きろー」
うっ、寒い……
布団を持っていかれた……
しかも寒いだけでなく、体が痛い。誰か僕のことを蹴っ飛ばしているみたいだ。
僕はこれ以上痛めつけられないように、仕方なく起きあがって目を開く。
「こら、いつまで寝ているんだ。早くこっちに来なさい」
僕の目の前にはエルさんが立っていた。何でエルさんが僕を起こしに来たんだ。それと早く来なさいって、僕、何かした? ところで今何時?
僕はエルさんに手を引っ張られると、そのまま引きずられて行かれる。まだ僕は寝起きのため良く頭が働かない。何だろう? どうしたんだろう? 何が起こってるんだろう?
僕は現状を理解する暇も無く庭まで連れて行かれる。太陽からの眩しいほどの日差しに僕は目を細める。そんな眠い目を擦りながら辺りを見渡すと、外にはワンちゃんが、縁側にはストールを体に羽織ったナナちゃんが既に座って待っていた。
「ねえねえねぇ、見てよ見てよ、凄いんだよ」
僕は外へ投げ出されると、エルさんはそう言いながらワンちゃんに乗り出した。
………一体何が凄いんだろう………何をそんなに急いで見せたいのだろう?
僕は目が痛くなるような白くて眩しいワンピースを着たエルさんへと視線を向ける。エルさんはワンちゃんの首に両手をかけて、腹這いになりながら乗っかっている。
「いい、ちゃんと見てるのよ。見てなさいよ」
ちゃんと見ていますよ。それよりそんな格好して乗ったら危ないよ。
そんな僕の心配をよそに、エルさんを乗っけたワンちゃんは走り出した。そのまま向こうの方へ駆けてゆくと、折り返してこちらまで更にスピードを上げてやって来た。
エルさんの体はワンちゃんの背中から浮いており、ワンちゃんの首に巻きついた腕だけで繋がっていた。そして白い翼は思いっきり左右に広げられていた。
何をする気なんだろう………危ないから降りた方がいいのに………あっ、手を放した。エルさんが手を放しちゃった。
エルさんはワンちゃんの首に回していた両腕を放した……そのまま投げ出される…と思った僕だが、エルさんの体はその場の地面に真っ直ぐ落ちることなく、ゆっくりと……空中を滑るように……まるでワイヤーで吊された模型飛行機のように、スゥーっと飛んできた。
そして徐々に地面に近づいてゆき、僕たちの目の前で顔面を大地にこすりつけながら、胴体着陸した。
………エルさんが飛んだ?
短い間ではあったが、確かに背中の翼を使って、空中を滑空したことには間違いない。
凄い!
まるで水面に降り立つ白鳥みたいに、綺麗に、優雅に。そんなエルさんの姿に僕の心は奪われてしまった。もしかしてエルさんはこれをみんなに見せたくて、僕をたたき起こしたのだろうか。
「どう? ねぇ、どうよ? 飛べた? 飛べたでしょ、私」
エルさんは地面から立ち上がると、前面土だらけになって汚れた体を僕たちの方を向けて言った。
「凄いよ、エルさん! 飛んだよ、飛んだ!」
僕は素直にそのことに喜んだ。あんなに空を飛びたがっていたエルさんも、頑張れば出来るんじゃないか。その気になれば、夢だって叶えられるんだよ。
「エルさん、素敵です。おめでとうございます」
縁側で座ってみていたナナちゃんが、拍手をしながらエルさんの功績をたたえた。
「ねぇ、凄いでしょ、私、この翼で飛ぶことが出来たんだよ」
エルさんは土まみれになった顔をほころばせると………僕の脇を通り過ぎナナちゃんのところへ駆け寄って、お互い手を取り合って喜んだ。
「ホントに良かったね、エルさん。やっぱり凄いよ」
僕は仲良く笑い合っている二人のところへ近寄り、エルさんに賞賛の言葉を送った。
「どうだ、真一。私だって飛ぶことぐらい出来るんだぞ」
エルさんは僕に向かって、胸を張りながら白い翼を動かし、偉そうに言った。
………この前まであんなに自信なさげで、自分の翼がまるでお荷物かのように語っていたのに………これも僕が励ましてあげたから………もしかして昨日のあの時から、山の中でずうっと練習していたのだろうか?
「ホント凄い。見直しました。これでみんな揃えばどこにも行けないところはないね」
「はぁ?」
………エルさんとナナちゃんは僕の言葉に対して目を大きくして、不思議そうに見つめている。
「あ、いやね、エルさんがいれば空を飛べるし、ナナちゃんは海の中。ワンちゃんがいれば陸を早く走れるから………どこでも行けるねって意味で………」
ただ何気なく口にした言葉であって、深い意味なんてない。ただ、つい嬉しくなって冗談交じりにそんなことを言ってしまっただけだ。
そんな僕達のところに、自分の名前を呼ばれたと思ったのか、ワンちゃんが息を切らせながらやって来た。お疲れ様です、ワンちゃん。
「そうだよ、私たちが揃えばどこだって行けるよ。ねえナナっち」
エルさんは僕の話を聞いて、顔をほころばせ子どものようにはしゃいで言った。
「えぇ、そうですね。どこだって行けちゃいますよね」
「すごーい 私たちって凄いね…………で、真一は何が出来るの?」
……え? 急にエルさんに話を振られて困った。
……僕は……何が出来るか? 何が出来るんだろう……… ちょっとだけなら泳げるし、走ることも出来るが…………みんなほど特殊な能力があるわけでもないし………って事はもしかして僕って………無能?
「……あ……僕は、三つのしもべに……命令することかな…………」
「誰が、誰のしもべなのよっ!」
…うっ……痛っ…… 僕はエルさんにスネを思いっきり蹴られた。僕はその場に崩れ落ちる。
冗談が通じる相手ではないことを忘れていた……
「あっ、そうだ! ねぇ、写真撮ろうよ、記念写真。ほら真一、もって来たでしょ、カメラ。早く持ってきてよ」
早速僕はエルさんに命令されてしまった。別にいいんですけどね、みんなで写真撮りたかったし。
僕は自分の荷物の中に入れてあったデジタルカメラを取りに戻る。ついでにまだ寝間着だった僕は着替えることに。そういえば、まだナナちゃんたちと写真を撮ったことがなかったんだっけ。
そっか、みんなで写真撮影か……なんかワクワクしてきた。でも本音を言うとナナちゃんと二人っきりの写真なんかがよかったんだけどなぁ。
僕はカメラを手に庭に戻ってくる。エルさんはさっき土だらけになった白い服をはたき、顔もしっかりと洗ってきており、準備は整っていた。
「遅いぞ、こらー」
僕はエルさんに怒鳴られる。そんなに急かさなくても時間はたっぷりあるんだから。
どうやらみんなはこの家をバックに写真を撮るようだ。縁側にナナちゃんが足をたらしながら座る。ナナちゃんを中心にして、右側にエルさんが立って、左側にはワンちゃんがナナちゃんに顔を近づけるように寄り添う。
僕はそんな姿をカメラの画面に収まるように庭に出てカメラを向ける。レンズ越しに見えるナナちゃんたちの姿は、なんだか仮装パーティーの記念撮影みたいだ。人魚に、翼の生えた女の子、そして角の生えた馬。何だか凄い…
「真一、綺麗に撮るんだぞ」
エルさんが澄ました顔のまま僕に注文をつけてくる。そんなこと分かってますよ。…ところで何か忘れているような…… って、僕が写らないじゃん。嫌だよそんなの。
僕はハッとしてカメラから顔を離して叫んだ。
「ちょっと待ってよ、僕はどうするの? これじゃあ、みんなと一緒に写らないよ」
「なに言ってるのよ、カメラマンは写真を撮るのが仕事でしょ」
酷い事を言うなエルさんは。いつ僕がカメラマンになったっていうんだよ。僕だってみんなと一緒に写りたいんだよ。
「あの、みんなで一緒に写りませんか?」
ナナちゃんが横にいるエルさんに向かって言った。やっぱりナナちゃんはエルさんと違って優しいな~ そんな事言ってくれて、僕は嬉しくて涙が出てきそうだ。
「うん、じゃあみんなで撮ろっか」
ナナちゃんの一言でエルさんの態度もコロッと変った。
結局、僕達は場所を入れ替えて、縁側にカメラを置いて僕達は庭に出て家の方を向く形に。位置は大体さっきと同じ、真ん中に車椅子に乗ったナナちゃんが、その後ろに僕が立って左右にエルさんとワンちゃん。僕はナナちゃんの近くで写真に写れる事が嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。あんまり変な顔で写っていなければいいんだけど…
タイマーをセットされたカメラは、しっかりと僕達の姿を捉えてくれるだろうか? 僕達はシャッター音が聞こえると急いでカメラの元に集り、撮りたての画像を確かめる。
「あ、綺麗に写ってるじゃん。やっぱ、モデルがいいのかしらね」
「本当にみんな綺麗に写っていますね。真一さんも、エルさんも、ワンちゃんも」
「そうだね。でもナナちゃんが一番綺麗に写ってるんじゃない?」
「……じゃあ、私は何番目なのよ?」
「え? あ、いや………エルさんも十分美しく写っていると思います」
「あ、あの、エルさんも真一さんも、あの、みんな良く撮れてますよ」
僕達はお互い顔を近づけながら、小さな画面を見つめてはその感想を言い合った。僕はみんなと一緒の写真が撮れて、とっても嬉しかった。みんなと一緒に共有している時間を、思い出として写真という形で残せた事が、僕を幸せな気持ちにさせてくれた。これから、もっといっぱい多くの時間をみんなと過ごして、みんなとの思い出や写真を残せたら、どんなに幸せなことか……
「こんな奴ほっといて、ご飯にしよう。お腹空いちゃった」
「あ、ご飯なら準備できていますよ」
二人は楽しそうに話しながら、家の中へと入っていた。ワンちゃんはすでにその辺りに生えている草をムシャムシャと食べていた。
僕は取りあえず、まだ出しっぱなしだった布団を片付けに部屋に戻る。
そして僕が庵にたどり着いた時には、エルさんは既に座り込みトーストを美味しそうにかじっていた。僕はナナちゃんの横に座った。
「真一さんのは、もうすぐ焼き上がると思います」
僕はナナちゃんの手にしているものに目を移す。それは枯れ枝に刺した食パンで、ナナちゃんがそれを庵の火であぶっていた。
焼き食パン? 庵の火で食パンを焼くなんて、何か凄い……
エルさんが食べているのも、こうやって焼いた物なのだろうか。エルさんは既に一枚目を食べ終えて、もう一枚のパンの上に何かを塗っているところであった。
僕はナナちゃんに手渡された焼き食パンを受け取り、それを口にする。この焼き加減がちょうど良い。もしかしたらナナちゃんは料理のセンスがあるのかもしれない。でも基本的にナナちゃんが食べるものは、熱くない物なんだなぁ~ 僕の横でナナちゃんは、食パンを生のままで食べていた。
なんか、こんな生活ものんびりしていていいかも。きっとおじいちゃんもこんな生活を夢見ていたのかもしれない。このままナナちゃん達はここで暮らして、僕は学校がない週末にやって来て、こんな風に一緒にご飯を食べたり、遊んだり、山へ行ったりするのも悪くはないなぁ~
僕は二人の姿を見ながら、そんなことをボンヤリと考えていた。




