第26話
家に戻ると、ナナちゃんがすっかり部屋を綺麗にして、食事の準備までもしていてくれた。ナナちゃんは僕一人だけが帰ってきたのに首を傾げたが、僕が理由を説明すると、エルさんが帰りしだい母さんが作ってくれたお弁当を食べることにした。
エルさんの帰りを待っている間、ナナちゃんがエルさんの翼に関して僕に、
「もし真一さんに腕や足が余分に生えて生まれてきたら、どう思いますか?」
と、尋ねてきた。……僕はその事を考えて、あまりいい気持ちはしなかった。
きっと僕はエルさんに酷いことを言ってしまったに違いない。帰ってきたらちゃんと謝ろう、そう思った。
日が沈みかけ、山の向こうが赤く染まった頃、エルさんはワンちゃんに乗っかりながら帰ってきた。エルさんの全身は土が付き汚れていた。いったい何処を回って何をしていたのだろうか? とにかく僕はさっきのことをエルさんに謝った。
エルさんはそんなことよりもお腹が空いたと言って、ナナちゃんが用意していたご飯を真っ先に食べに向かった。
食事を終えたら、掃除をして汚れたナナちゃんと、どこで何をしてきたか泥だらけになったエルさんはお風呂に入ることになった。お風呂といってもお湯を庵で湧かして、それを体に掛けるシャワーみたいなもんだ。ちなみに二人の入浴中、僕はエルさんに柱に縛り付けられていた。エルさん曰く、覗かないようにとのことだが、かなり酷い仕打ちだ。
夜は僕が買ってきたあの花火セットの残りをやることに。普通、花火は夏にやるのだが、山の中で静まりかえった涼しげな春の夜にやるのも、なかなか趣があるかな~と感じた。縁側に座って花火をやる寝間着姿のナナちゃんは、またとっても可愛かった。暗闇の中、花火の色鮮やかな光りに灯された人魚姫の姿は、とっても幻想的で奇麗だった。
ちなみに僕は花火を持ったエルさんに追いかけ回された。人には向けたら危ないと言っているにもかかわらず、僕に花火を向けては楽しむといった、間違った使い方をしていた。仕返しにネズミ花火をエルさんの足下に三発投げ込んだら、ビックリして飛び上がり泡くっていた。あの時もしかしたら翼を使って数秒飛んでいたかもしれない。そんなエルさんの姿を思い浮かべると、つい笑ってしまう。もちろんその後僕は、怒ったエルさんにボコボコにされたのだが………
今僕は座敷に三つ並んで敷かれた布団の、右の布団に寝ながら今日一日のことを振り返っていた。今日一日色々あったが、二人が楽しんでくれて何よりだ。ワンちゃんも広々としたところで駆け回れたので、喜んでくれていることだろう。
さっきまで僕たちは布団に入りながら、みんなで話をしていたのだった。もっぱら僕の学校生活についてだった。二人が学校について知りたがっていたので、僕は何気ない普通の学校生活について、勉強のこと、クラスのこと、友達や先生、学校行事、部活など、そんなことを話してみた。僕の平凡な生活状況でも二人は十分に興味を示してくれた。気が付いたら一番端に寝ているエルさんは眠っていた。今日一番活動していたのはエルさんだもんな。きっと遊び疲れたのだろう。ここからでも小さな寝息が聞こえてくる。
僕も疲れたので寝ようかな……… そう思った時、横で寝ていたナナちゃんが布団から這い出してくる音が聞こえた。
何だろう? 喉でも渇いたのかな?
……僕は特に起きあがることはしなかった。…………でもしばらくしてもナナちゃんが戻ってくる様子はなかった。心配になった僕は、ナナちゃんを捜しに立ち上がった。
僕はナナちゃんが向かったと思われる方へ向かうと、ナナちゃんは縁側に座って夜空を見上げていた。満月からやや欠けた月の光に照らされたナナちゃんは、青白く儚げに浮かび上がって見えた。
「どうしたの? ナナちゃん。こんな寒い中……」
「あ、真一さん」
僕はナナちゃんの隣に腰を下ろす。
「どうしたの? 眠れないの?」
「いえ、ちょっと星を見たくなって」
そう言うとナナちゃんは再び空へと視線を向ける。それに僕も倣う。
星……か。ここは空気が澄んでいるようで星がよく見える。こんなにたくさんの星があったんだな。普段意識して空を見上げることがなかったから気が付かなかった。僕はあまり天文学には詳しくないので、残念だがナナちゃんに星座とかの話をして上げられない。
「私たち、いつも建物の中で暮らしていて、外に出ることなどほとんどなかったもので………星空なんて久しぶりで……だからこんなに綺麗だったなんて……」
私たち? 建物の中で暮らしていた? ナナちゃんはそんな言葉を口にした。それは一体どういう事なのだろうか?
…………もしかしてナナちゃんは、既に記憶を取り戻しているのでは?
「あのさぁ、ナナちゃん? もしかして昔のこととか全部思い出したのかな?」
ナナちゃんは僕の言葉を聞いて、体をビクッと震わせた。
「……あ……あの………………その…………」
ナナちゃんは顔を合わせることなく、夜空を見上げたまま苦しそうに言葉を漏らした。
「でも僕はナナちゃんが今までどんな生活を送ってきたのか、知りたい訳じゃないんだ」
「えっ……」
「ナナちゃんにどんな過去があるのかなんて、僕には関係ないんだ。僕にとってはナナちゃんと一緒にいる時間こそが大切だと思っているし、それにナナちゃんと共にこれからも楽しい想い出をいっぱい作っていきたいんだ。だから過去のことなんかよりも、これから僕とナナちゃんと、それからエルさんやワンちゃん、みんなと一緒にいられるような、そんな未来を大事にしていきたいんだ」
「真一さん………」
何だか自分で柄にもないことを平然と言って、すごく恥ずかしくなってきた。
「だから、その……なんてゆうか……その~ これからも、僕とで良ければ……これからも一緒に……いや、あの、ナナちゃんが良ければだけど……いてもらえるかなぁ…って」
「……………はい……」
ナナちゃんはそう小さく頷いた。
僕は顔が赤くなってそうで、ナナちゃんにそんな顔を向けられなくて、ずうっと夜空を見上げていた。そんな僕たちのやり取りの一部始終を、夜空に浮かぶ月が覗いているようで、なんだか恥ずかしい。
そんな僕の肩にナナちゃんが寄り添うように体を預けてきた。
僕は嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、どうすればいいのか分からず、ただナナちゃんに体を貸した状態のまま、夜空に輝く星達の数を数えていた。




