第22話
う~ん、何か、物音がする………でも、まだ眠たいので、無視する………
………うるさい……誰かの笑い声が聞こえる………しょうがない、起きるとするか…
僕はまだ眠いにも関わらず、近くの物音が気になって渋々布団から体を起こす。
まだ眠くて重い目をやっとの事で開き、物音のする方へ視線を向ける。
………何でここにエルさんがいるんだろう…… ここって僕の部屋だよなぁ~
エルさんは室内にもかかわらず、折りたたまれた羽の上からフードのついた紺のハーフコートを着ていた。そして、ジーンズをはいた足を投げ出しながら、椅子に座って本を読んでいた。しかもその本は本棚に入っているはずの僕の漫画本だ。エルさんは時折その漫画を読んでは声を出して笑っている。エルさんの足下には何冊か本が散らばっていた。
それはシリーズ物の漫画で、一巻から五巻分が床に転がっていた。エルさんが今読んでいるのは、その六巻目であろう。相変わらず背もたれに全体重を掛けているエルさんは、「こいつ馬鹿だね~」とか「くだらなすぎてウケる」とか言って笑っている。
僕は寝起きで頭がボォーとして、現状を把握できない。上手く考えがまとまらない。
何で僕が寝ている横で、エルさんが椅子に寄りかかりながら僕の漫画を勝手に読んで笑っているのだろう。しかも、六巻目に突入していることから、結構前からここに来ているようだ。
「あの…………エルさん? ここで何してるんですか?」
「アハハハハ……は? あぁ、真一。グーテン モぉ…お…おはよう」
「え? グーモー? ………ああ、おはよう……………で、何でここにいるの?」
「え、何、私? ……………そうだ、あなたを起こしに来たんだっけ」
…………そうなんだ。僕を起こしに来てくれたんだ。それにしては、一人で勝手に漫画読んでいただけのような気がするけど………
「あ~面白かった。じゃあ先に行ってるからね」
エルさんはそう言うと本を床に投げ捨て、椅子から降り大きく伸びをした後、部屋から出ていった。
…………何しに来たんだろう。あ~ぁ、散らかして行っちゃって………
僕は面倒なので散乱した本も布団も片付けずに、服を着替えて居間へと向かった。
居間に来ると、そこではナナちゃんがテーブルの手前に座り、奥の台所では母さんが洗い物をしており、母さんの横にエルさんが寄り添って何かをしている。
僕が入ってきたのに気が付いた母さんは顔だけこっちを振り向き言った。
「おはよう。ずいぶんと遅かったのねぇ」
「そうなんですよ、ママさん。いっくら起こしても、なかなか起きないんですよ」
横にいたエルさんが、本当に困ったもんですよ、といった顔つきで言い放つ。
………そうなの? エルさんは僕を本当に起こしたの? あんまり気が付かなかったけどなぁ~
僕は釈然としないまま、ナナちゃんの横に座る。
「真一さん、おはようございます。あの、先に頂いちゃいました」
ブラウス姿のナナちゃんは、ストールをナプキンの様にして膝の上に敷いていた。
そう、みんな先にご飯食べたんだ。時計を初めて見ると、もう十時を過ぎていた。
随分寝たなぁ~ よほど疲れていたんだろうな、僕。
ナナちゃんはコーヒーに冷たい牛乳を注いで冷ました飲み物を飲んでいる。ナナちゃんの前には食器がまだ残されており、今さっき食べ終わった様子だ。きっと僕のことを待っていたのだが、結局先に食べ始めてしまったのだろう。悪いことをしたな~
台所にいる二人は、とっくに食べ終えてしまったようだ。
「はい、真一、どうぞ」
そこにエルさんが僕の目の前に温かいコーヒーを持ってきてくれた。
「ん、ありがとう」
僕は寝ぼけているために、何の疑問も持たずにコーヒーを口にする。
……………これ……苦いよ……砂糖入ってないし、ミルクも入ってないし……なんか大人の味がする……
渋い味に僕は目を覚ます。次にエルさんは、目玉焼きがのっかっているトーストを、お皿の上にのせて持ってきてくれた。
でもそれは、かつてはパンと呼ばれていたが、現在は炭としか呼ばれない物体だった。
……焦げてるよ…これ………このコーヒーよりも黒いよ………
しかも上にのってる目玉焼きも、周りが焦げてパリパリになっている。
…………なんですかこれ? これが僕のご飯? えっ? これって、いじめ?
僕はエルさんの方を訴えるように見つめる。
「どうぞ召し上がって下さい。ちなみに私が作ったやつだからね」
エルさんは笑って言った。それは悪意のない、純粋な笑顔だった。
そうですか。どういった理由だかは分かりませんが、エルさんが作ったものなんですか…… 悪意が無い分、たちが悪い……
「それでは、ありがたく頂きたいと思います」
僕は観念してトーストを一口かる。
…………………やっぱり炭の味しかしない
……口の中でガリガリいっている。
しかも冷えてる……
「ねぇ、どう? お味の方は?」
エルさんは顔を近づけて僕に尋ねてくる。思わず僕は体を反らしてしまう……
「……あ……あぁ……まぁ、よろしいんじゃ……ないかな……」
「え、そぉ、じゃあ、お代わり良かったら、また作るよ~」
「あ、いや結構です。これで何だかお腹いっぱいです」
エルさんは僕の前の席に座ると、僕の食べる様子を楽しそうに見ている。
もしかして、こんな僕を見て楽しんでいるんじゃなかろうか? やっぱり、いじめ?
本当はナナちゃんと楽しくおしゃべりしながら食べたかったのだが、この物体を胃に押し込むのに口を動かさないといけないため、黙々と食べ続けることしかできなかった。
「今帰ったぞ~ ナナちゃんはいるか~い」
そこへ父さんが帰ってきたらしく、玄関から声が聞こえた。
「帰ってきましたよ~ 昼飯、昼飯~」
父さんは陽気にそんなこと言いながら、部屋の扉を開けて入ってきた。
「あっ! 真一のパパさんだ! パパさん、お帰り~」
うわぁ! いつの間に! エルさんは入ってきた父さんにいきなり飛びついて、体にしがみついた。
「………………おい、この子、誰だ?」
父さんはエルさんを首にぶら下げながら、困惑した顔を僕に向けて尋ねてきた。
そう言えば父さんとエルさんは初顔合わせだったっけ。
「え~っと、その子はナナちゃんのお友達で、エルさん」
「エルフのエルで~す」
エルさんはしがみつきながら、顔を上げて自己紹介した。




