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第21話

 

 その後僕は、母さんと座敷で二人のための寝床作りの作業にあたった。

 すごく気まずい雰囲気だ。僕はまともに母さんの顔すら見ることが出来ない。僕は黙々と布団を敷く。静寂の中、シーツの擦れる音だけが虚しく響く。母さんはあれから僕にエルさんについては何も聞いてこなかった。でもいつ聞かれるのか分からない。布団が敷き終わった時点で、別室に連行されて事情聴取が行われるかもしれない。

 どうしよう………さすがに怒っているよな…… 僕は額にかいた汗を拭う。

 今までエルさんに振り回されていたため忘れかけていたが、物置小屋にはワンちゃんという大物だってかくまっているんだ。それを見つけられたら………

 その事を思い出したら、急に寒気がしてきた。汗をかいているのに悪寒がするとは……

 そのうち布団もすっかり二人分敷かれて、いつでも寝られる準備が整った。


「あの……じゃあ、僕はもう寝ますんで………おやすみなさい」


 僕は早くこの場から立ち去りたく、母さんに顔を合わせずに部屋から出ようとした。


「ちょっと待ちなさい、真一」


 僕の背後から僕を呼び止める母さんの声が聞こえた。

 ………きたぁ……やっぱりこのままでは帰らしてくれないようだ………


「あ、あの~何でしょうか?」


 僕は精一杯の笑顔を浮かべたつもりで、母さんの方へ振り返った。母さんは無言で立ったまま、僕のことをジイッーと見ていた。僕はすぐに顔を背け、母さんの視線から逃れようとした。風呂場から二人の話し声が微かに聞こえてくる。僕は二人の楽しそうな話し声を聞いて、エルさんのことを呪った。


「真一、私にも分かりやすく説明してもらえるかしら?」


 どうしよう、どうしよう、なんて言えばいいんだろう…… 頭の中が混乱して良い考えが思いつかない……


「……あ、あのぉ~ どの辺から………説明すれば、いいんでしょうか?」

「出来れば最初から、全部ね」


 母さんは表情一つ変えることなく、淡々と話す。そんな様子が、母さんがどんな事を考えているのか分からなくさせている。

 最初から全部、ということはナナちゃんのことも…か? もしかして母さんは口には出さなかったが、ナナちゃんのこともまだ納得していないのかもしれない……


「どうしたの? 黙っていたら何も分からないわよ」 

「……………あの………その…………………あ………あの…いろいろと、あるんですけど……やっぱり…………その……話せません……」


 僕はいろいろと考えたが、黙秘することに決めた。これは、もし母さん達が反対しても、何とか僕だけの力でナナちゃん達を助けていきたい、そう考えたからだ。


「……そう、じゃあ裏の物置小屋にいるのは何かしら?」

「えっ!」


 僕は予想外の言葉に反応して顔を上げた。もしかして見られて、見られていたのか!


「……それに、あの二人は普通の子じゃないわよね」


 ……母さんのその一言が僕に追い打ちを掛ける。たぶん母さんは全部知っていたんだ。いつ頃からばれていたのだろうか。それを僕が、一人虚しく隠し通そうとしていたのか。

 もうダメなのかな。ナナちゃん達は追い出されちゃうのかな。それとも警察に届けられるのか。もし二人が世間に知られたら、きっとマスコミがこぞってやって来るんだろうな。そうなった、ナナちゃん達は…………


「それで、真一はどうしたいの?」

「えっ、それは………その……」


 どうしたいのか? それは決まっている。ナナちゃんとこれからも一緒にいたい。でもその言葉が、恥ずかしさと、自分の無力感と、両親への申し訳なさで、すぐに僕の口から出てこなかった。

 そんな煮え切らない様子の僕を見た母さんは率直に尋ねてきた。


「じゃあ、真一はナナちゃんのことをどう思っているの?」


 僕はその言葉にドキッとして、再び顔を上げた。

 ナナちゃんのことをどう思っているか? それは……それは……………

 浜辺で倒れていたから、放っておけなくて連れてきた……………そうじゃない。

 おじいちゃんが聞かせてくれた話で、人魚に憧れていたから……………それでもない。

 ナナちゃんと一緒にいたい。過ごしたい。暮らしたい。それは確かだ。でも何で?

 それは…………それは、ナナちゃんのことが、好きだから?

 そう、僕はナナちゃんのことが大好きだ。


「あ、あの、僕は……その……ナナちゃんと一緒にいたいし………その……好きなんです。ナナちゃんのことが好きで、出来ればこれからも一緒にいたんです」


 開き直って、半ばやけくそのように言った。恥ずかしい、もの凄く恥ずかしい。しかも実の親に対して、何でナナちゃんが好きだなんて告白しなきゃいけないんだ。


「私もみんなと一緒にいたいわよ。でも、ここではちょっと狭いわよね。明日、おじいちゃんの別荘でも行ったらどう?」

「へ?」


 母さんは笑顔になってそう言う。僕はさっき自分が言ったことに対して恥ずかしさのあまり、まともに顔を上げることが出来ず、落ち着かない気持ちのまま何とか母さんの言ったことを理解しようと頭を働かせた。

 おじいちゃんの別荘。それは別荘と呼べるほど大した代物ではないのだが、ここから車で二時間ほど山奥へ行ったところにある、木造の平屋のことである。周囲は森で囲まれた自然の中にある建物だ。家の前にはちょっとした庭と畑もあって、おじいちゃんは退職後、そこで土いじりをしながらのんびりと暮らすつもりであったようだ。けど、足を悪くしたため結局別荘ということで、数ヶ月に一回ほど家族で遊びに行く程度になっていた。僕も昔みんなで行った記憶があるが、おじいちゃんが亡くなってからは、あまり行ってない。そのため僕も今、母さんからその事を聞いて思い出したのだ。

 でもそれって、要するに、どうゆうことなんだろう? それって、ナナちゃん達としばらく一緒にいてもいいという事なのだろうか?


「あ、あの、母さん、それって……」

「あの子達、色々訳ありなんでしょ。しばらくあそこで身を隠していたら? 真一も春休みの間だけそこでゆっくりして、また四月になったらみんなで帰ってきたらどう?」


「その……………そうだね、母さん。ありがとう……」


 僕はよく分からないが、取りあえず母さんに感謝の言葉を口にした。


「真一がしっかりとナナちゃん達を守ってあげないとね」


 そう言うと母さんはそのまま部屋を出ていった。

 ……良かった……… 僕は目の前に敷かれた布団に上に身を投げ出した。

 よかったよ~ ホントに~ 僕はひとまずホッと安堵し、大きく呼吸をした。

 何とか母さんの許し?を得ることが出来た。まだ釈然としない部分が色々あるが、もう今は考えるのはよそう。とにかく良かった。

 僕はさっきまでの恥ずかしさや、もどかしさ、不安などいっぺんに吹き飛んで、ただ布団に顔を埋めて、もうしばらくナナちゃんと一緒にいられることを喜んだ。

 しばらくそのままの状態で、喜びを噛みしめるように味わっていると、廊下からナナちゃんとエルさんの話し声が聞こえてきた。どうやらお風呂から上がってきたようだ。


「あの、ここが寝室です」

「ここが? もちろんナナっちと一緒だよね。久しぶりに一緒に寝るんだもんね~」


 二人の会話が聞こえた後、部屋の襖が開いた。僕はナナちゃんにさっきのことをいち早く報告したくて、ナナちゃんの方を振り向くと笑いながら言った。


「ねぇ、ナナちゃん。さっき母さんと話していたんだけど…………」

「おっ、おまえ! なに勝手に部屋に入って、人の布団の上に寝てんだよー!」


 グホッツッッ!

 何故か怒り狂っているエルさんに僕は思いっきり蹴り飛ばされた。

 僕はそのまま転がりながらタンスにぶつかり、そこでようやく止まった。

 ……ブッフハァ…… 一瞬呼吸が止まって、今ようやく息ができた。腹部に痛みを感じ、手でさすってみる。


「だ、大丈夫ですか! 真一さん!」


 僕のもとへ車椅子から降りたナナちゃんが寄ってきて、僕の上半身を起こしてくれた。

 ……なんてことするんだ、あの人は……

 僕はエルさんの方を睨んだ。そこで初めて分かった。

 ……エルさんの上半身は何も着ていない状態で、背中から白い翼の全貌を現していた。

 そして部屋の隅の方で、恥ずかしそうに後ろを向いて、翼で体を隠していた。

 ……その翼があるために、母さんが用意した寝間着が着られなかったのだろう。

 それで僕がこんな所にいたんで驚いて蹴っ飛ばしたのか。 ……それにしてもちょっと酷いんじゃなかろうか……

 その後エルさんは寝間着を前後逆に、前掛けのようにして身につけた。そうすればボタンで留めるところを外したままにすれば、翼が自由になって窮屈にならないですむ。

 服を着たエルさんは、タンスに寄りかかりながら大きく息をしている僕の方へと近づいてくる。エルさんの顔は怒りのせいか、または恥ずかしさのせいか真っ赤になっていた。

 僕は身の危険を感じて、思わずナナちゃんの後ろに隠れようとする。


「………殺す」


 エルさんは僕を見下ろしながら、穏やかではない言葉を口にした。


「いやぁ、そのぉ、これは……あの……わざとじゃなくて、布団を準備していて……ごめんなさい。すみませんでした」


 もう何を言ってもダメだと僕は分かったので、とにかく謝ることにした。


「あの、エルさん。真一さんはお布団の準備をしていただけで、悪くないんです。あの、許してあげてください」


 エルさんは腕を震わせながら、そのまま少し考えた後、クルッと背を向けると向こう側へ行ってしまった。やり場のない怒りを押し殺しているようで、まだ全身が震えている。

 助かった…ナナちゃんに救われた…… 僕は大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 えっーと、そういえばナナちゃんに何か話があったような……今の一件ですっかり忘れてしまった。まっ、いっか。明日話せばいいかな。


「あの、それじゃあ、ナナちゃん、もう横になる?」

「あ、はい。あの、大丈夫ですか? 真一さん」


 僕は笑ってみせると、ナナちゃんを抱きかかえると布団の上にそおっと横たえた。


「ありがとうございます。その、今日は本当にありがとうございました。真一さんのお陰でエルさんやワンちゃんと会うことが出来ました。本当に…その……」

「いいんだよ、そんなこと。それよりも今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでよ」


 僕は何だか照れくさくなって、ナナちゃんの言葉を途中で遮って、休むように促した。


「……はい」


 ナナちゃんはそう言うと、恥ずかしそうに体を布団の中に潜り込ませた。

 そして僕は怖々とエルさんの様子をうかがった。

 エルさんは敷き布団の上を手で押しながら、柔らかさを確かめているようだった。


「あの~ ベッドではなくて申し訳ありません……」


 僕はエルさんの要望に応えられなかったことを、言われる前に先に謝っておいた。


「別に……構わないよ……」


 エルさんは不機嫌そうに、僕に顔を向けることなく言った。何に対して気に入らないのだろうか? さっきのこと? それとも布団のこと?

 エルさんは一通り布団を確認した後………布団の上にうつ伏せになった。

 そうか……気にしていたのは、仰向けになると翼が当たるから、布団の柔らかさを確認していたのか。それで最初ベッドで寝たいなんて言ったのか……


「あのさっ、悪いんだけど布団掛けてくれる」

「え、ああ、はい」


 まだ水気のある羽は光りが反射してキラキラ雪のように輝いて見えた。僕はその翼を傷つけないように、エルさんの背中に布団をゆっくりと優しく掛けた。


「……ダンケ……」

「え、何か言った?」


 僕は良く聞き取れなかったので、聞き返した。


「……その……今日は本当に助かったわ。一時はどうなるかと思ったんだけど…… ありがとう、真一。感謝してるわ」


 うつ伏せになったエルさんは、顔を僕に向けてそう言った。


「え、あ、ああ、どういたしまして」


 まさかエルさんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。僕はそんなエルさんの意外な言葉とその表情にドキッとしてしまった。僕に見せたエルさんの顔は、とても穏やかな笑顔で、それにどこか影のあるような愁いを帯びた表情だった。

 大人しくしていればこんな綺麗で可愛いのに……… 思わず僕は見とれてしまって、何も言わずにその場に立ち尽くしてしまった。

 すると、エルさんの表情はあっという間に変わって、目と眉がつり上がった。


「ちょっと、いつまでそこにいるつもりなのよ。早く出て行きなさいよ。これからナナっちと甘美なひとときを過ごすっていうのに、邪魔したいつもり?」

「え、いや、そんなつもりは………すみません、今すぐ出ていきますから……」


 僕は慌てて襖を開けて外に出ようとする。


「真一さん、おやすみなさい」 

「あっ、ナナちゃんも、おやすみ」

「あんた、もし中を覗いたり、変なことしたら、ぶっ殺……」


 僕はエルさんが言い終わらないうちに、首を思いっきり左右に振る。僕だってまだ命が惜しい。そのまま僕はゆっくりと襖を閉めた。

 本当はエルさんにナナちゃんのことを色々と聞きたかったのに………正直あんな子だとは思わなかった。でも、今日は二人の喜ぶ姿が見れてよしとするか。

 僕はふぅっと息を吐き出すと、今日は疲れたので何も考えずに寝ることにした。


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