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第20話

 

 部屋の中に入ると二人はテーブルの手前側に座っていて、右の席に座っているエルさんは箸と茶碗を手にして、食事を口にしていた。

 そうだろうなと思ったんだ、僕だって。えぇ、分かってましたよ。この人の性格だったら、勝手に人んちに上がり込んでしまうんだろうなって。

 僕は諦めと共に怒りに似た感情が湧き上がってくるのが分かった。


「あら、真一、お帰りなさい」


 奥で洗い物をしていた母さんが、僕の存在に気が付くとそう言った。その言葉からは別に変わった様子もなく、いつもの母さんのように思えた。逆にこの状態でそんな様子なのが僕には怖い。


「あ、真一さん……あの…すみません……」


 ナナちゃんが振り返って僕に申し訳なさそうに謝る。

 別にナナちゃんが悪いわけではないので謝る必要など無いのだ。問題なのは相変わらず口に何かを頬張りながら楽しそうにしている、そこの人である。


「エルちゃん、そんなに急いで食べなくても、ご飯ならいっぱいありますからね」

「はぁ~い、これスッ~ゴク美味しいんで、つい、あっ、おかわりお願いします~」


 ……ハァ~ 思わず溜息が出た。僕は項垂れながらナナちゃんの向かいの席へと座る。


「あ、お帰り、真一。真一のママさんって料理上手なんだね」


 エルさんはたった今、僕の存在に気が付いたようにそう言った。

 ………人の親のことを褒める前に、まず僕に言うことがあるんじゃないだろうか。


「あのですね、エルさん? 僕を置いていくのは酷いんじゃないんですか?」


 僕は母さんに聞こえないように小声で話す。


「えっ、なに? 聞こえないよ、真一」


 エルさんはわざとらしく大声で聞き返してきた。その時点で僕はエルさんに責めることを諦めた。


「はい、どうぞ」

「うわぁ~ ありがとう、ママさん」


 母さんが山盛りご飯の茶碗をエルさんに手渡し、それを笑顔でエルさんが受け取る。


「ところで、エルちゃんは真一とどういった関係なのかしら?」

「ん~っと………友達の友達…かな」


 よく言うよ。友達の友達の家に勝手に上がる奴なんかいるかよ。

 僕は心の中でそう怒鳴る。


「そうなの。それでこんな遅くにどんな用事かしら?」

「今日は泊まっていってもいいって、真一が誘ってきたの」


 エルさんは口にご飯を含みながら、とんでもないことを言ってのけた。

 いつ、僕が、そんなことを、言ったって、言うんだ!

 僕はあくまでも心の中でそう叫んだ。


「真一、あなたが誘ったの?」


 母さんが僕の方を向いて尋ねてきた。

 僕はそれに対してキッパリと否定しようと思った。そう、しようと思ったのだ………

 ところが母さんの後ろでエルさんが、さっきまでの笑顔とは裏腹にもの凄い形相で僕を睨みつけていた。そして、握りしめた箸を突き刺すような仕草をしている………


「……あ、いや……その…………はい、そうです……」


 残念ながら僕には決定権が与えられていなかった。


「そう、エルちゃん、ごめんなさい。真一から何も聞いてなかったから、何の準備もしてないのよ。もし良かったらお風呂にでも入る? その間にお布団の準備をして置くから」

「えっ、いいんですか。わ~い、やった~」


 エルさんは母さんからの言葉を聞くと、両手を上げながら喜んだ。

 ………良かった……本当に良かった、僕が。母さんの許しが出なかったら、僕はきっとエルさんに殺されかけていたに違いない……

 エルさんは、今日ここに泊まれることとなったら、残りの食べ物をもの凄い勢いで平らげると、早速お風呂に入ろうとする。


「あの、それじゃあ、お風呂に入ってきてもいいですか?」

「ちょっと待っててもらえるかしら。お風呂場と着替えの準備をしてきますからね」


 そう言うと母さんは部屋を出ていった。

 僕は完全に母さんが部屋の外へ出て行くのを確認すると、席から立ち上がってエルさんに強い口調で言った。


「エルさん、ここに来たからには、大人しくして下さいよ」

「ナナっち、一緒にお風呂に入ろうねぇ~」

「え? ええ、はい」


 エルさんはそう言うと、僕とエルさんの顔を交互に見渡すナナちゃんの手を取った。

 …僕の話し、聞いてないし……


「エルさん! ナナちゃんだって困ってるじゃないか」

「うっさいなーこいつ。私とナナっちとの楽しいひと時を邪魔しようっての!」


 僕の一言で機嫌を損ねたエルさんは、そんなふうに言い放った。


「あー それとも一緒にお風呂に入るの混ぜてもらいたいの? もしかして変なこと考えてるんじゃないでしょうね。……真一の変態! このスケベ、獣、」

「お、おい、ちょっと、何言ってるんだよ。そんなに大声出すなよ、って、おい!」


 僕はからかわれているとは知っていても、つい怒鳴ってしまった。そして悲鳴を上げているエルさんを黙らせようと捕まえようとするが、あっちこっちへと逃げ回り黙らせることが出来ない。

 そんなことをしているうちに、母さんが戻ってきた。


「どうしたの、そんなに暴れて」

「あ、ママさん!」


 もう少しで捕まえられそうだったエルさんは、母さんの姿を見つけるやいなや、母さんのもとに駆け寄って来て抱きついた。


「ママさん~ 真一がいじめるんです~」


 な! 何を言っているんだ、この人は!


「そうなの。ごめんなさい、後で真一には私から言って置くから、許してあげてね」


 エルさんは母さんの胸に埋めた今にも泣きそうな顔を上げると、


「………ママさんが……そう言うのなら……今回は許してあげたいと思います」


 んんーもう頭に来た! 僕だって怒るときは怒るんだぞ! 一言ガツンと言ってやる。


「それじゃあ、お風呂の用意が出来たから、ゆっくりと入ってきてね」

「は~い」


 エルさんはそう言うと、母さんから離れてナナちゃんの所まで戻ってくる。


「あの~ ママさん? ナナっちと一緒に入ったらダメですか?」

「別に構いませんよ」


「ありがとう、ママさん。じゃあ行こっ、ナナっち」

「あ、はい……」


 エルさんはナナちゃんを連れて行こうとする。

 よし、ここでエルさんを呼び止めて、一言言ってやろう。

 そして僕の横を通り過ぎようとしたとき、僕はエルさんの腕を掴もうとした……


「覗いたら、ぶっ殺すからね」


 すれ違いざまエルさんは笑顔で僕に小声で言って、そのまま通り過ぎていった。 

 僕はそのままの状態で何もできず固まってしまった。

 ………僕はあの人に一生敵わないのだろうか? なんてダメな男なんだ、悔しい。

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