第17話
「あっ、真一さん、ごめんなさい。あの、この方が私のお友達のエルフさんです」
一人ぽつんと取り残された僕を見て、ナナちゃんはエルさんの紹介をした。
「初めまして、エルフです。エルって呼んで」
エルさんって、エルフって言う名前なんだ。でもエルフって妖精という意味じゃなかったっけ? どう見てもその姿は妖精と言うよりも天使、エンジェルである。
「…どうも初めまして、僕は本庄真一です…………あの、それで、エルって…」
バッシッツ! 痛ぁっっ! ……何か知らないが、突然エルに頭を叩かれた。
「何私のことを呼び捨てにしてんのよ!」
「……………いや、だって、今、エルって呼んでいいって……」
「さん付けで呼びなさいよ。もしくは様、エル様! あんたの方が格下なんだから敬語使いなさい。ナナっちだって私のことエルさんって呼んでるのよ!」
うぅ……酷い言われようだ……… このお方は、姿は天使で、名前はエルフで、性格は悪魔か鬼だ……
「で、なに?」
腕を組みながらエルさんは僕の方を不満げに見る。僕は今叩かれた頭をさすりながら、恐る恐る尋ねてみた。
「いや、その、エルさんに付いてる、その羽は本物なのでしょうか?」
「本物よ。悪い?」
「いえ、そうじゃなくて、その珍し…い、いや、その、あんまり綺麗なもんでつい…」
そう言うとエルさんは、白い翼を広げて見せた。その一・五メートル位の片翼を横いっぱいに広げて、前後に自由に羽ばたかせて見せてくれた。この薄暗い中、星明かりに照らされた翼は、うっすらと白く浮き上がって見え、僕を幻想的な世界へと誘う。
「どう、すごいでしょ」
エルさんはうっすらと笑みを浮かべ自慢げにそう言った。
「……すごいです。ビックリしました………」
僕がそう言い終わらないうちに、翼は動きを止め背中にコンパクトに折り畳まれた。
あれ、もう終わり? せっかくだからその翼で飛んでみてもらいたい。
「あの、それで、空とか飛ぶことは出来ないんですか?」
「……飛べないよ」
エルさんは、また不機嫌そうに一言だけ言った。
「……え? あの、その翼を使って、飛ぶことは出来ないんですか?」
「出来ないって言ってるでしょ。これは飾りで付いてるんだけなんだから」
飾り? その綺麗な羽は飾りで付いてるの? えっ、何で? 訳が分かんない………
僕の納得していない様子を見たエルさんは、僕の方へと詰め寄って更に言った。
「あのねぇ、そう簡単に人間が空を飛べると思ってるの? 羽をくっつけただけで飛べたら苦労しないでしょ。あなた、鳥が簡単に空を飛べると思ったら大間違いよ。体を軽くするために骨の中を空洞にしたり、内蔵を短くしたりしてんのよ。それに翼を動かすのだって、翼を上げるときは空気抵抗を少なくするために羽の間を広げて、下げるときは隙間を無くしてはばたいてるんだから。鳥だって涙ぐましい努力してんのよ。それをこんな重たい人間の体で飛べるわけないでしょ」
「あ、すみません。はい、よく分かりました……」
「あなたみたいに頭の中が空っぽだったら、少しは飛べるかもしれないわね。あ、ちなみに私の体重が重いって事じゃないからね。人の体が空を飛ぶには向いてないってこと」
「………………はぁ………」
飛べないことは十分分かりました。でも何でそんな無意味な物が背中にくっついているのだろうか? 聞いてみたいけど、また何を言われるか分からないので黙っておこう。
「あなた、そんなにこれが気になる?」
エルさんは僕の翼への熱い視線に気が付いたのか、また翼を動かしながらそう言った。
「え、いやぁ、その、まぁ~ つい……」
「良かったら触ってみる?」
「へっ、いいんですか?」
「いいよ。はい、一万円」
そう言うと手のひらを僕の方へ向けた。……金を取るのかよ。しかも高い……
「……………遠慮しておきます」
「ハハハ、冗談よ、冗談。ちょっとだけならいいよ」
僕はそう言われ、エルさんの方に近寄る。やっぱりちょっとだけ触ってみたい気もする。一体どんな感触なんだろう。そんな日常生活に置いて鳥の羽に触ることなんて出来ない。しかもこれは単なる鳥じゃないし。
僕はエルさんの背中にある白い羽に手を伸ばそうとした……
…っと、そこで急に翼が広がって僕の顔に当たった。
「わっ、ぶうっ」
その弾みで僕は思わず後ろに倒れてしまった。
「アハハハハハ、ナナっち見た今の。わぶ、って何だよ。ハハハ。倒れて砂まみれになってんの。アハハ、あ~おかしい~」
…………エルさんはそんな僕の姿を見て、お腹を抱えて大笑いしている。ナナちゃんは困ったような表情をしていた。
よりによってナナちゃんの前でコケにされるとは……恥ずかしいし、頭に来るし……
僕は無言で立ち上がると、体に付いた砂を振り落とす。
「あの、ここじゃあ二人とも目立つから、どこか移動したいんですけど」
僕は二人に、いや、目の前でまだ笑っているエルさんに対して言った。
「アハハハ、ち、ちょっと待って、これからもう一匹来るから」
「もう一匹?」
「そう、もう一匹。ワンちゃんが来るから、もうちょっと待ってて」
もう一匹……ワンちゃん……犬でも連れてきているのだろうか?
「あの、もしかして、ワンちゃんもここに来てるんですか?」
「そう、大変だったよ、隠れながら移動するの。それにしても遅いな~ 私がここまで様子を見に来るから、その後来るように言っといたんだけどな~」
ナナちゃんも知っているのか~ そのワンちゃんを……
「あいつ鼻が利くんだよ。あと耳も。それで花火の音と火薬の匂いを辿ってここまで来たんだけど……何してんのかな……あっ、来た来た!」
エルさんが僕にそう言うと、向こうの方から何か駆けてくるものがある。
なるほど、犬の嗅覚を利用してここまで来たんだ。それにしても結構な距離があるのに、花火の匂いを頼りにやってくるとは、相当凄い犬に違いない。
でも僕は既に人魚だとか翼の生えた人と出会ってきているんだ。ちょっとやそっとの凄さの犬では、もう驚いたりはしない。