第12話
ナナちゃんはさっき買った本を膝の上に置きながら嬉しそうにしている。
後ろで車椅子を押している僕は、素直に喜べず、あまりいい気持ちはしていなかった。
でもナナちゃんはその事に関してはまったく気にしていないようで、ずうっと機嫌良くニコニコしていた。別に僕にとっては、ナナちゃんさえ喜んでくれればいいのだが。
僕は行く当てもなく、ブラブラとその辺を回る。ふと気が付くと僕たちは貴金属店の横を通り過ぎようとした。
……宝石か…… やっぱり男の人は女性にこういった物を贈るものなのだろうか? 女の人はみんなこういう物に興味あるのだろうか?
そうだ、もしナナちゃんがお化粧したり、宝石を身につけたりしたら、もっと綺麗になるかもしれない。ナナちゃんは今、化粧などしていないが、それでも十分反則なまでの美しさで、太陽の如く周囲を照らしていた。
そう決めると、僕達はこの貴金属店の中へと入っていった。そこは薄暗い店内に、ショーケースの中でライトアップされた宝石やアクセサリーが妖しげな光を反射しており、人々を魅了する夢の中に居るような世界を作りだしていた。
さっきまでの僕だったら、入るのをためらっていただろうが、誰でもその美しさを認めるであろうナナちゃんと一緒であれば許されてしまうような気がした。そんなナナちゃんは光り輝く宝石を見て、その宝石以上に瞳を輝かせながらケースの中を覗き込んでいる。
何か一つ、ナナちゃんに贈りたいな~ 何がいいのかな~ 宝石かな、やっぱり。何が似合うかな、まぁ、ナナちゃんには何でも似合いそうな気がするが。あっ、そうだ、ナナちゃんは海にいるんだろうから真珠の、そうそう、ネックレスとかいいんじゃないかな?
僕はその真珠の首飾りを探す。あっ、あった。ありました。これ綺麗だな~ で、一体いくらするのかな~ ゼロがいっぱい並んでいる……一桁から数えてみよう。
…一、十、百、千……万…………十万………………
桁が違う。その金額に僕は現実の世界に引き戻された。
やっぱり僕なんかが来るようなところではなかったのだな………帰ろう。
僕はナナちゃんを連れて、惨めな気分で店から出る。さっきから僕の自尊心は傷つく一方で、僕の格の低さを分からせるだけの結果となった。
「綺麗でしたね、真一さん」
「ん、うん、そうだね」
僕は元気なく頷く。
ナナちゃんは綺麗な物を見れただけで満足できたようだった。
その後僕たちはファーストフード店で軽い食事をした。本当はレストランに行っても良かったのだが、ナナちゃんに何が食べたいか尋ねたら「真一さんがよく食べるもの」と答えたので、その通りにしてしまったわけだ。ナナちゃんに、ハンバーガーなんて安っぽい肉、口に合うのかなと思ったりしたのだが、以外と美味しそうに食べていた。
その後、花屋に行ったり雑貨を見たりして、家に帰ってきたときには日が暮れていた。
今はナナちゃんと僕は家の座敷で休んでいる。ナナちゃんは座りながら、買ってきたあの絵本を楽しそうに読んでいる。その光景が何とも愛らしく、僕の心を和ませてくれた。
でも僕は内心落ち込んでいた。今日の買い物でいろいろと考えるところがあったのだ。もしかしたらナナちゃんと僕たち人間との共存は難しいのかもしれない。今日の外出でそう考えた。本当はもっとナナちゃんといろんな所へ行って、色んな事をして楽しみたかったのだが………でもそれは僕が頼りないからなのかもしれない。
僕はナナちゃんの方を見つめる。本人はそんなことは微塵も思っていない様子だ。
そんなナナちゃんが楽しそうに本を読んでいる姿が、幼いころの僕の姿とダブって見えた。この部屋で暮らしていたおじいちゃんと一緒に本を読んでいた自分。僕がここに来ればいつでもおじいちゃんは笑って迎え入れてくれた。でもそれは、足が不自由なせいでどこにも行けなかったから、いつもこの部屋に居たのかもしれない。
僕はナナちゃんが青く広がる海の中で、自由に、優雅に、そして気持ちよさそうに泳ぐ姿を想像してみた。ナナちゃんにとっては、僕たちと一緒にいるより海に帰って暮らしたほうが幸せなのだろうか?
陸に上がった魚は無様に跳ねながら息絶えていくのだろうか……
それとも、透明な壁に四方を囲まれた、狭い水槽の中で一生を過ごすのだろうか……
ナナちゃんはそんな世の中の醜さをまったく知らないような、無垢な笑みを浮かべながら、絵本を何度も読み返していた。