第10話
電車に揺られること数十分、目的地である駅に僕たちは到着した。僕にとっては長い時間に思えたが、ナナちゃんにとってはアッという間の時間だったに違いない。
駅の構内は、さすがに主要駅とあって、多くの人でにぎわっており活気に満ちていた。
僕たちは電車から降り、今回は難なく改札口を通過する。この駅は駅ビルとなっており、階段を上り下りすることなく、駅からデパートへと行き来できる。僕たちはそのまま駅を出て、まずはこの階のデパートまで向かうことにした。
ところでこれからどこへ行けばいいのだろう? 僕は未だナナちゃんと一緒に行く場所を決めかねていた。というより、その時その時の出来事に対処することで精一杯だったため、これからの事なんて考えてる暇がなかった。その時になって考えればいいや、という思いがその場しのぎとなって、次のことを考える余裕がどんどん無くなってしまうのだ。
とにかく、最初にどこへ行くかくらいは決めなくては…… そうだ、まずナナちゃんの服を買わなくては。
僕達はそのまま、綺麗に舗装され、目を引きつけるような広告が並び、ライトアップされて幻想的な空間を演出している駅からデパートまでの連絡路を進んだ。
「あ、あの、真一さん、あの、すごいですね、私、その、すごいです」
ナナちゃんは周りを見渡して、言葉にならない言葉を発し、僕は思わず笑ってしまう。
僕はデパート入り口にある案内図を見て、ナナちゃんが着られそうな服を売っている場所を探す。この階にも婦人服売り場はあるのだが、それはブランド物のいかにも高そうな店ばかりが並んでいて、とても僕なんかが入れそうにない別世界の領域であった。
どうやらこの階の一つ上も婦人服を扱っているようなので、まずは上の階に行くことにした。普段なら階段を上っていくところであるが、今回はそうはいかない。エレベーター乗り場の前で、エレベーターが来るのを潔く待つ。
そして「チーン」という音と共に、目の前の扉が開く。
……うわぁ、随分、人が乗っているなあぁ……
それでも入れないことはないので、僕は強引に突っ込んだ。周囲の人は怪訝な顔をしたがそんなのはお構いなしだ。ところで、何で若い連中が陣取っているんだろう、エスカレーターか階段を使えばいいのに………
それでも文句を言う人はいない。たぶんそれは車椅子に乗っているナナちゃんが綺麗だったからであろう。これがもし、高齢者であったり障害者であったりしたら、露骨に嫌な反応をする者もいるだろう。
僕はそう思うと、自分のことを言っているような気がして、妙に悲しい気持ちがした。
次の階はすぐに着いた。僕は後ろ向きになって降りる。
《何だよ、もう降りるのかよ》
そんな声が聞こえてきそうだったので僕はそそくさとその場から離れた。
しばらくの間僕たちは、フロアーをぐるぐる回りながら、入りやすそうな店を探した。この階はどうやら様々なテナントが出店している場所のようだ。
入るお店は……高そうなところは、残念ながら今回はダメと言うことで、僕たちみたいな高校生位でも気軽に入れて、しかもお手軽な代物が置いてあるところ……
……と、僕は一件の店の前で止まった。
今時の女子高生くらいをターゲットにしたような店。華やかな店内に、良くテレビの中で出てくるアイドルが着ているような服や、ちょっと変わった制服、こじゃれたアクセサリーなんかが売っている。あまり僕は女子との交流がないため、服装に関してはよく分からなく、なんと形容したらよいのだろうか……まぁ、一つ言えることは、華やかな彩色の服が多く、しかもそのほとんどが生地の面積が狭い。こんなの着てたら、露出している肌の面積の方が多いのではなかろうか。
一通りこの階を回ってみたが、ここだけ何とかではあるが、僕でも入れそうなお店に見えた。他の店は高級品ばかりを扱っており、その高級感を更に高めるために照明も薄暗くなっており、いかにも入りづらい。ところがここだけは、目が痛くなるほどの蛍光灯の明かりが溢れかえっており、それにつられてやって来る真夏の夜虫のように、女子高生なんかが何人か店内にいた。
……ここしかないのかな~ ここでも僕にとっては十分入りにくいけど。
「あ、あの~ ナナちゃん……ちょっとナナちゃんの着る服でも見て行こうか?」
「え、私の着る服ですか……はい」
ナナちゃんも興味あるみたいだ。なら、尚更入らなくてはならなくなった。
僕は気の進まないまま、車椅子を押しながら中へと入る。
店内は以外と広く、いろんな種類の服が並べられていた。……別にナナちゃんの服は買わなくても大丈夫だよな。今着ている服だって十分似合っているし。……でも何故かここにあるセーラー服とかブレザーといった制服も着てもらいたかったりもする。絶対似合うだろうな……って、何考えてるんだろう僕は………取りあえず、その~ナナちゃんの、下着を買わないと、下着。
ナナちゃんの下着………自分でそんなこと考えて置いて、もの凄く恥ずかしくなった。
もう、早いところ用件を済ませてこの店から出よう。
下着…下着売り場……っと……ここかな?
そこにはいろんな形や色をした女性の下着……その……ブラジャーとかパンツとか言うのでしょうか……並べてある。もう僕には目を開くことが出来ない。恥ずかしさで胸が一杯でうつむき加減で床ばかりを見ていた。
「……あ、あの、さっ、ナナちゃんが、その………気に入ったのを……適当に…選んで……くれないかな?」
「え、私が、その……下着を、ですか?」
僕は何も答えず顔を縦に振る。
するとナナちゃんは、のんびりとその辺の下着を見たり手にしたりして、選び始めた。
僕は汗がにじみ出る額に手を当てながら、ただひたすら待つ。……待つ……待つ………
まだかな……早くここを出たいな………恥ずかしいな………
「お客様、何をお探しでしょうか?」
えっ! 不意に言葉を掛けられて、僕はビックリして顔を上げた。
目の前にはこの店の店員であろう、制服を着た若い女性が立っていた。
うわぁ~ こんなところを他の女性に見られた……… 女性の下着売り場に、男である僕が来ているところを見られてしまった……… 何でこんな時に来るの? 別に呼んでないから、ゆっくり僕たちに考えさせてよ。あ~ 恥ずかしい、恥ずかしいよ~
「あの、どういった物をお探しでしょうか?」
店員は、品物を一つ一つ手にして比較しているナナちゃんへと、問いかけた。
「あ、あの、下着を探しているんですけど………」
「どういった物が、お好みでしょうか?」
「……どういった物? どんなの………あの、真一さんはどんなのが好きですか?」
なっ! 何でここで僕に話を振るんですか? これじゃあまるで僕の好みのやつをナナちゃんに強引に買わせているみたいじゃないですか! それ変態じゃないですか!
「あ、あの、あの、あのね、ナナちゃん、そういうことは僕に聞くんじゃなくて、自分で決めるものなんですよ」
「はぁ………」
ナナちゃんは納得しない様子で、手にした代物へと目を移す。
「よろしければ、お客様のサイズをお聞かせ願いませんか?」
「……サイズ? ですか………何の、ですか?」
「あの、バストの、胸のサイズです……大きさです」
店員の質問にナナちゃんは理解できていないようで、首をしかめている。
………ナナちゃんのバストのサイズ? 知りたいような、知りたくないような、知ってはいけないような……… 胸の大きさ……そう聞くと何かいやらしく聞こえる……
「よろしければ、ここで計りますが?」
「え、あ、はい……」
「それでは、両手を上げていただけますか?」
店員はどこからともかくメジャーを取り出すと、万歳したナナちゃんの胸にそれを手際よく巻き付けた。
「………84センチ…ですね」
それって、どうなんだろう。大きいのだろうか? 僕には分からない。ただ、ナナちゃんと初めてあったときの……その時に見た感じだと…………
僕の体は、恥ずかしさで熱くなっていくのが分かった。もしかしたら鼻血とか出してるかもしれない。僕は慌てて鼻の下を指すって確かめてみる。……まだ今の段階では大丈夫なようだ。
目の前では、店員が選んできた代物をナナちゃんに見せている。
僕はその光景を避けるようにして、後ろを向いた。………そしたら後ろの向こうの方には、制服姿の女子高生三人組の姿が見えた。しかも中央の子と思わず目が合ってしまったもんだから、僕は今度は右に九〇度体を回転させる。
横では店員がナナちゃんにいろいろと勧めている。
「こちらなどはいかがでしょうか? 今一番の人気で………」
うっ~ 早く帰りたいよ~
「これなどは、最近流行りのタイプで………」
早く帰りたい、帰りたい、帰りたい………
「そうですね~ これなんかはお客様に……」
「あの、これってみんな上と下とセットなんでしょうか?」
帰りたい、帰りたい、もうヤダ~ 早く帰りたい……
「え、あ、はい。この商品はそうなっております。単品でしたら……」
「あの、私、この上だけが欲しいのですが……」
「あの、ブラジャーだけですか?」
「はい、私、下は履かないんです」
早く帰りたい…って、今なんて言ったの? 僕は慌ててナナちゃんの方へ体を向ける。
「あ、あの、お客様? この上だけでよろしいのですか?」
「はい、私、こうゆうの、下には履かないんです」
なあぁぁっっっ、なに誤解されるようなこと言ってるんですかぁぁ ナナちゃん!
「す、すいません! 何でもないんです! 失礼しましたぁ!」
僕はナナちゃんを引き寄せると、もの凄いスピードで一目散に逃げ去った。
よく分からない。何も考えられなくて、頭の中真っ白で、とにかく車椅子を押しながら走った。店を出る途中、ハンガーに掛かっていた服とかを、いくつも落としていったような気がするが、もうどうでもいい。車椅子の車輪が火を噴きながら外れてしまうのではないかというくらい走った。
ハァハァハァハァ……ハァハァ……ハァ
気が付いたら人気のない、フロアー奥の非常口階段の前まで来ていた。
あ~ビックリした。まだ体は火照っており、心臓がバクバク音を立てている。これは単に急に走って来たから……というわけでもないだろう。
僕は車椅子にもたれながら息を落ち着ける。
ナナちゃんは別に何も悪いことは言っていないのだが……確かに真実を述べてはいるのだが……さすがにあれはまずいよ。……もう僕は二度とあの店には近寄れなくなった。
「あ……あのね……ナナちゃん? あれは……さすがに……………ちょっと……」
「あの~真一さん。これ、どうしましょう?」
「えっ、なに?」
…………僕はナナちゃんの方を見て愕然とした…………
ナナちゃんの手にはしっかりと、水色で薄い生地のブラジャーが握りしめてあった。
「あの、これって、いけないんですよね~」
ナナちゃんは緊張感のない声で言った。
………これじゃあ、万引きだよぉぉ~ 大変なことになっちゃったよぉぉ~
僕は思わず両手で頭を抱えた……………ん? 何か頭に乗っかっている………
僕は手に触れた物を掴んで、目の前まで持ってくる。
………それは緑色をした、ちっちゃな可愛らしいパンツだった……………
僕は膝から崩れ落ちると、パンツを握りしめたまま両手を床に着いた。
……なんで、僕の頭の上にパンツが………慌てて店から出たときに乗っかったのであろうか? じゃあ、ここに来るまでこれを被りながら走って来たというのか………これじゃあ、変態の万引きじゃないか………
……なんで……何でこんな事になっちゃったんだろう………僕はただ、ナナちゃんの下着を買いに来ただけなのに………それなのに変態万引きなんて……そんなぁぁ……