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第9話

 

 今日はいい天気だった。空は眩しいほど青く、それが逆に真っ白い雲が際だって浮き上がらせて見せた。日差しの下でのナナちゃんはやっぱり綺麗で、自ら光を発しているかのように白い肌が眩しい。それでいて艶やかな髪の毛は真っ黒で、神秘的な様子を醸し出している。そして体の線はあまりにも細いため、このままでは太陽の光りによって溶け出して掻き消えてしまうのでは、と僕を不安にさせる。僕は思わずナナちゃんの存在を確かめようとして、ナナちゃんの肩に触れようと手を伸ばした。

 するとそこへ、僕たちの横を風が通りすぎていった。

 風によって翻ったナナちゃんの髪は、僕の所までやって来て、顔をくすぐっていった。

 ナナちゃんの髪の毛は綿のように柔らかく、フワフワと空中を漂い、そして何かの花のようないい匂いがした。

 ナナちゃんは風で乱れる髪の毛を両手で整えようとする。

 晴れ渡った空とは裏腹に風はまだ冷たく、一足早く空模様だけが春への模様替えを終えたような、そんな天気だ。

 僕はこうやってナナちゃんと一緒にいられることを思うと、嬉しさのあまり歩調も早くなってしまう。後ろからではナナちゃんの表情は分からないが、きっとナナちゃんも喜んでくれているのではないだろうか? 僕はそう思いたい。

 ………それにしても、何か道路の舗装が良くないのだろうか…… 僕がつい椅子を押すスピードを速めてしまったからなのか、車輪から伝わってくる震動がハンドルを握る僕の手を小刻みに震わせる。ということはナナちゃんにもこの揺れは伝わっているはず。


「あの、ナナちゃん、もしかして揺れる? 少しゆっくり歩いたほうがいいかな?」

「えっ? あ、私なら大丈夫ですよ。あの、すみません、真一さんに押していただいて」


 ナナちゃんは僕の言葉に顔半分振り返りながら、逆に僕のことを気遣ってくれた。

 ………こんなに車椅子で外出するって大変なことだったんだな……

 今まで自分の生活上では全然気付くことなどなかった。道はちゃんと黒光りするアスファルトで舗装されてはいるものの、車椅子が通ると結構揺れるものだ。

 僕は速度を落としてゆっくり進むことにした。そして、なるべく道の状態が良いところを通るように注意しながら進んだ。

 ナナちゃんはというと、そんな揺れにはお構いなしに、周りの風景を見ようと顔を左右に振っている。

 この辺にはこれといって興味を引くようなものなど、存在しているようには僕には思えなかった。今僕たちが通っている道があって、その脇に沿うようにして家が建ち並び、所々木が生えてあったり、電柱があったり、今僕たちの横を車が通ったり、その車が向こうの信号の手前で止まったり、そんなありふれた風景があるだけだ。

 でも、僕らにとってごく普通の日常的なものが、ナナちゃんにとっては一つ一つ新鮮なものとして映っているのであろう。

 それはナナちゃんが周囲を見つめる目で分かる。あの、小さな子どもが目新しい玩具を発見したときに見せるような、輝きを放つ大きく見開いた目。今まさにナナちゃんは首を動かしながらその眼差しを、周りの何の変哲もない物へと向けている。

 そんなナナちゃんを見ていると、何だか僕まで目に見える物全てが光り輝く美しい物に見えてくるから不思議だ。

 でも、こんな日常的なことで感動する位だから、街や繁華街、観光スポットや娯楽施設なんかに行ったら、ナナちゃんは一体どんな反応を見せてくれるのだろうか?

 そう思うと何だか僕はワクワクしてき、早く目的地まで行きたくなり、自然と足取りも速くなっていった。

 この辺はたいして見て回る店などない。日用品を扱っているようなスーパーだとか、八百屋だとか魚屋だとか、本屋、酒屋、そう言った類しかない。とてもではないが、年頃の僕たちがデートとして回れるような洒落た場所はない。だから今日は電車に乗って繁華街まで行こうと思っていた。

 道を歩いている間、僕はナナちゃんと一緒にいる姿を学校の友達に見られるのではないかと内心冷や冷やしていた。やっぱり女の子と一緒にいるところを見られるのは恥ずかしかった。それに、ナナちゃんの正体がばれたりしたら大騒動になりかねない。

 しかしそれに反して、誰かに発見されないかなという期待感もあった。僕がこんな綺麗なナナちゃんと知り合いだということを、他のみんなに自慢したい気持ちも少なからずあった。別に僕なんか大した人間ではないのだが、ナナちゃんと一緒にいることで何か僕まで凄い人間になった気もしないではない。

 でも、残念ながらここに来る間で僕の知っている人とは出会うことはなかった。

 僕はちょっぴりガッカリすると共に、そんなことを少しでも考えた自分に「馬鹿だよな~ホントに」と、嘲笑混じりに呟いた。

 で、やっとのこと最寄り駅に着いたわけであるが、ここまで来るのに結構疲れた。車椅子を押しながらここまで来るのがこんなに大変であったとは……

 そんなことを思いながら、僕は目的地までの二人分の切符を購入する。そしてそのまま改札口を通ろうとした。

 ………ところがここでも問題が発生した。

 自動改札口の幅が狭すぎて車椅子が通らないのだ。

 僕は小さく溜息をすると、しょうがないので駅員さんを呼ぶことに。

 僕は券売機の脇の窓から駅員を呼んだ。すると中年の駅員が窓から顔を出した。その駅員は僕の話を聞くことなく、ナナちゃんが乗っている車椅子へと視線を落とすと、面倒臭そうにやって来て、改札口の脇にある係員専用の扉を開け、そこを通るよう合図した。

 僕たちは駅員に切符を見せ、そこを通りホームへと向かう。その後ろを駅員が付いてきた。それは駅のホームに行くには階段を上らなくてはならないからだ。この駅ではまだエレベーターの設置が遅れていたのだ。

 階段の下へたどり着くと、駅員と僕とのふたりがかりで車椅子を持ち上げ、そのまま階段を一歩一歩慎重に上っていく。ナナちゃんには何が起こっているのかよく分かっていない様子であった。そしてそのまま何とか上までたどり着く。


「すみません」

 僕は何故か謝っていた。

「あ、どうも有り難うございました」

 僕に倣ってナナちゃんもそう言う。


 駅員は軽く会釈すると、そのまま無言で戻っていった。

 何か、あんまりいい気持ちはしないよな。

 僕はナナちゃんの気を損ねてしまったのではないか心配したが、ナナちゃん自身は取り立てて気にしている様子はないようで、それよりもホームの様子が面白いようで、あっちこっち見回していた。

 取りあえず僕達はホームの脇に移動して電車を待つことにした。

 着いたタイミングが良かったらしく、間もなくしてすぐ電車がやってきた。モーターと車輪が回る機械音と共に金属製の電車がやってくると、ナナちゃんは物珍しそうに身を乗り出して、そこまでやって来た電車に目を注いでいた。


「真一さん、これが電車ですか? 近くで見ると、すごいですね。あれに乗っていくんですか?」

 ナナちゃんは驚きの混じった感嘆の声を上げた。

「うん、そうだよ。とは言っても乗っている時間は数分で、すぐ降りることになるけど」


 ナナちゃんはこの物体が電車ということは理解しているようだが、乗ったことはないらしい。まぁ、当然といえば当然だろうが…… 海沿いに走っている電車もあることだし、きっとナナちゃんは海の中から電車を見たことはあっても、こうやって乗ることは初めてなのだろう。

 僕は周りの人たちが先に乗り降りするのを待ってから、車内に入ろうとした。

 ……ん……これって……けっこう…ホームと電車との隙間というか……段差があって……車椅子を入れるのって……大変なんだな………

 僕は車椅子の前輪を力任せに持ち上げて何とか車内へと押し込んだ。

 ナナちゃんは初めて見るであろう車内の様子、つり革、手すり、座席、網棚、中吊り広告、ドア、窓、そして窓から見える景色を、目を輝かせながら見ていた。

 僕の後ろでドアの閉まる音がした。そして電車はゆっくりと、モーターの唸り声を上げながら進み出す。それに連れて窓から見える景色が反対方向に流れてゆく。

 取りあえず僕は落ち着けそうな場所へ移動した。ドアの前だと人の出入りが激しいし、座席の前だと座っている人が迷惑そうだし……… 結局僕はナナちゃんと、電車と電車の間、連結部分の脇に居座ることに。

 相変わらずナナちゃんは流れる景色を見ながら楽しそうにしている。僕はそんなナナちゃんを窓の正面にくるように連れてきた。こうすれば首を横にする必要もなく、疲れる心配はない。

 僕はナナちゃんが嬉しそうにしている姿を見て、その場でしゃがみ込んだ。

 それにしても車椅子で電車に乗るだけでも結構疲れるもんなんだな。

 そう考えながら僕は辺りを見回した。

 やっぱ、珍しいのかな、車椅子に乗っている人って。

 僕はおじいちゃんのこともあって、そんなに車椅子が珍しいものとは考えてはいなかった。でも改めて考えてみると、あんまり電車の中でそれに乗っている人って見かけない。それは僕がそんなに電車に乗る機会が無いからだろうか。学校へ行くのも近所に遊びに行くのも、たいていどこへ行くのにも自転車に乗って僕は出かける。だから僕にとっては自転車さえあればどこにでも行けるようなイメージがある。でも、今日久しぶりに歩いて、電車にも乗って気が付いたのだが、車椅子の人って大変なようだ。

 僕はもう一度周囲の人の様子をうかがった。

 やはり何人かの人は僕たちのことを意識しているようだ。それはナナちゃんが可愛いから、つい目がいってしまうからか? それとも車椅子に乗っているからなのだろうか? それとの両方? ナナちゃんの行動が非常識だから? 

 ………何だか、僕は無性に恥ずかしくなり、後ろめたい気持ちになった。

 何でだろう。別に僕はやましいことも、悪いこともしていないというのに………

 僕は駅に着くまで、外を眺めては楽しそうにしているナナちゃんの姿だけを見ていた。


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