英雄ベルキュードゥルゼ
これはまだ、フゥバ王国ができる前のお話――――。
「ベス? どうした?」
「フラン……」
ベスと呼ばれた少年が、抱えていた膝から顔を上げる。
傷んだ髪はバターブロンドのようにも見えるけれど、少し力を入れればすぐにちぎれてしまいそうで。
そんな髪で目元まで隠している彼の唇や見えている肌は、白く粉をふいているかのように荒れ放題だった。
「また誰かに何か言われたのか?」
そんなベスの隣にそっと腰掛ける、フランと呼ばれた少年。
可愛らしい顔立ちをしているが、アッシュブラウンの髪とブラウンの瞳という色合いが、その造形の魅力を半減させていた。
一目見て、ほとんど魔力を持たないことを誰もが悟るような色。
だが平民であればこそ、あまりこの色合いを悪く言われることもなく過ごしてきた。
「……やっぱり、ボクは受け入れてもらえないみたい」
見えている口元が、微かに弧を描こうとするけれど。上手くいかなかったそれは、ただ不自然に歪んだだけだった。
いっそ、笑顔ではなく泣き顔に見えそうなほどに。
「外見だけで判断するような奴らなんか、気にしなければいい」
二人が腰を下ろしている緑の絨毯は、高い木々に囲まれた森の中でも比較的光の当たる場所。足元の草たちの背丈は低いが、とても青々と輝いていた。
ここは二人だけの、秘密の場所。
本来ならば入ってはいけないと言われている森の中に、子供の頃醜いと追い立てられたベスが偶然見つけた場所だった。
「でも、ボクが触ったら倒れちゃうし……」
「お前は何も悪くない。オレは全然平気なんだし」
何よりもベスが遠ざけられる理由は、そこにある。
平民という名の無知であるがゆえに、誰も知り得なかったのだ。彼の魔力量が異常で、だからこそ受け入れられない人物は全員倒れてしまうのだということを。
そしてその見た目すら、その影響を受けているということも、本人すら知らぬまま。
「だけど……」
「そんなに気になるなら、大人になってから村を出るか? オレと二人で」
「え!? ダメだよ! そこまでフランに迷惑かけられない!」
「お前ひとりっ子のクセに何言ってんだ。その前にベスがいなくなったら、おじさんとおばさんが悲しむだろ。まずそこを否定しろよ」
「……うん」
だが愛されていないわけではなかった。むしろ両親は触れられない分、ベスだけに愛情を注ぎ続けてきた。
愛してくれる家族がいて、心配してくれる親友がいる。
ベスにとってはそれだけで、村に居続ける理由になるのだ。
そう、だから。
きっとこんな日々が、大人になっても続いていくのだと。
疑うことも希望を持つこともなく、そう思っていたベスはしかし。
「……え?」
成人したその日を境に、人生が一変した。
「かっ、母さん! 父さん!」
目覚めた瞬間から違和感を覚えていた彼は、自分の手をまじまじと見て。その後おそるおそる自分の顔へと触れてから、急いで両親の元へと走った。
その日ベスの家は大騒ぎだった。
最初はベス本人だと信じてもらえず、警戒していた両親も。必死で訴えるベスの言葉に、徐々にその事実を受け入れ始めて。
「本当に、ベスなの……?」
「そうだよ! ボクだよ!」
ゆっくりと近づいてきた母親が、その頬に触れる。
肌の荒れなど一切見当たらない、つるりとした瑞々しい頬に。
「……さわれる」
そして同時に、この日。ベスと両親は初めて、涙を流しながら固く抱き合ったのだった。
だが同時に、そこからは怒涛の日々で。
一晩で村中の誰よりも美しくなってしまったベスの噂はあっという間に広がって、村中どころか村の外からも独身女性が押し寄せてくる始末。
そして最終的には、この時代の支配階級の女性がベスを欲しがった。
そこからが、始まりだった。
金と権力に物を言わせ、無理やりにでもベスを連れて行こうとする権力者の私兵に、必死でしがみつく両親。
そんな彼らを振り払おうと、腰に佩いた剣を引き抜こうとしている姿をベスが目にした瞬間。
彼の魔力が、敵とみなした全ての人物を吹き飛ばした。
訳も分からぬまま、今度は犯罪者にさせられたベスに手を差し伸べたのは、親友のフランだった。
彼が提案したのは革命軍として立ち上がり、支配階級の横暴がまかり通る今までの在り方を根底からひっくり返すという、とんでもないもの。
だがベスは最終的に、その提案に乗った。そうしなければ両親を守り切れないと知ってしまったから。
今まで散々ベスを醜いと遠ざけてきた村人たちが、今度はベスを利用して権力者に取り入ろうとしているという計画を、あろうことか親友であるフランに持ち掛けてきた馬鹿がいたのだ。
「オレは絶対に許さない……! オレの親友を苦しめるだけのこんな村、こっちから捨ててやる……!」
すでにフランの両親は引っ越しの準備を終えていて、ベスが決断すれば彼の両親も連れて逃げる算段はついていた。
何よりもフランは、平民にしては頭が切れる。だからこそ権力者に媚を売ったところで、無意味だと気付いていたのだ。
ベスが頷いてからは本当にあっという間に、二人の両親は夜逃げするかのように村からいなくなり。
そしてベスとフランは、革命軍フゥバを名乗ることとなる。
彼らの快進撃はついぞ止まらず、最終的には権力者を打ち倒し、新しい権力者として誰もが安心して暮らせる場所を約束した。
フゥバの名の通り、希望になれるようにと。
「……で? 何でフランじゃなくてボクが頭だったの?」
「お前鏡見てこいよ。どう考えてもオレとベスだったら、ベスのほうが目立つだろ」
「そんな理由!?」
「大事だろ」
彼らの仲の良さは、革命軍として戦ってきた誰もが知っていた。
同時に、ベスが成人するまで醜い姿だったことを知っている人物は、もう彼ら本人とその血縁以外誰もいない。
彼らが捨てたあの村は、今はもう存在していないからだ。
その驚くべき容姿の変化について知られていないままだったことが、良かったのか悪かったのか。彼らには、まだ分からない。
だが美しい英雄の隣に立つ地味な色合いの親友は、遠い未来を見据えていた。
だからこそ親友と自らの子孫にだけは、真実を伝えていたのだ。
後に「ベス・キュードゥルゼ」と名乗ったその名が、革命軍として使用していた「フゥバ」が。王国を名乗ったベスの子孫の、国と王族としての名となるのと同時に。
「フラン・フラッザ」と名乗った彼の子孫が、フラッザ家が唯一の宮中伯として登用されたのは、それが理由だった。
いつか生まれてくるかもしれない、英雄ベスキュードゥルゼと同じ苦しみを持つ子供が、必要以上に傷つかないように。
その側には必ず、フラッザの血が流れるものが寄り添えるように、と。
だが。
フラン・フラッザが自らの特異体質に気が付いたのがいつだったのかは、後世に残さなかった。
それが英雄への気遣いだったのか、それとも自らへの戒めだったのか、もしくは自責の念からか。
王家とフラッザ家の間では、これについてしばしば議論が交わされることもあるが。
真実は、遠い昔の闇の中。
今は亡き、たった一人の男のみが知るのである。
最終話は英雄のお話でした!
この次はあとがきとなりますので、気になる方のみお進みください。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!m(>_<*m))ペコペコ




