その後の二人
「はい、リィス。あーん」
「あーん」
今日もホーエスト様のお部屋で、ゆっくりと午後のお茶の時間を楽しんでおりました。
ここのところ随分と涼しくなってきておりますし、庭園のガゼボですと時折風が冷たく感じる日もありましたから。
「僕もリィスに食べさせてほしいな」
「もちろんです、ホーエスト様」
テーブルの上にセットされた、普段と変わらないティーセット。
今日の紅茶のお供は、季節の果物のタルトでした。
さっくりとした生地にフォークをいれて、一口大に切り分けたタルトをすくい、ホーエスト様の口元へと運びます。
「ホーエスト様、あーん」
「あーん」
以前とは違い血色の良くなった瑞々しい唇を開いて、フォークごとタルトを口の中へと招き入れるホーエスト様。
「リィスが食べさせてくれると、何倍も美味しく感じるね」
「まぁ」
ふふっと笑い合う私たちの空間は、幸せに満ちておりました。
ホーエスト様にとっても私にとっても、この時間がひと時の安らぎとなっているのです。
が。
「……っ! いい加減にしてくれませんかね!?」
この空間に、ホーエスト様と私以外にもう一人。
「そもそも殿下は、どうして毎回リィスを膝の上に乗せているのですか!?」
最近、お兄様がこの空間にいらっしゃることが増えたのです。
私としては、つかの間の休息ぐらいホーエスト様と二人きりがいいのですが……。
「ハファディーはおかしなことを言うね? そんなの、リィスが可愛いからに決まっているじゃない」
「リィスが可愛いことは全面的に認めますが!! そうではなく!!」
「あぁ、そっか。話し相手がいないと寂しいよね。今度スムークゥも招待しようか」
「まぁ! あの子もきっと喜びます!」
「だよね」
「これ以上被害者を増やすのはおやめください!!」
あらあら、お兄様ったら。何をおっしゃっているのです?
成人前のスムークゥが、ホーエスト様にお茶の時間に誘っていただけるなんて、名誉なことではありませんか。
「ハファディーは被害者なのかな? じゃあ無理に来なくてもいいよ?」
「そういうわけにはまいりません!! 殿下は我がフラッザ家の人間のみ、立ち入りを許可されているので!!」
「そうだよ? リィスの家族なんだから、当たり前でしょう?」
「…っ………殿下っ……!」
どこか悔しそうな表情のお兄様ですけれど、現実ホーエスト様と私は部屋の中で健全に過ごしておりますもの。問題ありませんよ?
(と言ったところで、納得以前の問題ですものね)
未婚の男女が部屋に二人きりというのは、あまり外聞がよろしくないのだということは理解しております。
ですので、ここにお兄様がなるべく同席したいという気持ちも、分からないわけではないのです。
(ただ、扉は常に開けておくようにと、ホーエスト様が指示されておりますが)
それでも心配してくださっているのだと知っている手前、私からは何も言えないのですけれど。
「あぁ、そうだ。例の元伯爵家なんだけどね。色を変化させていたのは、元々研究のために邪魔をされたくないからだったと報告があったよ」
「っ……!」
それは、この間の事件のお話ですね。
「それがどうして欲をかいたのかは知らないけど、まぁ第三とはいえ王子の婚約者になれば研究費用も増やせるとでも思ったんだろうね。愚かにも」
「研究のため……。そう、でしたか」
ホーエスト様もお兄様もそれで納得していらっしゃいますけれど、きっと令嬢……いえ、元令嬢本人の思惑は、きっと別のところにあったのだと思います。
(きっと、あの方は……)
ホーエスト様に、恋をしてしまったのです。
許されないと、分かっていながら。
(だからあんなことをしてでも、手に入れたいと願ったのでしょう)
ホーエスト様のお隣に立てる、その権利を。
ホーエスト様に愛していただける、ただ一人になりたくて。
「殿下、お時間です」
「あれ? もうそんな時間?」
紅茶とタルトを楽しみつつ、おしゃべりをしていればあっという間に過ぎ去ってしまう幸せな時間。
もう少しだけホーエスト様と一緒にゆっくりしていたかったのですが、そういうわけにも参りません。
「フラッザ宮中伯子息様、先ほど使いの者が来て伝言を預かっております」
「あぁ、悪い。聞こう」
お兄様が呼ばれて、先に部屋を後にします。
私も、次は地理学の時間ですから。遅れないように向かわなければなりません。
ホーエスト様に嫁ぐために、必要なことですもの。どんなに大変でも、乗り越えてみせます。
「リィス」
私が決意を新たにしつつ、ホーエスト様のお膝の上から立ち上がった瞬間。
名前を呼ばれたので、振り返れば――。
「んっ」
「……また、ね」
素早く重ねられた唇に。
不意打ちの出来事だった私は恥ずかしくなって俯きながらも、小さく頷いたのです。
『今度は、二人っきりがいいね』
「っ……」
次いで耳元で囁かれた言葉に、視線だけを上げてホーエスト様を見上げてみれば。
幸せそうなブルーグレーの瞳が、私を愛おしそうに見つめていて。
(あぁ、私……)
なんて、幸せなのでしょう。
『はい、ホーエスト様』
口をついて出てきた言葉は、無意識でした。
けれどきっと、お返事としては間違っていなかったと思うのです。
なぜならば、次の瞬間。
ホーエスト様はその美しいお顔で、とろけるように微笑んでくださったのですから。
きっとこの幸せな時間が、これからも続いていくのでしょう。
私はこの時、そう確信したのです。
次回、最終回!
最後は本編中に名前だけ登場していた、あの人の物語です!(>ω<*)




