第三王子親衛隊隊長
「ラース隊長!」
「何だ?」
今日のホーエスト殿下の警護を終えて、与えられた部屋へと戻る道中。声をかけてきたのは、第三王子親衛隊の隊員だった。
この時点で、何となく嫌な予感はしてたが……。
「また入隊希望者が増えてきているとの報告がありました」
「……そうか」
予感が的中したことを恨めしく思いながらも、とりあえず頷いておく。
だがそれまでに間があったことに、比較的初期の頃から所属している彼は何かを察したらしく。
「すでに、これまでのホーエスト殿下への言動は調べさせておりますので。ご安心ください」
どこか困ったような顔をしながらそう報告してくれたのは、きっとあまりよくない結果も多数上がってきているからなのだろう。
そして同時に思う。彼のこの優秀さは、本当に得難いものだ、と。
「助かる。残った者たちだけで、後日実技試験と面接を行う」
「では日程の調整も含めて、こちらである程度は進めてしまいますね」
「あぁ、頼んだ」
「お任せください。では」
剣技でも魔術でもなく、その頭脳を買って声をかけた昔の俺に、よくやったと言ってやりたい。
必要な会話だけを済ませてすぐに立ち去る、頼もしすぎるその後姿を見ながら。そんなことを考えている俺は、明らかに。
(疲れてるな)
こんな時は、昔馴染みの街のヤツらと飲み明かしたいとも思うが。今の俺には、そんな時間も余裕もない。
第三王子であるホーエスト殿下の親衛隊隊長になることは、幼い頃から決まっていたから。そのことを苦だと思ったことは、ない。
そもそも疲れている理由は、警護とはまったく別の理由だからな。
「いい加減にしろよ、ホントに」
周囲に誰もいないのをいいことに、ため息と同時に本音を口に出す。
殿下方の親衛隊ってのは、飾りじゃないんだ。箔をつけるために希望するモンでもない。
そこら辺、勘違いしすぎなんだよ。バカどもが。
特にホーエスト殿下に関しては今まで希望してこなかった奴や、誘いを断った奴まで入隊希望を出してきてるから、面倒なんだよな。
揃いも揃って、本気の殿下の側にいられないような奴らのくせに。
(今でも忘れない)
初めて遠くから殿下を見た、あの幼い日。
あまりにも多すぎる魔力に覆われて、いっそ魔力が意思を持って暴れてるんじゃないかってぐらい、激しく動いていた様を。
そんな相手に対して、周りのバカな貴族たちが醜いだの何だのと悪口を言い合っていた、あの異様な光景を。
そして……。
フラッザ宮中伯令嬢がホーエスト殿下に触れた瞬間、まるでそれまでの魔力が幻だったかのように、嘘のように大人しくなった様を。
(ま、それを正直に両親に話したから、俺は就職先が決まるのと同時に忙しくなったわけだけどな)
けど、後悔なんてしてない。
騎士になるべく剣を磨いた日々も、経験を積むために市井におりて生活したあの日々も。
他人の魔力を正しく見ることができる力を持っていたからこそ、得られたものだ。
この能力があったからこそ、俺は選ばれた。
それなら感謝一択だろ。
(ただ、なぁ……)
他の殿下方とは違って、ホーエスト殿下は少し特殊だからな。前は隊員を集めるだけでも一苦労だったはずなんだが、今ではもう捌くのが面倒なくらい殺到してる。
親衛隊って、割と将来安泰だからな。本来ならこういうもんだったはずなんだよな。
けど以前はその見た目から、ホーエスト殿下の親衛隊の入隊希望者は、歴代最低人数だったんだよ。
その代わり、醜いと言われていようが関係ないっていう気概のある人物しかいなかったから、楽だったんだよなぁ。
「苦手なんだよ」
目的意識が違いすぎる人間を相手にするのは。
俺たちは全員、ホーエスト殿下の親衛隊であることに誇りを持ってる。それは見た目の美醜に関わらず、だ。
けど今の希望者たちは基本的にほとんどが、殿下の見た目の変化がなければ近寄ろうとすらしなかった奴らだ。
それが透けて見えるから、相手をするだけで変に疲れるんだよ。
あと単純に、そんなのに時間を使うのが惜しい。
「ピーターみたいなのが来るってのなら、話は違うんだけどなー」
王家に忠誠を誓う生粋の騎士である、副隊長の生真面目そうな顔を思い出しながら。俺は、再び歩き出す。
とりあえず今日は、ちょっといい酒とつまみを買って帰ろう。そうしよう。




