第三王子専属侍従
おまけ第一弾は、ホーエストの専属侍従視点からになります。
それでは、どうぞ!(>ω<*)
王家の皆様のみが足を踏み入れることの許された庭園から戻られた殿下は、一切の感情を失ったような表情でソファに腰を下ろされて。
そのままお顔を両手で覆ってしまわれて小さく呟かれるのは、ご婚約者様であるフラッザ宮中伯令嬢様のお名前。
「リィス…………リィス、リィス……ごめんね、リィス……」
あまりにも痛々しいお姿に、お生まれになった時からお仕えしている身としては見ていられなくなってしまうのです。
同時に湧き上がる、殿下の最も大切なお方を傷つけた者への純粋な怒りと、殺意。
我らの大切な主から唯一の宝を奪おうなどと、そんな浅ましいことを考えた事実を後悔させたい。許されるのであればこの手で、殿下が受けた苦しみ以上の苦痛を与えてやりたい。
そう考えてしまうのは、当然のことでございましょう。
(殿下はきっと、今のご自身の行動にすらお気付きになられていないのですから)
お小さい頃から、感情の揺れ一つで誰かを傷つけてしまう可能性があるとご存じだったからこそ。我々使用人一同とは常に一定の距離を保ち、決して喜びも悲しみも見せようとはしなかった殿下。
そんな殿下がお変わりになられたのは、フラッザ宮中伯令嬢様と出会われてからでした。
時に笑い、時に悲しみ、時に悩み。年齢相応のお姿をようやく見せ始めてくださった殿下に、我々がどれだけ歓喜したことか。
決して公にはできない殿下の魔力量に関するあれやこれやのせいで、事情を知らぬ貴族だけでなく騎士の中にも時折、お守りするべき殿下を見下す存在がいることに腹を立てておりましたが。
フラッザ宮中伯令嬢様に対する貴族たちの言動に、殿下が素直に怒りを口にされた時にはホッとしたのと同時に。ご自身のことでは相変わらず感情を動かそうとなさらないところに、つい苦笑してしまったものです。
けれど、そんな殿下だからこそ。
魔力をある程度放出してきた後とはいえ、こんなにも負の感情を、さらには無意識にさらけ出すなど。本来であれば、あり得ないことなのです。
(それだけ、余裕がないのですよね。殿下)
十八回目のお誕生日に、ようやく魔力が制御できるようになったと同時に。大きく変わられたご容姿に対して、多くの貴族や騎士たちの態度が変化しても、まったく気にも留めていらっしゃらなかったのに。
フラッザ宮中伯令嬢様が目を合わせてくれず笑顔もぎこちないと、初めて私に相談してくださったのです。
その際には「当然ですよ。これまでホーエスト様はお顔を隠されてきたのですから。きっとまだ慣れていらっしゃらないのです」とお答えしましたが。その後しばらくしてから、案の定以前のようなお二人に戻っていらしたので、これで一安心と思っていた矢先の出来事。
許せるわけが、ないのですよ。
(けれど、今は)
一日でも早く、フラッザ宮中伯令嬢様がお目覚めになることを祈るしかできないのです。
そして、もう一つ。
(後ほど、侍従長へ進言いたしましょう)
今の状態のままの殿下では、きっと日々を過ごすことすらままならなくなるでしょうから。執務に関しては、しばらくお休みをいただくことにして。
お食事や睡眠については、しばらくの間は注意深くご様子を確認させていただいて、共有しておくべきでしょうね。
(何もなければ、それが一番なのですが……)
その予感が的中してしまったことを知るのに、そう時間はかかりませんでした。
魔力のおかげでお食事や睡眠が一切取れなくなってしまっても、殿下はすぐにお加減を悪くされてしまうことはありませんでしたが。あまりにもお一人で耐えようと必死になされた結果、お怪我をされてしまった時には、我々使用人一同も肝を冷やしたものです。
なるべく殿下のお心が休まればと、出来得る限りフラッザ宮中伯令嬢様のお側にと誰もが願ったのは、当然のことでございましょう。
そうして、その日々は。
フラッザ宮中伯令嬢様がお目覚めになるまでの間、ずっと続いていたのです。
そう、ですから。
「はい、リィス」
「あむ」
開いた扉の内側から聞こえてくる、楽しそうな殿下のお声に。
「美味しい?」
「はい」
私は今日もありがとうございますと、フラッザ宮中伯令嬢様への感謝の気持ちを心の中で呟きます。
そしてどうか、この先もずっと殿下と共にお過ごしくださいますようにと、祈らずにはいられないのです。




