第三王子と宮中伯令嬢
「…………え……?」
聞こえてきた言葉が幻聴なのではないかと疑いたくなるほど、私にとっては都合がよすぎる展開についていけずにいると。
「そっかぁ。今までの言動じゃ伝わってなかったかぁ」
少しだけ困ったような表情をしたホーエスト様が、突然私の腰を抱き寄せて。
「今度からは、もっとちゃんと分かりやすく伝えるね」
それはそれは、とてもいい笑顔で宣言なさるのと同時に。
「んっ……」
透き通るようなブルーグレーの瞳も、そのご尊顔も見えなくなるほどの距離まで近付いて。
代わりに、私の視界いっぱいにホーエスト様の美しいバターブロンドの髪が――――。
(え? ……えぇ!?)
零れる吐息と触れる柔らかさに、口づけだと理解したのは一瞬遅れてから。
重なり合うのはホーエスト様の唇と、私の唇。
「!?」
「リィス。僕のリィス。僕だけの天使」
「ほ、えす、とさま」
お名前をお呼びしたくても、一言ごとに重ねられる唇に阻まれて。
しかも。
最初は啄むようだったそれも、徐々に深く重ねられてしまえば。
(あぁ……ホーエスト様……)
私はもう、どうすることもできないまま。
幸福感に包まれながらも、されるがままに身を預けるしかなかったのです。
「はぁ……リィス……」
何も考えられなくなってしまいそうな中、とろんとした目で見上げれば。
私の耳の縁を、優しくゆっくりと爪でなぞるホーエスト様。
「ぁんっ……!」
予想もしていなかった刺激に、ゾクゾクとした何かが背中を這い上がってくるのと同時に、思わず声が漏れてしまいました。
けれど、まとまらない思考の中。どうしてもお伝えしたかったのは、理性ではなく感情で。
「ほー、えすとさま……」
「なぁに、リィス」
伸ばした手を受け入れて、優しく抱きしめてくださるホーエスト様の胸元に、そっと顔をすり寄せて。
私は、ずっとずっとお伝えしたかった言葉を口にするのです。
「お慕いしております、ホーエストさま……」
「っ!!」
ようやく言えたと安堵していた私は、次の瞬間。
「きゃっ」
ホーエスト様に抱き上げられて、そのままどこかへ連れて行かれ――――。
「え? え!? ホーエスト様!?」
「ごめん、もう無理。あんな誰が来るかも分からない場所になんていられない」
「そ、それはどういう……?」
「今の僕たちには触れ合いが必要だと思うんだ。今までの分も含めてね」
まさか、とは、思いますが……。
「だから僕の部屋に行こう」
「なっ!?」
「あ、騒いだらその口ふさぐからね?」
「!?」
それは脅しではありませんか!?
「大丈夫、心配しないで。節度はちゃんと守るから」
当然ですよね!?
「あ。でも部屋の中には侍女も侍従も入れない予定だから、よろしく」
「!?」
節度とは!?
「殿下!? どうされました!?」
「リィスと一緒に部屋に戻る。扉は開けたままでいいけど、宮中伯家の人間以外は通さないで」
「は?」
分かります! ホーエスト様付きの侍従の方の気持ちはきっと、私と同じでしょうから!
何を言っているんですかホーエスト様!? と。
「あ、のっ……!」
「ふさぐ?」
「っ!!」
歩いていても関係ないのですか!?
「殿下、お聞きしたいことが山ほどあるのですが……」
「うん、後にして。あ、そうそう。何かつまめるような軽食を用意してくれる?」
「すぐにご用意いたします」
え!? どうして普通に会話していらっしゃるんですか!?
もっと疑問をぶつけてください!!
「ねぇリィス、これからは嫌ってほど思い知らせてあげるね」
抵抗一つできないまま、本当に私を自室まで運んできてしまわれたホーエスト様は。私を膝の上に乗せた状態でソファに座ると、開口一番そうおっしゃいました。
そして。
「僕がどれだけ、リィスのことを大切に思ってるのか」
「んっ」
瞼に、頬に、額に。
当然のように降ってくる、口づけの雨。
「どれだけリィスのことが大好きなのか」
「ホー、エスト様っ」
「僕のリィス。僕だけの天使」
「ホーエストさ――」
そうして最後には必ず、唇に。
「世界で一番大好きだよ、リィス」
輝かんばかりの笑顔で、優しいブルーグレーの瞳に私だけを映して。
幸せそうに、ホーエスト様は口にするのです。
私への、愛の言葉を。
醜いと言われていたホーエスト様は、国一番の美男子へと変貌を遂げられて。
地味だと言われていた私は、唯一ホーエスト様に触れられる令嬢として。
この日を境に、私たちに対しての誹謗は一切なくなりました。
こうして私たちを呼ぶ際には、第三王子と宮中伯令嬢と言われるようになったのです。
ホーエスト様を醜い王子などと口にする方が皆無なのは当然ですが、私を地味令嬢と呼ぶ方もいなくなりました。
本来であれば最初からそうであるべきだったのですが、ホーエスト様と違い私は何一つ変わってはおりません。
けれどもう、私がホーエスト様に相応しくないとは言われなくなりました。
そういう意味では、とても大きな進歩なのです。
ですが、今はまだそんなことも知らぬまま。
「はい、あーん」
「あむっ」
ホーエスト様の膝の上、まるで子供のようにお菓子を口に運んでいただいている私は、こんな状況にもかかわらず幸せを感じておりました。
「美味しい?」
「はい」
誰の目も気にせず、二人だけでゆっくりと過ごせるこの場所は、今までにないほど私自身をも大胆にさせていたのです。
その証拠に。
「殿下ぁぁ!!」
突然飛び込んできたお兄様が、年頃の娘を自室に連れ込むなんてと殿下に抗議している横で、私は相も変わらず殿下の胸元に寄りかかったままだったのですから。
「ハファディー」
「何ですか!?」
「君も座って。僕とリィスが部屋の中で健全に過ごしてたって、証人が必要だからね」
「どこが健全なんですか!!」
そう叫ぶお兄様ですが。
この日から時折、私がホーエスト様のお部屋にお邪魔するようになることも。その際、付き添いとしてお兄様も同席する場合が多くなるということにも。
まだこの時には、気付いていらっしゃらなかったのです。
ちなみに、セルシィーガ公爵令嬢ですが。
シーズン最後の夜会でお会いした時には、ホーエスト様を見かけた瞬間顔を青ざめて、凄い早さで遠ざかっていきました。
どうやら魔道具の一件が相当怖かったらしく、ホーエスト様に対して恐怖心を抱くようになられたそうなのですが……。
それはまた、別のお話ですね。
これにて本編終了です!!
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!(>ω<*)
ただもう少しだけ、おまけが続きますので。
よければ最後まで、彼らにお付き合いのほどよろしくお願いします♪




