婚約者ですもの②
「そう怯えなくても大丈夫。簡単だよ。今ここでこの手を取って婚約者候補の一人になるか、逃げだしてその資格を失うか。君に選ばせてあげる」
「っ!?」
ホーエスト様、それはチャンスとは言いませんし、選択肢でもありません。
触れれば最後、倒れてしまわれる相手にそれは、明らかな脅迫です。
(私がお止めできない状況なのも、計算済みですね)
あくまでホーエスト様とセルシィーガ公爵令嬢との間の問題で、私が口を挟んでいいことではありませんから。
特に婚約者である私自身が介入しそれを否定してしまえば、後々他の方々から不満が出てきてしまう可能性もありますし。
ただ正直、ここで大々的にそれをするのは、目撃者を増やす目的でしかないのでしょうけれど。
(どうされるおつもりなのでしょうね)
差し出された手を見つめていたセルシィーガ公爵令嬢が、ふとホーエスト様を見上げて。
「ッ……!」
何かに怯えたような表情を見せた、その瞬間。
「わ、私っ……失礼させていただきますっ……!!」
よろめきながらも何とか立ち上がり、少々おぼつかない足取りでフラフラと会場を後にしました。
去っていくその背中は、まるで逃げ出すようにも見受けられたのですが……。
(どうされたのでしょう?)
ホーエスト様は先ほどから笑みを崩してはいらっしゃらないので、恐ろしく思うような変化はなかったと思うのです。
けれど今回の経験で、何かを感じ取ってしまわれたのでしょうか?
(もしくは、魔力量の差に気付いて怖気づいてしまわれた、とか?)
などとセルシィーガ公爵令嬢の様子にばかり気を取られていたせいで、私は気付くことができなかったのです。
「さてそれじゃあ、会場内の令嬢たちにも最後のチャンスをあげよう」
ホーエスト様がそう宣言されるまで、今回のこの騒動の最終的な目的に。
「ホーエスト様?」
まさかとは、思いますが……。
そんな思いを込めて呼びかければ、にっこりと返される笑み。
(あぁ、これは……)
私がお止めできない状況再び、なのですね。
そして今回で全てを終わらせるおつもりだったのですね。
「我こそは婚約者にと思う人物は、名乗り出てこの手を取ってごらん? ただし、倒れたらその瞬間脱落だけどね」
ホーエスト様、ホーエスト様。いい笑顔でおっしゃることが怖すぎます。
一瞬でホール中がざわめきに埋め尽くされてしまわれましたし、何より令嬢の皆様の顔色が悪くなっておりますよ。
「いないのかな? それならリィス以外は全員、その資格を放棄するという認識でよさそうだね」
「!!」
そのためにずっと手を握っていらっしゃったのですね!?
もう必要はないはずなのにと思いつつ、それよりも優先すべきことが多すぎて疑問を後回しにしていたら……!!
(完全に、こちらに関しては油断しておりました)
まさか私のことまで引き合いに出されるとは。
つまりもう、婚約者云々で煩わしい思いはしたくない、と。そういうことなのですね。
(確かに、私以外にホーエスト様に触れられる方がいらっしゃらない以上、選択肢はありませんものね)
私としては大変ありがたい状況ではありますが、いくら何でも強引過ぎませんか?
もちろんこの間のことがありますので、ホーエスト様は婚約者として私を守ろうとしてくださっているのでしょうけれど。
「いないのなら、これ以上の騒ぎになる前に退散しようか。行こう、リィス」
「……はい、ホーエスト様」
最初から最後まで、きっとホーエスト様をはじめとした王家の皆様の、筋書き通りだったのでしょう。
こうなればもう、私も注目されたくはありませんからね。
素直にホーエスト様に手を引かれ、会場を後にする他ないのです。
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