婚約者ですもの①
その瞬間、私はすべてを悟りました。
ホーエスト様の狙いは、これだったのだと。
(いけません、ホーエスト様)
セルシィーガ公爵令嬢が座り込んでしまわれたというのに、救護を呼ばないということは。まだ、何かされるおつもりだということなのでしょう。
けれど彼女は以前に一度倒れてしまわれている上に、この間までブロムスツ伯爵令嬢に利用されていたのです。
もうこれ以上、プライドも家名も傷つけるべきではありません。
「お兄様……」
「うん、いいよ。行っておいで」
すぐそばに立っていたお兄様に声をかければ、当然のように私の手からグラスを抜き取って。
「殿下はきっと、リィスを待ってるよ」
その言葉で、背中を押してくださったのです。
「ありがとうございます。行ってまいります」
マナー違反にならない程度に、けれど足早にざわめきの中心へと向かえば、聞こえてきたのはホーエスト様の普段とは違う声。
「残念だったね。せっかく大金を払って手に入れた魔道具も、こんな風に無駄になって」
なるほどつまり、セルシィーガ公爵令嬢は実際にはホーエスト様に触れることができないのですね。魔道具で、それを誤魔化していた、と。
確かにそれは、許される行為ではないのかもしれません。
(けれど、だからといって……)
こんなにも大勢の前で、辱めていい理由にはなりませんからね。
何より今のホーエスト様をお止めできるのは、フラッザ家の人間をおいて他にいないことでしょう。
となれば、私が誰よりも適任のはずです。
「ホーエスト様」
まだ彼女を追い詰めようとするホーエスト様のお名前を呼んで、そっとその腕に触れます。
触れた指先から魔力を感じ取れるのは、ホーエスト様がわざとセルシィーガ公爵令嬢に魔力を流し込んでいらっしゃったからなのでしょうね。私にも分かるほどの力なのですから、相当な量のはずです。
本当に、こういった場面では容赦がなさすぎるお方ですね。
「それ以上は、もう……」
「リィス」
ゆっくりと首を振れば、セルシィーガ公爵令嬢へと伸ばされていた手がゆっくりと下ろされました。
どうやら諦めてくださったようで、一安心です。
「君は本当に……。こんな場面で躊躇なく飛び込んできて触れてくれるのは、リィスぐらいだよ」
「当然です。私はホーエスト様の婚約者ですもの」
にっこりと笑みを浮かべて自信を持ってそうお伝えすれば、苦笑しながらもどこか嬉しそうに細められるブルーグレーの瞳。
なぜでしょうか。透き通るようなその美しい色を見るのが、久方ぶりな気がしてしまうのは。
(いえ。実際、お会いできておりませんでしたものね)
最近はずっと、ホーエスト様のお話し相手はセルシィーガ公爵令嬢でしたから。
「嬉しいなぁ」
ホーエスト様に触れていた私の手を取って、言葉通り本当に嬉しそうな笑顔で指先に口づけを落とすそのお姿は、あまりにも様になり過ぎていて。
普段であれば恥ずかしさの一つも覚えそうな場面ですが、おそらくこの展開すらホーエスト様や王家の皆様の予想の範囲内なのでしょう。そう思えば、私も冷静に対処できます。
「けど残念ながら、そう思っていない人物もいるみたいだね」
「ひっ……!」
言いながら視線を向けた先で、セルシィーガ公爵令嬢が竦みあがってしまっておりますけれど。
ホーエスト様、やりすぎはいけません。
「セルシィーガ公爵令嬢、君に最後のチャンスをあげよう」
「チャ、ンス……ですか……?」
「そう、最後のね」
向けられた笑顔に少しだけ安心したのか、座り込んだまま受け答えをしていらっしゃいますけれど。油断しないほうが、身のためかと思いますよ。
ホーエスト様は言葉通り、これで本当に最後になさるおつもりでしょうから。




