狙い通り sideホーエスト
正直に言ってしまえば、もううんざりだった。
リィスに会えないのも、リィス以外の令嬢を婚約者に薦められるのも。
だから、決めたんだ。
リィスを全員に認めさせて、これ以上何も言わせないようにしようって。
きっとそれがリィスを守るのに一番確実だし、手っ取り早いから。
だからあの日、セルシィーガ公爵令嬢が僕に近づいてきたのを利用しようと思ったんだ。
そういう意味でちょうどタイミングもよかったし、公爵令嬢という立場も魔力の量も相手として申し分なかったから。
大勢の前で見せしめにする相手として、ね。
(僕が何も知らないとでも思ってるのかな)
手に嵌めた、細い金のバングルの意味を。
そこに彫られた、模様の効力を。
(浅はかだよね)
目の前でピーチクパーチク、やかましい鳥のように喋り続けるセルシィーガ公爵令嬢との時間は、僕にとっては憂鬱で退屈でしかなかった。
アピールのつもりなんだろうけど、自分語りに必死過ぎて。僕がただ同じ笑顔のまま頷いてるだけだって、きっと気付いてなかったからね。
しかも魔力が漏れ出さないように、ちゃんと感情のコントロールもしなきゃいけなかったから。二人でのお茶の後は毎回、疲れてソファに倒れ込んでたし。
だってここで彼女に倒れられちゃったら、僕の計画が台無しになっちゃうからね。
何のためにリィスと会うのを我慢して毎回あれに耐えてるのか、分からなくなっちゃうから。
(リィスとだったら、穏やかに過ごせるのに)
壁際で弟と談笑している姿を、時折横目で確認しつつ。久しぶりに見るその笑顔に、ホッとする。
リィスとのお茶の時間は、毎回とっても穏やかで。何も遠慮することなく、嬉しいも楽しいも表現できる。まさしく僕にとって、最高の休憩時間だったのに。
今ではあの日々が、遠い昔のことのよう。
でもそれも、今日でおしまい。
挨拶の列が途切れるのと同時に、父上が侍従へと目配せする。
長年父上に仕えているからこそ、それだけで意思をくみ取ることができるんだと知ったのは、つい最近。こうして成人してから。
だってここからじゃないと、その目配せの様子も侍従が宮廷楽団に手を挙げて合図を送る様子も、観察することはできなかったからね。
『さて、と』
舞踏会の開始を告げるファンファーレと同時に、呟いた言葉は。きっと誰にも、聞こえていない。
でも、それでいい。これから僕がするのは、最終的な仕上げだけだから。
「エルヴォーリン兄上、ギィラード兄上。後はよろしくお願いします」
「あぁ」
「行っておいで」
僕の計画に賛同してくれたのは、兄上たちだけじゃない。父上も母上も、いい笑顔で僕を見て頷いてくれた。
つまり、リィスが家族になることを全員が望んでるっていうこと。
「セルシィーガ公爵令嬢、お手をどうぞ」
だから、誰にも邪魔はさせない。
「嬉しいです、ホーエスト殿下」
目の前で舞う、少し赤みの強い明るめのサンディブロンドの巻き髪も。
熱っぽく見つめてくる、明るいオリーブグリーンの瞳も。
僕はこれっぽちも、望んでなんかいない。
(元伯爵令嬢に利用された後で悪いけど)
今度は僕が、君を利用させてもらうよ。
心から望んだ相手の手だけを取り続けるために。誰にも文句を言わせないために。
少しずつ少しずつ、つないだ手から魔力を流し込んでいく。
時折細い金属が擦れ合う音が聞こえてきて、それに目を向ければ。狙い通りの状態になってきているのが見て取れて、心の中だけでそっとほくそ笑む。
(数だけ揃えたところで、そんな細いモノじゃあ無駄なだけなのにね)
きっと何も知らないからこそ、驕っていられるんだろう。
でも僕はそれと同じ効力を持つモノを、よく知ってる。昔、乳母や母上がよくつけていたから。
それはセルシィーガ公爵令嬢が腕に嵌めているような、デザインを重視したようなものとは違って。最大限効力を発揮できるように、もっと太いやつだったけど。
(模様はもっと繊細だったし、宝石みたいな石もついてたけどね)
それでも、耐えられなかった。
そう、耐えられなかったんだよ。
最も効率よく力を発揮できるはずの設計でもね。
つまり。
「あっ……」
パキンッと、金属が割れる音が響き渡る。それが、三回。
続いて床へと落ちる音も、ホール内に響き渡った。
「あーぁ」
本来であれば、音楽に搔き消されてたはずなんだろうけど。運悪くスローテンポのワルツの途中で、あり得ないはずの異音が聞こえて。
大勢の人物が、何事かとこちらを窺ってる。
本当に、狙い通りで嬉しいよ。
『どうしたのかしら?』
『何か、硬いものが割れる音がしなかったか?』
「あ、の……」
「何かな?」
でも、まだだよ。まだ、もう少し。
笑顔で問いかけてあげれば、徐々に青くなっていく顔色。
(本当に、愚かだよねぇ)
気付かれないとでも思った?
乗り切れると本気で思ってたの?
「あっ……!」
僕の魔力に耐えきれなくなったのか、立ち続けることすらできなくなったセルシィーガ公爵令嬢がその場に座り込む。
同時に、大きくなるざわめき。
さぁ、準備は整った。
「残念だったね。せっかく大金を払って手に入れた魔道具も、こんな風に無駄になって」
折れて床に落ちてしまった細いバングルの一つを手に取ってそう言えば、途端に怯えた目をしてこちらを見上げてくるけど。
正直僕からすれば、今さら? って聞きたくなる状況なんだよね。
分かってたことでしょ? 僕に触れられるのはリィスだけだって。
前に一度、身をもって体験してるはずなのにね。
『魔道具?』
『つまりセルシィーガ公爵令嬢も、本当はホーエスト殿下には触れられないと?』
『我々は騙されていたのか!?』
踊り続ける人々が壁になって、楽団まで様子は届かない。もちろんこの展開をあらかじめ予想していた父上たちも、止めようとはしない。
それでも徐々に広がっていくざわめきに、座り込んだまま俯いてるけど。
ねぇ。まさかこれだけで許されるなんて、思ってないよね?
「ほら、音楽は続いてるよ。君が望んだんだから、一曲踊り切ろう?」
「ひッ……!」
笑顔で手を差し出せば、小さく悲鳴をあげられる。
今の今までうっとりしてたくせにね。そんなに怯えなくてもいいと思うんだ。
「この手を取るのが、そんなに怖い?」
僕の顔を見て、手を見て、もう一度顔を見て。
たぶん恐怖で声も出ないんだろうね。魔力量がそれなりに多いからこそ、僕との差があまりにも大き過ぎるんだってことに気付いてるだろうし。
過呼吸になりそうな状態で震えすぎて、歯がカチカチと鳴り始めた音が聞こえてきたけど、僕は容赦するつもりなんて微塵もないよ?
「黙ってても何も分からないよ。ほら、立てそうなら――」
そう、思ってたのに。
「ホーエスト様」
その瞬間。
聞こえてきた声と、腕に触れる指先。
「それ以上は、もう……」
僕の隣にそっと並んで、ゆっくりと首を振る人物は、当然――。
「リィス」
たった一人しか、存在してないよね。
~他作品情報~
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