次の犠牲者
お父様とお母様に続いて、お兄様にエスコートしていただきながら会場入りする私と、その後ろにスムークゥ。
普段であればほとんど注目されない我が家なのですが、この日ばかりは入場した瞬間に大勢の視線が集まったことを、すぐに感じ取りました。
その理由は、おそらく……。
(私のドレスと、ホーエスト様に関する話題ですね)
おそらくほとんどの方が考えていらっしゃることでしょう。ホーエスト様の婚約者が、私からセルシィーガ公爵令嬢に変更になる予定なのだと。
皆様ご存じないことですから、仕方がないと割り切ってしまうほかありませんが。現実的に考えて今から王家の一員となるためのお勉強を始めて、果たして令嬢側の成人までに間に合うものなのかと考えてしまうのは、私が毎年大変な思いをしているからでしょうか。
公爵家で雇っている教師の質は高いのでしょうけれど、それでも王室の専属教師には敵わないと思うのです。
(そもそも各分野のスペシャリストですもの)
その内容は歴史、音楽、ダンス、マナーと多岐にわたりますけれど、同じ方が二つを教えることはありません。それだけでもう、雇える人数に差が出てきてしまいます。
つまり当然のことながら、王家の皆様はまさしく最高峰の教育を受けていらしたことになりますし、各殿下に嫁ぐ予定の令嬢も同じだけの教育を受けることになるのですから。
王族の婚約相手というのは、そういった意味でも簡単には変えられないのです。
(特にホーエスト様の場合は、もっと難しいはずですから)
両陛下でさえ、気軽にホーエスト様に触れることは叶わなかったとお聞きしました。
今でこそ魔力をご自身の意思で自在に操ることができるようになっておりますけれど、つい数か月前までは感情を素直に表に出せないことも少なくなかったのです。
ホーエスト様に嫁ぐということは、その魔力量に耐えうる令嬢でなければならなかったと考えると。人選がどれだけ難しいことだったのか、想像に難くないかと。
とはいえ私自身もそういったことを一切存じ上げなかったので、皆様の苦労など全く知らぬままでしたが。
今だからこそ、本当の意味で私が選ばれた理由が理解できているだけなのです。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ」
「ここでお戻りをお待ちしていますね」
まだ成人前の私とスムークゥは、こういった場で正式に両陛下や殿下方にご挨拶ができません。なので二人、壁際でお父様たちがご挨拶に向かうのを見届けていたのですが。
ふと、視線を感じて目だけを向けた先。
かなり距離はあるものの、同じく成人前でご挨拶ができないセルシィーガ公爵令嬢が、こちらを睨むようにじっと見つめていたのです。
(敵対心、でしょうね)
彼女にとって私という存在は、邪魔で仕方がないのでしょう。
けれど私、とうに覚悟はできておりますから。次の犠牲者を出さないための、覚悟が。
(ただ、セルシィーガ公爵令嬢だけは……)
何となく、ですけれど。間に合わないような気がするのです。
むしろホーエスト様だけでなく、王家の皆様が結託して、今回も何かをなさるおつもりなのでしょうね。以前のように。
(それでも。なるべく早くお止めできるように、いつでも動ける準備はしておくべきですね)
瞬きと同時にそっとセルシィーガ公爵令嬢から視線を外して、今度は真っ直ぐにホーエスト様を見つめます。
すると私の視線に気付いてくださったのか、次の方から挨拶を受けるまでの僅かな間に、こちらに笑顔を向けてくださったのです。
それだけで嬉しくなってしまう私は、何て単純なのでしょう。
けれど、それではいけません。しっかりと気を引き締めておかなければ。
(お手紙に、書かれておりましたもの)
本日のホーエスト様は、ご本人から直接のお誘いもあったそうですが、各所からのたっての希望もあってセルシィーガ公爵令嬢と一曲目を踊られるのだとか。
つまり何かを仕掛けるおつもりなのであれば、きっとそこでしょうから。
何もないことを願うのはもはや無駄でしかないと、これまでの経験で嫌と言うほど理解しておりますし。
であれば。
(何事かが起きる前提で、私は待機しているべきなのでしょう)
その時に、素早く動き出せるように。
予想が外れて何の問題もなく一曲目が終わるのであれば、それはそれで平和でいいのですけれど。
過度な期待は、しないことに決めたのです。
「姉上、飲み物をどうぞ」
「ありがとう、ムゥ」
スムークゥが渡してくれたジュースで、のどを潤しつつ。まだ終わりそうにない、挨拶のための列を眺めておりました。
普段とは違う、僅かな緊張感を胸に抱きながら。
~他作品続報!~
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