無謀な挑戦②
「まぁ! 大変失礼いたしました」
「大丈夫? もしかしてまだ疲れが残ってる?」
「いいえ、まさか。少しだけ、考えごとをしておりました」
しかもホーエスト様がいらっしゃっていることにすら気付けないくらいに、なんて。お恥ずかしい。
あの事件の後、噂を広めるために屋敷から一歩も出ておりませんでしたから、むしろ体調は何の問題もないのです。
「でも――」
まだ何かを口になさろうとしたホーエスト様のお言葉は、ダンスの時間を告げる楽団の演奏にかき消されてしまいました。
と、同時に。
「ホーエスト殿下!」
ホーエスト様の後ろから現れた、セルシィーガ公爵令嬢。
ブロムスツ伯爵令嬢の策略で、催眠状態にされていた期間が長かったせいなのか、それとも副作用が出てしまったのか。しばらく寝込んでいらっしゃるとお聞きしていたのですが。
(もう大丈夫のようですね)
纏う香りも、以前のように爽やかな柑橘系に戻っていらっしゃいますし。お元気そうで何よりです。
が。
少し、タイミングがよろしくありません。
「私と一曲踊ってくださいませんか?」
しかも正式な婚約者がいる目の前で、本日のファーストダンスのお誘いなど。
(無謀な挑戦としか、言いようがありません)
この状況下でホーエスト様がお断りするのは大変体裁がよろしくないので、基本的にはお受けすることになるのでしょう。
フゥバ王国では、基本的にダンスのお誘いは男性からと決まっておりますが、代わりに女性からのお誘いは決して断らないこととも言われておりますから。女性にとっては、それだけ勇気を振り絞った行動だということなのです。
ただ正直、せめて私という婚約者と一曲でも踊った後にして欲しかったと思うのは、貴族令嬢としても婚約者としても間違ってはいないと思うのです。
(何より以前のように、ホーエスト様とのダンス中に倒れてしまわれても困りますし……)
一曲目は婚約者である私と踊っていただく予定なのです、とでも申し上げるべきかと真剣に悩みつつ、ふとホーエスト様を見上げると。
(え……?)
なぜか、あの笑顔を浮かべられていて。
そう、まるで相手を追い詰めようとしているかのような、あの恐ろしい笑顔を。
(ホーエスト様? 一体、何を考えていらっしゃるのですか?)
私のほうが嫌な汗をかいてしまいそうになって、思わず左手で右手を強く握りしめてしまいました。
けれど当然のことながら、セルシィーガ公爵令嬢はホーエスト様に夢中で私のことなど見えておりませんし。そもそもお気付きになられたところで、別の意味合いに捉えてしまわれたことでしょう。
正直なことを申し上げますと、私はセルシィーガ公爵令嬢に対しては、ホーエスト様を取られてしまうかもしれない、などという危機感を抱いておりません。
問題は、そこではないのですから。
「いいよ。ただし一曲目だけね。二曲目からは、ちゃんと婚約者と踊りたいからね」
どんなお考えがあるのかも分からないまま。ホーエスト様はその笑顔を崩そうとはせずに、セルシィーガ公爵令嬢に手を差し出します。
さりげなく、踊るのは一曲のみと宣言しながら。
「構いませんわ」
嬉しそうにその手を取る、セルシィーガ公爵令嬢。
その時。カシャリという、細い金属が擦れ合う音が聞こえてきて。思わず目の前にあるセルシィーガ公爵令嬢の腕につけられた、細い三本の金のバングルに目が吸い寄せられてしまいました。
細く華奢な腕に合うようになのか、同じように細いそれには、よく見ると細かい模様が彫られているようで。
けれど同時に、その数の多さに少しばかり違和感を抱いてしまいます。
「ちょっとだけ待っててね、リィス」
「あ、はい」
なぜ片手にこんなにもたくさん? と思いながら見つめていたせいで、ほんの僅かにホーエスト様へのお返事が遅くなってしまいました。
その、瞬間。
確かにセルシィーガ公爵令嬢はこちらを見て、小馬鹿にするように小さく鼻で笑ったのです。
(これは……)
私、完全に見くびられておりますね。
そして何より、勘違いなさっておられるようです。
(さて、どうしましょう)
ホーエスト様の真意が分からないまま、勝手な行動を取るわけにはまいりませんから。
まずはお戻りになるのを、大人しくお待ちすべきでしょうね。
~他作品告知~
完結作品
『名も無き幽霊令嬢は、今日も壁をすり抜ける ~死んでしまったみたいなので、最後に誰かのお役に立とうと思います~』
のコミカライズ配信が決定いたしました!(。>ω<ノノ゛☆パチパチ
8/12(土)より、pixivコミック様にて連載スタートです!(・`ω・)b
詳細は本日の活動報告にありますので、興味のある方はぜひ!(*>ω<*)




