証拠と口実 sideホーエスト
「リィスのこと? 君のところに直接連絡がいったのかな?」
あり得ないと分かっていても、念のためカマをかけてみる。
これでまんまと釣られてくれたら、楽なんだけどね。
「いいえ。けれど、その……噂で……」
ま、そうだよね。すぐにバレる嘘はつかないよね。
それにちょっと周りを気にしながら言いにくそうにしてるのなんて、知らなかったらホント信じちゃいそうで怖いね。
(一番のやらかしには、気付いてないみたいだけど)
思わず鼻で笑いそうになったのを堪えて、わざと笑顔を作ってみせる。
僕のことをよく知らない人物ばかりのこの場所では、きっとほとんどが騙されてくれるからね。
「そっか。心配してくれたんだね。ありがとう」
「あっ……いえ、そのっ……」
ちょろい、って一瞬でも思っちゃったことを知られたら、皆に怒られるかなぁ?
でも、仕方ないよね。
それに僕が言わなければ、何を思ってたのかなんて分からないだろうし。大丈夫大丈夫。
「フラッザ宮中伯令嬢様のことも、そうですけれど……ホーエスト殿下も、その……」
「大丈夫だよ」
僕は毎日リィスに会ってるからね。
今日だって気合を入れるためにという名目で、濃いグリーンに僕の髪と同じ色の刺繍をあしらったドレスを贈って、彼女に着てもらってるし。
だからどちらかといえば、今この場でリィスが隣にいないことのほうが大丈夫じゃないかも。色々な意味で、ね。
「そう、ですか。ただ、その……最後にフラッザ宮中伯令嬢様とお会いした時に、お話しさせていただいたのですが……」
「何かな?」
視線を彷徨わせながら、言おうか言うまいか悩む素振りを見せてるけど。
違うよね、それ。言いたくて仕方ないんだよね?
(だから乗ってあげる)
君が思い描いていたシナリオは、途中から崩れていくことになるけど。それまでは、ちゃんと動いてあげるよ。
僕たちにも必要だからね。証拠と、口実が。
「あの……ここでは、ちょっと……」
「大丈夫。ほら、教えて?」
耳に手を添えて近づいてみせれば、一瞬困ったような顔をしてたけど。ここまでされて、引き下がるわけにもいかないでしょ?
案の定近づいてきたブロムスツ伯爵令嬢からは、事前に聞いていたものとは別の匂いがした。
(強い花の香りというよりは……甘い、果実の香り?)
そうと認識した瞬間、体の中の魔力がその香りに引っ張られるような感覚を覚えた。
とはいえ反応したのは僕の中にある魔力の、そのほんの一部だけだったけど。
『罠かもしれない、と。欠席して欲しいと、お伝えしたんです』
それだけ言って離れていったブロムスツ伯爵令嬢は、表情は心配そうなままなのに。眼差しだけは、何かを期待しているかのようで。
(その言葉への賛同? いや、違うな)
どちらかといえばもっと別の、熱のこもったそれはきっと……。
(この香りの作用、かな)
僕は魔力量が多すぎるから、効き目が弱かったんだろうけど。きっと普通なら、魔力全部が引っ張られるはずだったんだろうね。
そしてそれこそが、彼女が求めていた結末。
「なるほど、ね。確かにそうだね」
「……え?」
けどだからこそ、この状況に混乱してくれるわけで。
何より証拠と口実どちらも同時に手に入りそうな現状に、僕は内心笑いが止まらなかった。
「本人が言うんだから間違いない。実際罠だったわけだし。ねぇ?」
「え? あの、何を……」
「ロイナ・ブロムスツ、君を違法薬物取り扱いの罪で拘束する。ラース!」
「きゃあっ!」
名前を呼べば音もなく現れて、匂いが届かないような距離から触れることなく容疑者を拘束するラースは、見事としか言いようがない。
「な!? どうして!? ホーエスト殿下!!」
「あぁ、魔術師は近づかないように。強い魔力に作用する薬みたいだからね」
「っ!?」
目の前で驚いたとでも言わんばかりに見つめてくる犯罪者は、とりあえず一旦置いておいて。まずは予防線を張っておくのが大事。
というか、その反応は図星だとバラしてるようなものなんだけどなぁ。それすら分からないのかな?
「それからブロムスツ伯爵家には、長年にわたり偽装行為を続けてきた疑いがある」
「そちらはすでに手配済みです」
「なっ!?」
「どうして驚くのかな? 君がその姿で現れたということは、その可能性を示唆しているも同然なのに」
これに関しては予定外だったけど、どうやらちゃんと動いてくれていたみたい。
さすがラース。優秀だね。
「さて、それじゃあ……答え合わせといこうか」
会場にある扉の一つへと目を向ければ。ゆっくりと開かれるそこから姿を現したのは、もちろんリィス。
今日はいないものだと思っていた人物の突然の登場に、会場内がざわつくけど。
「なんでっ!? どうしてここに……!!」
一番驚いてるのが犯人っていうのは、もうね。
語るに落ちたとまでは言わないけど、反応があからさますぎていっそ呆れるよ。




