諦めきれない者たち sideホーエスト
いつもとは違う僅かな緊張感を孕んだ夜会で、僕は一人退屈な時間を過ごしていた。
リィスが隣にいない、二度目の夜会。
あの後、一日様子を見て問題がなさそうだからと宮中伯邸に戻ってしまったリィスだけど、もちろん今も元気に過ごしてる。
ただし、その姿は基本的に誰にも見せないようにしているけど。
だから実は今までとは違い、毎日僕がフラッザ宮中伯邸に赴いていたりする。
(おかげで、変な噂も流れてるみたいだけど)
あちらこちらから飛んでくる視線は、どこか同情的なものも含まれてて。
この間までリィスに敵対心剥き出しだった人物までそうなんだから、本当に身勝手だなとため息の一つもつきたくなる。
ま、今そんなことしたら別の意味に取られそうだけど。
(以前みたいに静かになって、僕としてはありがたいけどね)
リィスと二人で過ごせるなら、僕には何の問題もない。
そういう意味で考えると、この状況は物凄く問題。むしろ大問題だから、今回で黒幕ごと完全に叩き潰すつもりでいる。
(リィスは、彼女は必ず来るって言ってたけど……)
そう思いながら視線だけで会場を見渡していたら。
「あの、ホーエスト殿下……」
ふいにかけられた声に、ようやく来たかと振り向けば。
そこにいたのはオリーブグレーの髪に濃いブルーの瞳の、見たこともない令嬢。
「……君は?」
「あっ、そうですよねっ。失礼いたしましたっ……!」
焦ったようにカーテシーをしてみせるその姿は、人によっては警戒心を解かれるのかもしれないけど。
残念ながら、僕はそんな愚か者じゃないよ。
言葉とは裏腹に完璧に近い仕草のそれは、余程練習してきた証。
とはいえ、あくまで近いだけで完璧ではないけどね。リィスの綺麗なカーテシーには程遠いよ。
そもそもカーテシーって、型を完璧に覚えただけじゃ意味がないからね。そこに込められた心にこそ、意味がある。
大勢の人間が僕に向けてきた、両極端な心。それが乗せられた仕草を、飽きるほど見てきた。
だからすぐに分かるんだ。彼女からは、それが微塵も感じられないって。
(そんなことも、分からないんだろうね)
冷めきった心で見つめる先、気付かない彼女は当然のように名前を名乗る。
「以前フラッザ宮中伯令嬢様に助けていただきました、ロイナ・ブロムスツと申します」
その瞬間、目の端に捉えていた夜会に潜り込ませた僕の親衛隊たちと魔術師たちの間に、緊張が走る。
君たち、魔力が乱れすぎ。相手に気付かれたらどうするの。
(本当に、リィスを見習ってよ)
彼女はどんな時も、決して魔力を乱さない。たとえそれが、見知らぬ男に連れ去られていた時でも。
それは魔力量が少ないからじゃなくて、ちゃんと自分の心を律してるから。
魔力が乱れるのに、多いも少ないも関係ないからね。
(とはいえ、まぁ……)
気持ちは分からなくもない、かな。
だって彼女、事前情報と全然違うもんね。特に魔術師は、この時点で当然警戒するよね。
すでに彼らは、真実に気付いちゃったわけだから。
それは同時に、リィスの仮説が正しかったことを意味する。
よかったのか悪かったのかは、正直今のところ判断がつかないけど。
少なくとももう一つの仮説通り、今日はセルシィーガ公爵令嬢は欠席してるから、きっとそういうことなんだろうね。
(じゃあここからは、僕の出番、かな)
予定調和という他ないけど、それでも始めようか。
ついでに他の諦めきれない者たちにも、現実を突きつけてあげよう。
「その……フラッザ宮中伯令嬢様のこと、お聞きしました」
しおらしく心配するフリをしながら、その実リィスを追い落とそうとする愚か者が、一体どうなるのか。
君自身が破滅する様を見せつけて、ね。




