目覚め②
長い長い沈黙の後、先に言葉を発したのは……。
「…………は?」
当然ですが、ホーエスト様でした。
私はといえば、どんな風に反応されるのか分からず。むしろその一言に、大袈裟なまでに驚いてしまいました。
(もしもここで、信じていただけなかったら?)
否定されてしまったら? あの状況で何を言っているのだと、ホーエスト様に呆れられて蔑まれてしまったら?
私はきっと、もう二度と立ち上がることなどできないでしょう。
けれど。
「え、何? あの下級魔術師、僕のリィスにそんなことしようとしてたの?」
聞こえてきた声と、室内にもかかわらずふわりと髪を揺らした風に、どこか既視感を覚えて。
そろりと見上げたホーエスト様は、一切の表情を削ぎ落されたかのようなお顔をしておりました。
「へぇ、そっかぁ。なるほどねぇ」
それなのに私と目が合った瞬間、それはそれは大変いい笑顔で。
「ちょっと待っててね、リィス。僕ちょっと、急いであの男の命を刈り取ってやらなくちゃいけなくなったから」
そんな風に、おっしゃったのです。
(ちっ、違うのですホーエスト様っ……!!)
むしろホーエスト様自らがそんなことをなされては、私が純潔を散らされたのだと誤解されてしまいますっ……!!
相手がいなくなればなかったことになる、という過激な思考の持ち主からすれば、事実でないことが事実であると認識されてしまうのです!
『……かないでっ……』
何としてもホーエスト様をお止めしなければ……!!
それにっ……!
『いかないで、くださいっ……!』
必死に振り絞った声は、やはりかすれたままでしたが。
力を入れすぎたのか、急にけほけほと咳込み始めてしまった私を心配してホーエスト様が戻ってきてくださったのは、不幸中の幸いでした。
「リィスっ、無理しないでっ……!」
『ほ、えすとさま……』
「いいからっ」
抱きしめてくださったホーエスト様は、とてもあたたかくて。
けれどだからこそ、心身ともに弱ってしまっている私は耐えられなくなってしまったのです。
『いかないで、くださっ……ホーエストさまっ……!』
「行かない。どこにも行かない。僕はずっとリィスの側にいるから。だからほら、大丈夫」
このまま二度とホーエスト様のお隣に立てなくなってしまうのではないかと、恐ろしくなってしまった私は。悲しくて悲しくて、溢れ出す涙を止めることができませんでした。
そんな私を優しく抱きしめて、頭を撫でてくださるホーエスト様。
『ホーエストさまぁっ……!』
このぬくもりを手放したくなくて、子供のように泣きじゃくる私を。
ホーエスト様はずっと、抱きしめてくださっていたのです。
そう、ずっと。
まさか次に目覚めた時にも、まだホーエスト様に抱きしめられたまま、同じベッドの中で眠っていることになるなど。
この時の私はまだ、知る由もなかったのです。




