毒気を抜かれる sideホーエスト
連絡が取れない魔術師の居場所が分かったと言われた瞬間、僕は呼び出しておいた親衛隊の隊長であるラース・クローグを引き連れて部屋を飛び出していた。
地図で指し示された場所は、覚えてる。
「殿下! 城の外で他の者たちも待機させております!」
「ついてこられる者だけでいい!」
「はっ!」
ラースは人の魔力を見る術に長けているという特性上、幼い頃から僕の親衛隊の隊長になるのが決定していた人物だけど、役職のない隊員たちは僕が直接選んだ。
つまり、僕についてこられないような人物は選んでいないってことでもある。
けど今回は初出動な上に、何よりリィスの命がかかってるかもしれない。それなら僕は全力で現場に向かうし、ついてこられなかったら容赦なく置いていくつもりでいた。
だって、僕にとって一番大切なのはあくまでリィスただ一人だけだから。命がかかってない隊員のことなんて、気にしてる余裕なんてない。
(リィスっ……!! 無事でいてっ……!!)
僕が部屋に着く前にフラッザ宮中伯が父上を説得してくれてたみたいで、今回の救出作戦には僕が直接出て指揮して欲しいと言われた。
父上は動けないし、万が一魔術師団が結託していた場合は宮中伯の出番だから、魔術師に対抗できる人間が少ないというのも理由の一つだったけど。
その時の魔術師団長の「その通りです」という頷きは、あまりにも重いものだった。
でもきっと、だからこそ宮中伯は魔術師団の監視役としてあの場から離れられないんだろう。
示されていた場所は、王都の外にある森の中。その一角にある、物見やぐらとして建てられた小さな石造りの塔だった。
万が一他国が攻めてきた際に、見張り塔としての役割を持たせたもの。
普段は騎士と魔術師で巡回し点検を行っている場所だけど、その頻度はひと月の中でもたった数回。
逆に言えば、それを知っている人物しか利用できない場所だってこと。
「死ね! 死ね死ね死ね!!」
僅かに感じた魔力を辿って、地下へと向かう途中で聞こえてきた物騒な言葉と声に、背中を嫌な汗が一筋流れ落ちて。
必死で足を動かしながら下る階段の先。
「リィス!!」
見えた人影に声をかけた僕が、目にしたのは。
切り裂かれたように見える絹のスカートから、その細い足を覗かせ。
魔術師のローブを着た男に、馬乗りになられた状態で。
首を絞められている、リィスの姿。
「お前っ……!!」
その瞬間、僕の中から理性が吹き飛んだ。
「僕のリィスに何をしたっ!!」
体の中から溢れ出す魔力を止められないまま、むしろ止めるなんていう発想すら浮かばないまま。
感情のまま力任せに、地下室内を僕の魔力で満たしきって、そのまま魔力の力だけで押しつぶしてしまおうと思った。
目の前の、汚い手でリィスに触れた男の体を。
「あ……ぁっ……」
僕の本気を感じ取ったのか、今更恐怖に怯えた表情を見せてるけど。
許さないよ?
リィスを傷つける人間は、たとえそれが誰であろうとも。
死んで償うか、死ぬほどつらい思いをさせないと、僕の気が済まない。
だから、苦しませてやろうと思ってたのに。
「えいっ!」
「あ……」
「え……?」
予想外過ぎるリィスの行動に僕だけじゃなく、いつ踏み込もうかタイミングを計っていたはずの騎士たちすら驚き、固まって。
しかも。
「ごきげんよう、皆様。このような格好で失礼いたしますね」
なんて、まるで何でもないことかのようにリィスが普通に挨拶をするものだから。
全員きっと、僕と同じように開いた口が塞がらない状態だと思う。
後ろは見えないし見る気もないから、分からないけど。気配からして、きっとそう。
だって。
「……っふ」
こんなの、毒気を抜かれるに決まってる。
事実、きっと僕たちが懸念しているようなことは何もなかったんだろう。だからリィスも、こんな風に振舞ってる。
それが分かったからこそ、なおさら状況にそぐわない様子がおかしくって。
僕は、こみ上げてくる笑いをこらえるのに必死だった。
(もうっ、ホントっ……リィスってば、最高っ!)
でもきっと、それがよくなかったんだ。




