第三王子の逆鱗
(どう、して……)
ホーエスト様がここにいらっしゃるのか。そもそもどうして先頭に立っていらっしゃるのか。
そんな疑問は浮かんできましたが、それよりも。
「お前っ……!!」
ぶわりと、一斉にはためき始めるバターブロンドの髪。
輝くそれは風もない地下室にいながら、確実に毛先がうねりを上げていて。
(これは、つまり……)
怒りで無意識に漏れ出てしまっているホーエスト様の魔力が強すぎて、風の代わりにバターブロンドの髪を押し上げてしまっているのでしょう。
その証拠に。
「僕のリィスに何をしたっ!!」
ホーエスト様が叫ばれた瞬間、部屋中に圧倒されてしまうほどの魔力が満ちてしまいました。
同時にお召しになっている服装まではためき始めるのですから、相当お怒りのようです。
そもそも今までホーエスト様の感情の起伏が少なかったのも、このように本気でどなたかに怒りをぶつけたことがなかったのも、きっとこの魔力量のせいだったのでしょう。
今ならば分かります。ご自身のことで怒りを表に出されたことがないのは、こうして他者を圧倒してしまうとホーエスト様ご自身が一番理解していらっしゃったからなのだと。
誰かを、傷つけてしまわないように。笑顔で感情に蓋をして、隠して過ごされてきたのだと。
(あぁっ……。私はっ……!)
そんなことにも、気付いていなかった。
ずっと。ずっと、ホーエスト様は必死だったのでしょう。怒りに身を任せてしまわないように、我を忘れてしまわないように。
それなのに、私はお隣にいながら今まで何も分かっていなかった。
(こんな、私でもっ……)
少しはお役に立てていましたか?
その魔力を、私がこの身に受け入れることは、できていましたか?
次から次へと溢れ出し、灰色の地下室の中を満たしてしまおうとする魔力を、私のいる場所まで届いたと同時に全て受け入れてはいるのですが……。
ホーエスト様の放出する速度に、どうしても追い付くことができません。
直接触れることが可能であれば、まだ少しは違うのですけれど。
「触れてはいけない、第三王子の……逆鱗」
「……?」
お役に立てなくて一人落ち込みかけていた私の耳に、不思議な言葉が聞こえてきました。
その小さな呟きは、私から完全に手を離して呆けてしまっている魔術師の彼が零したようなのですが。
(第三王子の逆鱗?)
何でしょうか、それは。
確かにホーエスト様の魔力は強大ですけれど、ついこの間まで私を含めてほとんどの人間がそれを知らなかったはずです。
(あぁ、けれど)
考えてみれば、彼は魔術師。であれば、魔術師団ではそういったことが言われていた可能性がありますね。
ホーエスト様の魔力を封じていたのは、魔術師団長だと伺っておりますし。あり得ない話ではありません。
ただ、なぜ今になって彼の口からそんな言葉が出てきたのか。
思わずといった風でしたので、単純に忘れていたことを思い出しただけなのかもしれませんが……。少しばかり、不自然な気もします。
(私がホーエスト様の婚約者だと、知っていたはずなのに)
そしてホーエスト様は、身内と認めた存在を大切になさる方だと知られているはずなのに、です。
王家の皆様は陛下をはじめとした全員がそうなのですから、ホーエスト様も例外ではないと今ならば理解できるはず。
いくら狂気を宿すほどセルシィーガ公爵令嬢を求めていたとしても、ホーエスト様を目の前にしてようやくその事実を思い出して呆けているというのは、どうにも納得がいかないのです。
(何でしょうか、この……胸の内にじわじわと広がっていく、嫌な感じは……)
私と、セルシィーガ公爵家と、そして目の前の魔術師を嵌めようとした人物は。
(もしかして……)
肌に触れるほどの強さと量を放つ、ホーエスト様の魔力と同時に。私の元に強過ぎるほど届く、地下室の中に充満しているこの香りに。
私は、一つの可能性に辿り着いてしまったような気がして。
一人、違う意味で血の気が引く思いをしておりました。




