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醜い王子と地味令嬢  作者: 朝姫 夢
本編

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大捕り物

 破かれてしまったのは、ティーガウンの絹のスカート部分。引き裂かれて無残な姿になったそこからは、(わたくし)の脚が見えてしまっていたのです。

 つまり、これは。


(わたくしっ……この姿が見られてしまったらっ……!)


 ホーエスト様の婚約者ではいられなくなってしまうかもしれませんっ……!


 ドロワーズが見えるほどではないとはいえ、脚を見せるなど通常ではあり得ませんから。きっと、疑われることでしょう。

 純潔を、散らされてしまったのではないかと。


(嫌ですっ……! ホーエスト様っ……!)


 お隣に立てなくなってしまうことが、私にとっては一番怖いことなのです。

 それに比べれば目の前の魔術師など、本気で魔力を吸い取ってしまえば身動きすら取れなくなってしまう存在でしかないのですから!!


(しっかりしなさい! リィス・フラッザ!)


 相手に弱みを見せてはいけない。集中力を切らしてはいけない。

 私は、何のためにホーエスト様の婚約者に選ばれたのか。何のために、王家に嫁ぐのか。これまで学んできたことは、何のためにあるのか。


 今この時のためにあると言っても過言ではない状況で、これまでの成果を生かさなくてどうするのです!!


 恐怖も痛みも悲しみも、後でいいのです。今考えるべきは、そんなことではなく。

 これ以上事態が悪化する前に、目の前の魔術師からすべての魔力と体の自由を奪ってしまえばいい。

 私が、すべてを奪われてしまうよりも先に。


「大丈夫、ボクは君に欠片ほども興味はないから。ただボロボロに傷つけて記憶を奪ってから発見させれば、それでいいって言われてるからね」


 この場の何も見ていない虚ろな瞳で歪んだ笑顔を浮かべる姿は、ひたすらに不気味で。

 けれど同時に、伸ばされる手にこれで終わるのだと確信しました。


(記憶を奪うのであれば、私に触れるしかありませんもの)


 その瞬間こそが、最後の好機。そこを逃せば、私は本当に記憶を失ってしまうことでしょう。

 けれど。


(詠唱が必要な魔術よりも、私のほうが早いのですよ!)


 フラッザ家の特殊体質は、体質であるがゆえに詠唱を必要としません。そもそも魔術ですらありませんからね。

 つまり、彼の手が私の額を掴んだ瞬間。


(今です!!)


 一気に、魔力を奪ってしまえばいいのです。

 根こそぎ奪うつもりで、本気の速さで。


「っ!?」


 先ほどから少しずつ魔力を吸い取っていたからでしょう。目の前の魔術師の限界はすぐに訪れました。

 詠唱を始めようと口を開いた瞬間、力が抜けたように床に片膝をつき両手で上半身を支えていますが、明らかに呼吸が荒くなっています。


「な、にをっ……!」


 勘がよすぎるのも困りものです。どうしてすぐに私が何かをしたのだと分かってしまったのでしょうね。

 聞かれたところで、答えるつもりはありませんが。


「どうかしましたか?」


 それにしても残念です。あと少しで、彼の魔力だけでなく意識も奪えたはずなのですが。

 正直なところ、中途半端に体だけ動かせる状態のままでいられては困るのです。体格や筋力の差で、私は勝てないのですから。


「このっ……!!」


 なるべく刺激しないようにとぼけてみたのですが、無駄だったようです。

 手から離れていた光源は本人の残りの魔力とは切り離された仕様だったのか、消えることはなかったのですが。そのせいで、血走った目がよく見えて。

 魔術師にとって魔術が一切使えなくなるほど魔力を失うというのは、プライドが傷つくなどという程度の問題ではないのかもしれません。


「っ……!!」


 気が付いた時には、私は灰色の床に倒れ込んでおりました。

 倒れた時にぶつけてしまったのか、右肩から肘にかけての部分が嫌な痛みを訴えていて。

 次いで襲い来るのは、左頬の痛みと熱さ。


(あぁ、私……)


 どうやら魔術師の彼に頬を叩かれたようです。

 それにすら気付かなかったのは、まさか魔術師がこんなにも早く純粋な暴力をふるうとは思ってもみなかったからなのか。

 急がなければいつかは腕力に物を言わせる可能性があると考えてはいましたが、魔術が行使できないと知るや否や早速、なんて。


「ぅっ……!」

「言え! どこに魔術道具を隠し持ってた!! ボクは全部捨ててきたはずだ!!」


 突然の出来事に集中力を切らしてしまった私は、残りの魔力を奪わなければということを一瞬忘れてしまっておりました。

 そしてそれが、運の尽き。


(息、が……あたまが……)


 首をギリギリと締め付けられ、息ができないのと同時に頭がボーっとして思考がまとまりません。

 どうすればいいのか、どうすべきなのか。

 そもそもこれでは彼の質問になど答えられないのにと、どこかまだ冷静な部分で考えていたりもするのですが。


 それより、も。


(ホーエストさま……)


 もう目の前の人物の顔も、涙で滲んで見えなくて。口が動いているようなのは分かるのですが、何を言っているのか理解ができないのです。

 音は、拾えているはずなのに。


(あぁ、きっと……)


 人が死ぬ瞬間というのは、こんな感じなのでしょう。

 何も認識ができなくなって、最後には意識を手放す。


(ごめんなさい……ホーエストさま……)


 ずっとお隣に、立っていたかったのに。お支えして生きていきたかったのに。

 それももう、私にはできないようです。


「リィス!!」


 悲しみと苦しみが混じり合った涙が一筋、頬を伝った感触だけを最後に意識を手放してしまおうとしていた私の耳に届いたのは、紛れもないホーエスト様の声。

 私を呼ぶその声は、今までに聞いたことがないくらい必死で。

 そして同時に、緩む魔術師の手の力。


(あぁっ……)


 胸いっぱいに空気を吸い込めば、途端に戻ってくる感覚たち。

 そうして声がした方向に目を向けた私が目にしたのは。



 ホーエスト様が、大勢の騎士を引き連れているお姿。



 どう考えても、ひと悶着どころではなく問題が起きそうな雰囲気に。

 私の頭の中で一瞬、大捕り物という言葉が過ったのです。



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