宮中伯令嬢
(それ以前に、私を誰だと思っておいでなのでしょう?)
私はリィス・フラッザ。この国唯一の宮中伯家の娘。宮中伯令嬢なのですよ。
そんな人物を、しかも第三王子殿下であるホーエスト様の婚約者だと知りながらこんな場所に監禁するなど、決して許される行為ではありません。
何より。
フラッザ家の特殊体質は、相手の魔力をただ受け入れるだけではありませんから。
(魔術師一人ならば、私だけで十分です)
そうとは気付かれぬよう、少しずつ少しずつ相手の魔力を吸い取っていきます。
いきなり魔力欠乏症になられては、情報を引き出せませんもの。それでは困るのです。
「ボクはずっと努力してきた!! 君なんかよりよほど!!」
知りません。
そもそも私だって、ホーエスト様の婚約者であるために努力をしてきました。王家に嫁ぐということは、それ相応の覚悟と教養が必要なのですから。
知らないとはいえ、随分と勝手なことをおっしゃるんですのね。
(これ以上逆上されては困るので、口にはいたしませんが)
何より、気が付いた頃には魔力が空っぽ、というのが理想ですから。
そのためには長く触れていていただかないと、私が困るのです。
「それなのに!! 魔力量が増えたからと婚約を解消したはずなのに、身分差がありすぎるからボクを婚約者にできないと言い出したんだ!!」
誰が、という主語が抜けておりますが、大体の事情は分かりました。
それに、先ほどから気になっているこの香り。
「あなたは、スミーヤ・セルシィーガ公爵令嬢を……」
「愛しているさ!! あんなに苛烈で真っ直ぐな色は初めて見たんだ!!」
色、ですか。それは所詮、魔力でしかないのですよ。
きっと彼は、セルシィーガ公爵令嬢の人となりはあまりご存じないのでしょう。そうでなければ、この場で口にする言葉が色のみであるはずありませんもの。
「一目惚れ、ですか」
「悪いか!?」
「いいえ。否定はいたしません」
どんな恋の始まり方でも、その気持ちを否定していい理由にはなりませんから。
ただそれならばなおさら、私をこんな場所に連れ去った意味が分かりません。
「そうさ、だから……。彼女と結婚するために、ボクは公爵の条件を飲んだんだ」
「条件? セルシィーガ公爵令嬢と同じ香りの香水も、その時にセルシィーガ公爵から直接頂いたのですか?」
以前セルシィーガ公爵令嬢とお会いした時に彼女がつけていた、強い花の香り。それとまったく同じ香りが、先ほどから漂ってくるのです。
ちょうど、魔術師である目の前の彼から。
「同じ……? そうか、この香りは彼女と同じものだったのか……。侍女は心を落ち着かせる香りだと言っていたが……」
侍女? 侍従でも執事でもなく、侍女ですか?
(セルシィーガ公爵と直接取引をしたのであれば、普通は男性の使用人が出てくるはずなのですが……。一体、どういうことでしょう?)
そもそも私を連れ去った人間がセルシィーガ公爵令嬢と同じ香りを纏っていたとなれば、真っ先に疑われるのはセルシィーガ公爵令嬢になるでしょう。
彼がそれを狙ってやっていたのではないとすれば、公爵家に恨みを持つ人物の可能性も出てきてしまいましたね。
それに、侍女ということは。
(依頼主は、女性ですか)
男性に対してわざわざ女性を向かわせたということは、つまりはそういうことなのでしょう。
もしくは、その侍女が今回の依頼主本人であり、主犯なのか。
「そうか、同じ香り……。それなら……ちゃんと条件は、満たさないとっ……!」
「あぁっ……!」
突然私を襲ったのは、荒い縄で手首が擦れる痛み。
彼が私の腕を掴み、乱暴に捻ったのです。
「なに、をっ……」
痛みに耐えながら、それでも少しずつ魔力を吸い取り続ける私に。
目の前の魔術師は、こう告げました。
「君は突然見知らぬ男に連れ去られ乱暴されたせいで、あまりのショックに全てを忘れてしまうんだ。そう、全てね」




