問題ありません
「だ、ダメですよっ! 絶対罠に決まってます!!」
彼女が首を振るたびに揺れる、ダークブロンドのツインテール。メガネの向こうのアンバーの瞳は、どこか不安そうに揺れていました。
「その可能性は、高いと思います」
ロイナ・ブロムスツ伯爵令嬢は、私よりも一つ年上の十七歳なのだそうです。そして、もうすぐ十八歳の成人を迎えられるのだとか。
ただガーデンパーティーでお会いした時に見覚えがなかったので、お招きいただいたお茶の席ですぐ、そのことだけはお伝えしました。
知らない相手に知っているふりなど、できないわけではないですが失礼ですからね。こういった場合は、正直にお話ししてしまったほうが無難なのです。
「じゃあ、どうして……」
今にも私に縋りついてきてしまいそうな、絶望したような表情でこちらを見つめていらっしゃいますが……。
(私、死地にでも赴くのでしょうか?)
連れて行く侍女の目があるので、罵倒はされないと思うのです。毒殺も、短絡的過ぎてあり得ません。
となると、お茶会の場だけならばさほど問題にはならないはずなのです。
(そういった発想に至らないのは……)
この方が、基本的にお茶会や夜会に参加されないからなのでしょうね。
最初に私がお顔を存じ上げなかったことについて謝罪した際、恥ずかしそうに俯きながらおっしゃっておりましたもの。強制参加のもの以外参加していないので、仕方がないです、と。
確かにそれでは、お名前は王族に嫁ぐ予定の身として存じ上げておりますけれど、お顔までは把握できませんね。
「そもそも私個人に対して公爵令嬢からお茶会のお誘いを直接受けた時点で、お断りする意味も理由も思いつきませんもの」
「で、でもっ!」
「私はこの国の第三王子殿下に嫁ぐ身。であれば、今から多くの方と交流を持つのは当然のことです」
「っ!!」
そんな顔をなさらないでください。
事実、お断りして評判を落とすわけにはまいりません。特に私のような、地味令嬢と嘲笑う貴族が多い存在ならば、なおさら。
私がいないところで何と噂されるか分かりませんし、格上の令嬢からのお誘いを理由もなく無下にしたと、後ろ指をさされても困りますから。
「お茶会ですから多少の嫌味は言われるかもしれませんが、そういったことには慣れておりますし。問題ありませんよ」
「…………いつ、ですか?」
「はい?」
「そのお茶会、いつなんですか?」
真っ直ぐに見つめてくる瞳に宿るのは、不安と心配といったところでしょうか。
それだけ思っていただけるのは大変ありがたいのですが、あまり深刻に考えすぎてもよくないと思うのです。
なので。
「三日後の予定です」
「じゃあその日、ご無事をお祈りしていますね……!」
「ふふっ。ありがとうございます」
この話題を長く続けるのは得策ではなさそうですので、私はありがたくそのお気持ちだけを受け取って。
「ところで、ブロムスツ伯爵家は研究を主とされているお家柄なのだと伺ったのですが、ご両親ともに研究を?」
別の話題を提供してみました。これならばきっと、乗ってくださるだろうという話題を。
「はい! 両親だけでなく、家族全員研究者なんです!」
「まぁ。それはすごいですね」
案の定楽しそうにお話ししてくださる彼女は、研究内容の詳細までは言えないんですと残念そうに口にしていらっしゃいましたが。
「植物の可能性はすごいんですよ! その生命力にはいつも驚かされるんです!」
アンバーの瞳をキラキラと輝かせながら語るそのお姿に、本当に研究がお好きな方なのだと実感いたします。
つい盛り上がりすぎて、お約束していた時間を過ぎてしまいそうになるほどでしたからね。
「ぜひまた来てください!」
帰り際、そう言って私の手を握る彼女に頷きを返したのですが。
馬車に揺られながら屋敷へ帰る道すがら、最後のその瞬間に抱いた疑問の答えを見つけてしまって。
(あぁ……似ているのね)
彼女から一瞬だけふわりと漂ってきた香りが、最近セルシィーガ公爵令嬢が纏っていらっしゃる香水の匂いと。
セルシィーガ公爵令嬢ほど強い香りではなかったので、その場では分からなかったのですが。今になってその答えに辿り着いてしまいました。
(流行り始めているのかしら?)
そう思いながらも、胸の奥がどこか落ち着かないような気分になるのは。
警戒している方と同じ香りを纏うというその行為の意味を、私が邪推してしまっているからでしょうか。
(ブロムスツ伯爵令嬢が、脅されていなければいいのですけれど)
必ずとは限りませんが、可能性の一つとして頭の片隅に留めておこうと思ったのです。




