おかしなお誘い
「これは一体、どういうことでしょう……?」
あのガーデンパーティーから数日後、我が家には私宛に二通の手紙が届いておりました。
一つは、あの日助けたメガネをかけた令嬢から。あの日のお礼がしたいと、正式なお茶のお誘いが。
ちなみにお名前などお聞きできる状況ではなかったので頂いたお手紙で知ったことなのですが、先日のあの方はロイナ・ブロムスツ伯爵令嬢だったそうです。
伯爵令嬢ですから、確かに我が家ほどではないとはいえダークブロンドの髪にアンバーの瞳という、魔力量が少ないことを示す色合いだったのだと納得いたしました。
ただメガネをかけていらっしゃったところを拝見するに、おそらくかなり勉学に励まれている可能性が高いかと思われます。ご実家が研究に携わるお家柄ですし、まず間違いないでしょう。
問題は、もう一つのお手紙のほうなのです。
「なぜ、セルシィーガ公爵家の紋章が?」
中身はすでに検められた後なので、偽物でないことだけは確実ですが……。
ですがだからこそ、どうして私のところに届くのか、というのが疑問なのです。
「……いえ。考えていても仕方がありませんものね」
意を決して中身を開いて、その文面を要約すると。
セルシィーガ公爵令嬢は成人前に魔力量が増えてしまい、幼い頃からの婚約者様と釣り合いが取れなくなってしまったため致し方なく婚約を解消し、新しいお相手をお探しなのだとか。
そのためお美しいお姿となられたホーエスト様にならばご自身が釣り合うのではと、焦ってしまわれたとのことでした。
「つまり、あのガーデンパーティーで噂されていたのは……」
セルシィーガ公爵令嬢のことだったのですね。
そして以前のことも含め謝罪がしたいので、お茶会に招待させてください、と。そういった内容でした。
「確かに、仕方がないことですけれど」
時折いらっしゃるのです。魔力量が安定すると言われている成人までに、婚約者の方と釣り合いが取れないほど増えてしまわれる子息令嬢が。
ホーエスト様と私の関係が特殊なだけで、本来であれば同じ魔力量の方と結ばれるのが最も幸せだと言われておりますから。
とはいえ、それが真実なのかどうかは分かりません。家の発展を願う貴族による勝手な思想だと、異を唱える方もいらっしゃいますし。
けれど少なくとも、セルシィーガ公爵家はそういったお考えをお持ちだということなのでしょうね。だからこそ、魔力量が釣り合わない方との婚約を解消した。
「だからといって、ホーエスト様と釣り合いが取れるかどうか、は……」
倒れてしまわれたお姿を知っているだけに、無茶なことをお考えになられたものですねとしか思えませんが。
けれどこのおかしなお誘いの意味が、何となく見えてきました。
「さて、どちらでしょうね?」
本当に謝罪のお気持ちを持って、この花の香りがするお手紙をお書きになられたのか。
それとも……。
「どちらにせよ、行かないという選択肢はないのですもの」
ですが万が一罠だった場合を考えて、こちらもできる限りの手は打たせていただきますけれど。
お父様にお願いして腕の立つ護衛騎士を二人ほどと、それからご用意いただくべき魔術道具がいくつかと……。
「……ホーエスト様にも、お知らせしておくべきですよね」
一応お手紙の中に、ホーエスト様やロイナ・ブロムスツ伯爵令嬢にもお詫びのお手紙をお出ししたと書かれてはおりましたが。それが真実かどうかは、私には判断がつきませんし。
何よりお茶会にお呼ばれしているのは私だけのようですから、念のため日時もお伝えしておくべきだと思うのです。
私はホーエスト様の婚約者。将来王家の一員となることが決定している以上、そういった連絡や情報を密にすべきというのは小さな頃からしっかりと教え込まれておりますもの。
以前とは違い、今の私は狙われる可能性が高いというのも事実ですし。
(今のお美しいホーエスト様のお隣にならば、立ちたいと思う令嬢は多いでしょうから)
家の繁栄のためという名目で、娘を嫁がせたい方も多いことでしょう。
そういった方々から身を護るのも、私がやるべきことなのです。
「婚約解消なんて、しませんけれど」
たとえセルシィーガ公爵令嬢のお茶会が、私にそれを迫るものだったとしても。行き先を我が家以外に知る人物がいるのだと知れば、おかしなことはできないでしょうから。
特に、お相手が王家であればなおさら。
「ホーエスト様に嫁げなくなるのは、本末転倒ですものね」
最悪の場合お家断絶ですもの。それはどこの貴族も避けたいはずです。
であれば、まず私がするべきことは。
「お二人へのお返事と、ホーエスト様へのご報告のお手紙を書かなければいけませんね」
一人ゆっくりする時間は終わりとばかりに、私は机の上に置かれているベルを手に取りました。




