同じ笑顔で
緩いターンを繰り返すたびに、ふわりと優しく揺れるスカートが視界の端に映り込みます。
金の刺繍を惜しげもなく使用された淡い色合いは、ホーエスト様の髪と同じで。だからこそ、一目で分かることでしょう。このドレスの贈り主が、どなたなのかということが。
「ドレス、着てくれて嬉しいよ」
「ホーエスト様から頂いた、初めてのドレスですもの」
着ないわけが、ないのです。
「ただ、色には驚きました。以前は濃い色もと口にされておりましたので」
「今のドレスの流行りは濃い色でしょ? だから僕も最初はそのつもりでいたんだけど……」
ホーエスト様のリードにお任せしていれば、何も問題はないという安心感。実際私がダンス中でもお話しできるのは、お相手がホーエスト様だからこそ。
ちなみに練習では、一切そんな余裕はありませんでした。
「母上に怒られちゃったんだ。初めて贈るドレスなのに自分の色にしなくてどうするのって」
「まぁ!」
王妃陛下であれば、確かにそうおっしゃるでしょうね。
「流行りの色はすぐに着られなくなる可能性があるんだから、思い出として残しておくようなものにせず、この先も折に触れて着たいと思ってもらえるものにしなさい、って言われたよ」
さすがです、王妃陛下。
流行り廃りはどうしてもありますし、それはドレスの型にも言えることですから仕方がないのですけれど。それでもやはり、初めていただいたドレスは大切にしたいものですからね。
できるだけ毎年ドレスを新調するのがマナーですけれど、一度着用したからといって二度目がないわけでもありませんし。
それに、時折話題になりますもの。どこそこのどなたは、婚約者や旦那様から贈られた最初のドレスを、今もまだ大切に着ていらっしゃるのだと。
女性にとって、ある意味憧れも込めてそう噂されるのは、大変名誉なことですし。何より王妃陛下はそのことをよくご存じですものね。
(陛下からご成婚後に贈られたドレスを手直しして、今も大切に着ていらっしゃるというお話は有名ですし)
特に王妃陛下にとって豪華なドレスは、夜会の時に着るだけとは限りませんもの。普段使いとしても必要になるお方だからこそ、の発想なのでしょうね。
「元々リィスに贈る予定で、前々から準備はしてたんだけどね」
「エルヴォーリン殿下もギィラード殿下も、ご成人後すぐに婚約者様にドレスを贈られておりましたものね」
「贈れないだけで準備は許されてるから、僕もそうしてたんだけど……間に合ってよかったよ」
それはつまり、色味の変更に伴って再度調整が必要になったということですね?
生地の色が変われば素材はもちろんのこと、刺繍の色やモチーフが変更になる場合も往々にしてありますので、お針子の皆様はさぞお忙しかったことでしょう。
そういったことを正直にお話ししてくださるところは、以前から変わっておりませんね、ホーエスト様。
「でも母上の助言に従って正解だったな」
ふわり、と。ターンと同時に目元が優しく弧を描いて。
真っ直ぐに見つめてくる柔らかなブルーグレーの色合いに見惚れていた私に、ホーエスト様はそっと顔を近づけて囁いたのです。
「僕の色を纏ってるリィスは、すごく可愛い」
「っ!!」
なっ、何をおっしゃっているのですか!!
赤くなってしまいそうな顔を見られたくなくて、思わず俯いてしまいました。
ホーエスト様のこういった発言には、私まだ慣れて――。
「ねぇ、リィス」
「んっ……」
慣れておりませんし、慣れる日が来るとも思えません!!
それと耳元で囁かないでください!!
「まるで僕がずっと抱きしめてるみたいだと思わない?」
「なっ……!?」
ホーエスト様!?
「あ、やっとこっち見てくれた」
そういうことではないのです!!
「俯かないで。ちゃんと僕のこと、ずっと見てて?」
あぁ、もう……。
(私、ダメかもしれません……)
甘すぎる声と瞳に、足に力が入らなくなってしまいそうな私の腰を、ホーエスト様はしっかりと引き寄せて支えてくださいますが。
元はと言えば、ホーエスト様のせいですよ?
もはやステップがちゃんと踏めているかどうかも、あやしくなってきてしまいました。
「僕に任せて。大丈夫だから」
いい笑顔ですが、ホーエスト様。残念ながら私は大丈夫ではございません。
より密着した今の状態ですと、ご尊顔がより近くてですね。
何より、恥ずかしいのです。
「あぁ、でも……。今の可愛いリィスを大勢に見られるのもイヤだし、一曲終わったら少し外で休憩しよっか?」
おっしゃっていることの意味はよく分かりませんが、大変ありがたい提案に私は素直に頷きました。
このままダンスを続けるのもこの場に留まり続けるのも、今の私には無理です。
「邪魔されたくないし、すぐに退散しようね」
そのお言葉通り二曲目が始まる前にダンスの輪から抜け出して、私を優雅にエスコートしながら会場を後にするホーエスト様。
まるで休憩するかのような素早さで当然のように行動されたからでしょうか。あまりにも自然過ぎて、どなたからもお声がけされることはございませんでした。
今頃会場内では、呆気に取られている方々が大勢いらっしゃることでしょう。
「飲み物とか、欲しかった?」
けれどホーエスト様にとって、そんなことは関係ないようです。
私の心配をしてくださっていることは分かっているのですが、あまりの切り替えの早さについ笑いがこみあげてきてしまいまして。
「ふふっ」
「え!? 僕おかしなこと言った!?」
「いいえ。違います」
それなのに急に慌てふためくその様は、なんだか可愛らしく見えてしまうのですから不思議ですね。
「まだ一曲だけですもの。喉が渇くほどではありません」
「そっか。ならよかった」
首を振って否定すれば、ホッとした様子のホーエスト様。
こういったお姿も、以前とは何らお変わりないのですね。
(時折、知らない男性のようになってしまわれることもありますが)
それでもやはりこのお方は、私がお慕いするホーエスト様のままなのです。
今になってようやく、変わらない部分を見つけられるようになってきました。この間までの私はきっと、そんな余裕すらなかったのでしょうね。
「ホーエスト様」
「なぁに?」
だからこそ、今度は私のほうから。
「もう少しだけ、踊っていただけますか?」
せっかくホーエスト様から頂いたドレスですもの。もう少しだけダンスを楽しんでも、文句は言われないはずです。
その証拠に、一瞬驚いた様子のホーエスト様は。
「喜んで。マイ・レディ」
次の瞬間には笑顔を向けてくださったのですから。
少しだけ恥ずかしそうな、けれど嬉しそうな。
お姿が大きく変わってしまわれる以前と、同じ笑顔で。




