そういう筋書き
「ホーエスト」
呼びかけたのは、エルヴォーリンお義兄様が先でした。
「エルヴォーリン兄上。連れて来てくださったのですか?」
「あぁ。だからもう、その辺でやめておけ。お前の魔力に耐えられる令嬢など、そうそう見つかるはずがない」
「リィス以外には、ですよね?」
「彼女は唯一無二だ。お前にとって最高の人物だろう?」
「もちろんです」
これは……初めからそういう筋書きだったということでしょうか?
(とはいえ私が覚悟を決めるかどうかは、ある意味で賭けだった可能性もありますが)
けれどお二人だけでなく、王家の皆様もそれに近しい方々も、ご存じだったはずです。私がこの婚約から逃げ出そうとしたことなど、一度たりともなかったことを。
そう考えると、私の返答ですら計算済みだった可能性も否めませんね。
「ただ魔力量が多いからといって、お前の隣に立てるわけではない。今回でそれを皆が思い知ったことだろうな」
「リィス以外の令嬢ともダンスをという要望があったので、それに応えただけなのですが……」
「二度とやめておけ。舞踏会場から次々と気を失った女性が運び出されるなど、前代未聞の大事件だ」
「そうですね。今後もダンスは、リィスだけをパートナーにしようと思います」
お二人の寸劇……あ、いえ。その…………真剣そうなお話のお邪魔にならないようにと、先ほどから少しだけ俯いて大人しくしておりましたが……。
(視線がっ……!)
驚いたようなものから、依然刺すような鋭いもの、どこか同情的なものまで様々ですが。少なくとも、ホーエスト様の成人の儀でダンスパートナーを務めた時に比べれば、いくらかはマシになっていると思うのです。
ただ、相変わらず数は多すぎますが。
(それでもあの時のように、胃は痛くなっていませんし)
私自身が、誰よりも美しい方の隣に立つ覚悟を決めたからなのか。それとも新たなホーエスト様の真実に、私への敵対心が少しだけ和らいだからなのか。理由は分かりませんが。
けれどもう、私は後悔などいたしません。堂々とホーエスト様のお隣に立つと、決心したのですから。
「時にホーエスト。お前今日はまだ、一度も一曲踊り切れていないのではないか?」
「そうですね。お相手がどうしても倒れてしまうので」
ホーエスト様が事実を口にされた一瞬、会場内がざわつきました。同時に顔を青ざめる令嬢方が、私たちから数歩距離を取ります。
恐ろしくなってしまわれたのでしょうね。ホーエスト様に触れることによって、ご自身が倒れてしまわれるのが。
(その程度の覚悟しか、お持ちでないということ)
でしたらそのまま下がっていてください。私はもう、ホーエスト様のお隣をどなたかにお譲りする気はありませんので。
「それならば一度目のダンスの時間が終わる前に、本物のパートナーと楽しんでくればいい」
ここまでエスコートしてくださったエルヴォーリンお義兄様が、そっと私の背中を押してホーエスト様の正面に立たせてくださいます。
これは、つまり。
(踊ってきなさいと、そういうことですね)
会場にいるすべての方に、私ならばホーエスト様も一曲踊り切ることができるのだと。唯一触れることが可能な令嬢なのだと、認知させるために。
そうして今後、余計な手も口も出させないおつもりなのでしょう。
「リィス」
差し出された手も含めてすべてが計算なのだと理解していても、私は躊躇いたしません。
もう、迷うこともないでしょう。
「はい、ホーエスト様」
ただ素直に、笑顔でその手を取るだけでいいのですから。




