ずるいお方①
長くなってしまったので、本日は二話に分割して更新です!
光が制限された中でのことですので、ハッキリと確認できたわけではありませんが。
(けれど、今)
確かに私の目には少しだけ恥ずかしそうに、まさに〝はにかむように〟という表現がぴったりと当てはまるような笑顔を浮かべていらっしゃるように見えたのですから。
まるで、お姿が大きく変わってしまう以前のホーエスト様のように。
「ねぇ、リィス」
「……はい」
良い意味で衝撃を受けていた私は、少しだけ呼びかけに対して反応が遅れてしまいましたが、ホーエスト様は特に気にした風もなく。
いえ、むしろ。
「え……?」
先ほどとも以前とも違う、もっと柔らかな笑みを浮かべて。流れるような仕草で私のオリーブブラウンの髪をひと房すくい上げ、そこに口づけを一つ、落とされたのです。
そう、口づけ、を……。
「……っ!?」
口づけ!?
(なっ、なにっ、なっ……!)
ホーエスト様!? 一体何をっ……!?
「僕はリィスの婚約者でいたいと思ってるけど、リィスも同じように僕の婚約者でいたいと思ってくれてる?」
髪に唇を寄せたまま見上げてくるブルーグレーの瞳に、私は必死で首を縦に振るしかできませんでした……!
衝撃が、強すぎたのです。
今まで頭を撫でてくださることはありましたが、こんな風に髪に口づけが落とされたことなどありませんでしたから。
だからこそホーエスト様のお言葉をよく考えることもせず、そのまま受け取って素直に肯定してしまっていたのです。それがどういう意味を持つのか、しっかりと理解できていないまま。
ですが。
「よかった……! リィス!」
「っ!!」
次の瞬間そんな状態にさらに追い打ちをかけるように、ホーエスト様は嬉しそうに私を抱きしめたのです。
(ど、どっ……どうしましょうっ!?)
こんなことは初めてで、もはやどう対処すべきなのかが、まったく思いつきません!
ただ伝わってくるホーエスト様の体温が、嬉しいのと同時に恥ずかしくて。
「あ、あのっ……ホ、エスト、さまっ」
呼びかけることすらまともにできない私は、顔から火が出てしまいそうなほど熱くて。きっと暗闇でもそうと分かるくらい、真っ赤な顔をしていることでしょう。
けれどこの状況ならば、ホーエスト様に私の顔を見られることはないので安心できる、とほんの僅かでも思ってしまったのがいけなかったのでしょうか。
「リィスッ……!今ッ……!!」
「!?」
なぜか急にホーエスト様は私の両肩を掴んで、こちらに真っ直ぐ視線を向けられたのですから。
けれど目と目が合ってしまって動揺したのは、ほんの一瞬だけでした。
「あ、の…………ホーエスト様……?」
そのいつもとは違うご様子に、真っ赤な顔を見られてしまったのではという羞恥心は一切湧くことなく。むしろそれどころではないような気がしたのです。
何事かと呼びかけた先で、どこか泣きそうな表情のホーエスト様が少しだけ目尻を下げて。
「ようやく……呼んでくれたね。僕の、名前」
「……あ」
言われて、初めて気付きました。思わずお名前をお呼びしてしまっていたのだと。
「何で呼んでくれなくなってたのかは、うん。なんとなく分かったから、もういいや」
しかも全てお見通しのようで、少しだけ困ったようなお顔で笑うホーエスト様。
これは、つまり……。
(私が婚約解消に備えて、お名前をお呼びしないように気を付けていたことにすら……)
気付いておられますね、ホーエスト様。
その上で言葉にはなさらない、その優しさが。今は逆に恥ずかしくて、申し訳ない気分にさせるのです。
だからつい、また俯いてしまった私は。ホーエスト様の行動に、気付かないまま。
「ねぇ、リィス」
「っ!」
耳にかかる吐息の近さと熱さに、ようやくそのご尊顔の近さを知るのです。
時すでに遅し、どころではなく。
あまりの状況にまったく動けなくなってしまった私の心の内など、知る由もないホーエスト様は。そのまま、私の耳に髪をかけて。
「んっ……」
少しだけ耳の裏側に触れた指先がくすぐったくて、肩が上がるのと同時に小さく吐息が零れてしまいましたが。
それよりも、まだ近いホーエスト様との距離が気になってしまって、仕方がな――。
「逃がさないよ」
「ひゃぅんっ!?」
囁かれた声の低さと、直後に襲ってきた柔らかくてあたたかい感触に、聞いたこともない声が出てしまいました。
思わず耳元と口元の両方を手で覆いますが、涙目になりながら見上げた先では、楽しそうに笑うホーエスト様のお姿が。
(わ……私、からかわれているのですか!?)
きっと先ほどの感覚は、ホーエスト様の唇だったのでしょう。目の前でわざとらしく唇を舐める仕草が、先ほどの感触を思い起こさせるのと同時にたっぷりの色気を纏っていて。
あまりにも刺激が強すぎて、私は直視できませんっ……!!
むしろ本当に目の前のこのお方が、私のよく知るあのホーエスト様なのか。違う意味で疑いたくなってきてしまいました!
「可愛いね、リィス」
それなのに、聞こえてくる声はどこまでも優しくて、どこまでも甘いのですから。
こんなにも、ずるいお方だったのですね。




