不釣り合い
自覚はありました。私自身も気付いておりました。
けれど、今まで他の方に直接言われたことなどなかったからでしょうか。
「あなたのような魔力の少ない地味な方に、ホーエスト殿下の婚約者など務まりませんわ」
妙に強く、言葉が心に刺さるのです。
「明らかに不釣り合いですもの」
不釣り合い。
その通りですね。私もそう思います。
「私のような釣り合いの取れる魔力量の多い美しい者こそ、あの方のお隣にいるべきだとは思わなくて?」
爽やかな柑橘系の香りを纏っていらっしゃるのは、スミーヤ・セルシィーガ公爵令嬢。少し赤みの強い明るめのサンディブロンドの髪に、明るいオリーブグリーンの瞳が大変特徴的な方です。
その美しさは自他ともに認めるほどのものですから、確かにホーエスト様のお隣に並ばれても違和感はありません。
さらにセルシィーガ公爵家といえば、かなりの資産家だとも聞き及んでおりますから。おそらくはそのサンディブロンドの毛先も、毎朝特別な品で丁寧に使用人が巻いているのでしょう。
最近では毛先を巻くのが上流貴族の中で流行になり始めているとのことですし、そういったことも敏感に感じ取り素早く取り入れることができるお方なのでしょうね。
「その座に就くべき人物は他にいるのだと、ホーエスト殿下に進言するのがあなたの役目でしょう?」
ただ一言、申し上げるのであれば。
(お一人でいらっしゃることはできなかったのでしょうか?)
後ろに何人もの令嬢を引き連れて、大勢で私のところに来る必要はありませんよ。しかもこんな、御不浄から帰るタイミングを見計らってまで。
むしろ彼女たちはセルシィーガ公爵令嬢の言葉にただ頷くだけで、先ほどから一度も言葉を発していないのですもの。何のために、そこにいらっしゃるのですか?
「一日も早くその座を私に明け渡しなさい。長くその分不相応な場所に居続けるのは、あなたにとっても酷でしょう? 現に、日に日に不満の声は大きくなっているのよ」
存じ上げておりますよ。お父様たちは隠しているようですけれど、私ではホーエスト様の婚約者は務まらないだろうという声は、確実に聞こえてきていますもの。
けれど。
「お気遣いありがとうございます。ですが私を心配してくださるのであれば、陛下に直接進言なさってはいかがですか?」
「なっ!?」
「ご存じの通り、この婚約は国が認めたもの。でしたらそれを取り下げるのに必要なのは、陛下のご判断です」
いかな宮中伯家といえども、国王陛下がお決めになられた婚約を一方的に解消するなどできませんもの。
それに、なぜでしょうね。不釣り合いだと、分不相応だと、言われなくても私自身が一番よく分かっていたはずなのですけれど。
(悔しさ、でしょうか)
体の奥が締め付けられるようなかき混ぜられるような、この嫌な感覚と感情は。
それとも……。
(まだ、私は……)
ホーエスト様への恋慕の情を手放しきれていないから。だからこそ、横に並ばれても私のように見劣りなどしない方に対して、嫉妬心が出てしまったのかもしれません。
どの感情が最も正しいものなのか、今の私には判断がつきませんが。少なくとも今はまだ、私はホーエスト様の婚約者。
たとえ、仮初なのだとしても。
「陛下より婚約解消のお言葉をいただかない限り、私がホーエスト様に新たな婚約者を、などと進言することはございません」
「あなたっ……!!」
「失礼いたします」
セルシィーガ公爵令嬢が言葉に詰まった隙をついて、私は素早く頭を下げてその場を切り抜けました。
今までにこのような経験は皆無だったのですが、王家の一員となるのに必要だと幼い頃から様々な教育を受けておりましたので。それが今日、思わぬ形で役に立ったようです。
(あぁ、けれど)
これで今まで以上に、私をホーエスト様の婚約者から外すべきという声が大きくなることでしょう。
こればかりは、いくら私が毅然と振舞おうとどうにもならないのです。
(それに、私だって……)
不釣り合いだと、分不相応だと、そう言われて。
傷つかないわけでは、ないのですよ。
ため息をつきたくなるほどの気持ちを、表情には出さないように気を付けながら。私は足早に会場へと戻ったのです。
けれど、そのことばかりに集中していたせいでしょうか。
まさか先ほどのやり取りを目撃していた方がいらっしゃったなんて。
私も、当然セルシィーガ公爵令嬢も、まったく気がついてはおりませんでした。