私がいる意味
けれど同時に考えてしまうのです。
今ここに私がいる意味は、本当にあるのでしょうかと。
「でもだからって、リィスと会う時間を減らしていい言い訳にはならないからね。それに今後はちゃんと、以前みたいに時間が取れる予定だから」
にこやかな笑みを浮かべるホーエスト様を、やっぱり私は直視できないのです。
だって私のお役目はもう、終わってしまっているはずなのですから。
もう私がお側にいなくても、ホーエスト様はお一人で十分に魔力を制御できる。それが分かっているからこそ、これ以上思い出を増やしたくはないのに。
(それに、以前のホーエスト様なら)
こんな時、こんな風に爽やかに笑顔を向けたりはされなかった。少しだけ恥ずかしそうに微笑む、そういう仕草をされるお方だったはずなのに。
今はきっと、自信に満ち溢れていらっしゃる。だからお顔を隠すようなこともされず、堂々と心の底からの笑みを浮かべて。
(喜ぶべきことの、はずなのに)
私の知っているホーエスト様はもう、どこにもいらっしゃらないのではないかと。そんなおかしなことを考えてしまうのです。
そんなことあるはずがないのは、私が一番よく知っているはずなのに。今でもホーエスト様は、釣り合わない量の魔力しか持たないこんな私にも優しくしてくださるのに。
私自身がそれに、真っ直ぐ応えられない。
「お喋りばっかりしててごめんね! ほら、今日のお菓子はホットビスケットにしてみたんだ。メープルシロップをたっぷりかけて食べてみて」
テーブルの真ん中に置かれていた銀製のクロッシュを、ホーエスト様の言葉を受けて侍従の方が持ち上げる。
香ばしいバターの香りがして、ガゼボの中の空気がより一層柔らかくなったような気がしました。
「リィスも知ってる通り、このクロッシュは保温できるからね。まだ温かいままだよ。ほら」
それをあろうことか、第三王子殿下であるホーエスト様が手ずから取り分けて。私の目の前に、ホットビスケットを一つ乗せたお皿を置いてくださったのです。
「そんな! 私がやりますから!」
「いいのいいの。僕がやりたいって言って、止めないでねってお願いしてたんだ」
そう口にして、小さくウィンクまでつけて。
(あぁ、どうしてっ……)
そんなにも早く、こんなに急に、遠くへ行ってしまわれようとするのか。
今まで見たことのない仕草を目にするたび、私は置いて行かれてしまうのだと自覚するしかなくなるのです。このお方の隣はもうすぐ、私のものではなくなるのだと。
「あ、それともたっぷりメープルシロップかけて、口まで運んだほうがいい?」
「いいえ! 自分で食べられます!」
想像するだけで恥ずかしすぎて、そんなの耐えられそうにありません。
急いでホーエスト様の言葉を否定して、まだ温かいホットビスケットを手で半分に割ります。さっくりとした生地に言われた通りメープルシロップをたっぷりとかけて、一口。
「……美味しい」
「でしょ? スコーンも美味しいけど、僕はこっちのほうが軽くていっぱい食べられるから好きなんだ」
美しいブルーグレーの瞳をキラキラと輝かせながら、本当に嬉しそうなホーエスト様もご自身で取り分けたお皿のホットビスケットにメープルシロップをたっぷりかけて、かぶりつく。
そんな仕草でさえ、絵になってしまうのですから。
(私には、もう)
ここに居場所はないのです。
だってどなたから見ても、今の私はこの場において明らかに添え物でしかありませんもの。決してお隣に立つことはできない、地味な添え物。
ですからどうか、早く釣り合いの取れる令嬢を見つけて、私を解放してください。
これ以上この胸の痛みに、私が耐えられなくなってしまう前に。




