苦手と不慣れ
「リィス」
本格的に成人王族としての公務を開始されたホーエスト様は、以前までとは違いとてもお忙しそうで。
けれどこうして暇を見つけては私に時間を割いてくださるところは、今も変わっていらっしゃらない。
(ただ……)
王城の庭園の中にあるガゼボの中で行われるお茶の時間は、二人きりの時には向かい合って座るものだから。どうしても見慣れないホーエスト様のご尊顔を、直視できずにおりました。
「今日はブドウのフレーバーティーにしてみたんだけど、どうかな?」
「大変美味しゅうございますよ」
「そっか。よかった」
輝くような笑顔があまりにも眩しすぎて、紅茶の香りを楽しむふりをして私はそっと目を伏せるのです。
今までは全くと言っていいほど見られなかった髪のカーテンの向こう側が、当然のように目の前にある事実。
長く伸ばしていらした前髪を真ん中で分けて、さらに片側だけ耳にかけていらっしゃるそのお姿は、ある日急に大人になってしまわれたようにも見えて。
(何より私がお相手では、あまりにも……)
ちぐはぐな印象を与えてしまうのではないかと、考えてしまうのです。
輝くバターブロンドの髪と、透き通るようなブルーグレーの瞳の美しい第三王子殿下の私的なお茶会のお相手が、オリーブブラウンの髪とブラウンの瞳の地味な色合いの令嬢、だなんて。
(私のお役目はすでに終了しているのだと、いっそ突き放していただいたほうが楽だったのに)
ホーエスト様がそんなことをされるようなお方でないことは、私が一番よく存じております。ですからどなたかがホーエスト様に進言なさるか、もしくはいっそ陛下御自身からそのようなお言葉をいただければ、今私はここにいないはずですのに。
「ごめんね? 最近忙しくて、あんまり会えなくて」
「いいえ。むしろ成人王族となられたのですから、当然のことです」
お名前を極力呼ばないように注意しながら言葉を選ぶ私は、ちゃんと違和感なく笑えているのでしょうか。
正直なところお会いできない日が増えたことに、どちらかといえば安堵していると言ったら……ホーエスト様は、悲しんでくださる?
(あぁ、いやだ)
こんな卑屈なことを考えてしまう自分自身が。
婚約の解消を言い出せない、心の弱さが。
「うん、あの、公務だけじゃなくて……。見て分かる通り身長や体格も急激に変化したせいで、服も靴も全部急いで作り直さなきゃいけなくなっちゃってね」
確かに身長も以前より高くなっておられますし、もう倒れてしまわれそうなほどお痩せになっているわけでもありません。そうなれば当然、以前までのお召し物は合わなくなっていることでしょう。
ある意味、それこそが最優先事項だったのかもしれません。
ただ少し恥ずかしそうに、困ったようにそう口にしたホーエスト様が小さく首を傾けると、耳にかけていらっしゃらないほうのバターブロンドの髪がさらりと揺れて、僅かな光でさえも反射するかのように輝くのです。
(きれい、すぎて……)
どうしても、目の前にいるのが私のような令嬢であることが申し訳なくなる。
他にもっとお似合いになるお方がいらっしゃるはずなのに、と。そう思わずにはいられないのです。
それに、今まで気にしたことはなかったのですが……。
(私、美しすぎる方は少し苦手なのかもしれませんね)
王家の皆様や、弟であるスムークゥは別として。
考えてみれば幼い頃から淡い色を纏った美しい方ほど、私やホーエスト様に対してあまりよい感情をお持ちでなかったのか、嘲るような視線を向けられたり露骨に嫌な顔をされたり。
時には話しかけても気付かなかったふりをされたりと、あまりよろしくない対応をされてきた記憶しか持ち合わせておりませんので。
仕方がないと言ってしまえば、それまでなのでしょうけれど。
(ただ、目の前にいらっしゃるのはホーエスト様)
であれば苦手とは少し違うのかもしれません。
どちらかといえば見慣れていないとか、そういった類のようにも思えて。
苦手と不慣れのどちらに比重が傾くのか、今の私では断言はできませんが。おそらくは後者なのではないかと、我が事ながら推測しております。




