魔力を制御する術 sideホーエスト
夢を見た。
ある晴れた日。穏やかな昼下がりの陽気に誘われて、僕とリィスは数人の護衛を連れて庭園をゆっくりと散策していて。
まだ六歳の小さな女の子の手を引いて、その歩調に合わせるようにゆっくりと歩く。
それだけがあんなにも幸せなことなんだって、数年前の僕は知らなかったから。
「懐かしいな」
目覚めた瞬間がこんなに穏やかだったのは、未だかつてなかったかもしれない。心なしか体も軽い気がする。
あの時リィスが植込みの中に咲く小さな白い花を見つけて、後で庭師に確認したら雑草だから今すぐ抜いてしまうと言われて、慌ててそれを別の容器に植え直してもらったっけ。
あの花は今でも毎年同じ時期に、容器の中で必ず花をつける。少し俯くように咲くその姿が、なんだかとても可愛らしくて。
「よく見つけられたよね」
庭師ですら咲くまで見逃していたような、小さな小さな白い花をつける植物。
子供の目線だったからと言われてしまえば、その通りなんだろうけど。
それでも誰からも見つけられなかった存在に気付くリィスの姿に、彼女なら僕のことも見つけてくれるような気がした。
たとえこの先ずっと、僕の見た目が醜いままでも。
「そういうわけにも、いかないけどね」
ベッドから体を起こして、自嘲気味に緩く首を振る。醜いと言われる顔を極力見せなくて済むようにと伸ばした前髪が、その動きに合わせてゆるゆると目の前で揺れた。
僕のこの体は生まれ持った膨大な魔力を制御できずに、さらに体内で上手く魔力が巡っていないせいで肌は荒れ、髪も痛みきってしまってるけど。この間のようにかなりの量を要石に移してしまえば、多少は見られる容姿になるらしい。
とはいえ、僕があの場所を出て鏡を見られるようになる頃には、すでに元に戻ってしまっていたけど。
「まずは、顔を洗おう」
過ぎた事を思い出していても仕方がない。特に今日は成人の儀、僕の十八歳の誕生日なんだから。朝から忙しくなる予定だし。
それでも食事の後は一時的に強くなる魔力の影響で、今日もまた満腹になる前に食事を終えて、動けるうちに要石に魔力を移しにいかないと。
特別なことなんて、何もない――――。
「!?」
そう思いながら、普段と同じようにベッドサイドにあるベルを鳴らそうとして。
いつものように、伸ばした手は。
「なん、で……」
昨夜寝る直前に見たはずのものとは、全くの別物だった。
「なんで、どうして?」
耐えられないほどの強い魔力を生成しないようにと、食事を制限してきたせいなのか。
ボロボロだった爪と、乾燥してひび割れそうだった指先が。
「どうして、急に……」
そう、急に。
乾燥なんて知らなかったかのように、瑞々しい姿を取り戻していた。
思わずベルに伸ばしていたはずの手を顔の前に持ってきて、まじまじと観察してみる。
血色のいい爪は、つやつやと輝いていて。欠けも白い筋も、ささくれさえどこにも見当たらない。
布の素材によっては引っかかりそうなほど乾燥してた指先も、昨夜までは荒れ放題だったなんて信じられないほど柔らかくて、ほんのりと淡く色づいていた。
「あったかい……」
常に冷たかった指先は、今ではむしろ手のひら全体がしっかりと熱を持っているような温かさで。
「……ま、って。もしかしてっ……!」
その急激な変化に万が一の可能性を考えて、急いで顔に両手で触れる。
この現象がもし、僕の予想通りなのだとしたら……。
「あぁっ、やっぱりっ」
ため息と一緒に零れ落ちた言葉は、きっと他の誰かが聞いてたら泣いてるようにも聞こえたかもしれない。
そのくらい嬉しくて、安堵して。
今までの全てが、報われたような気がしたんだ。
だって。
「おはようございま――ホーエスト様!?」
ベルを鳴らして現れた、僕についてくれている侍従が。
驚いたような顔をして、こちらを見ていたから。
それが、全ての答え。
「おはよう。やっぱり君にも、今までとはまったく違う姿に見えてるよね」
顔を隠すために伸ばしていた前髪をかき上げて、ちょっとだけ苦笑してみせる。
むしろ彼はよく僕だと気付いてくれたなと、感心するくらいだよ。
この日。まさに成人王族と認められる、十八歳になったその日に。
僕は無自覚のまま、完全に魔力を制御する術を手に入れていた。




