僕の婚約者③ sideホーエスト
必死の否定に安心したのか、目の前の女の子はフラッザ宮中伯をそっと見上げる。
「リィス」
「はい、おとうさま」
娘に見上げられたフラッザ宮中伯は、名前を呼んで頷いてみせて。その姿に女の子――リィスもまた、笑顔で頷いた。
僕はといえば涙は止まったものの、未だに母上に手を差し出すような格好で体を押さえられている状態で。
けどひとまず、こんなに小さな女の子を泣かせずに済んだことに安心してたら。
次の、瞬間。
「ダメッ!!」
彼女は当然のように、その小さな両手で僕の手に触れる。
いや、触れるなんてものじゃなかった。まるで包み込むように、しっかりと握ってきて。
(倒れちゃう!!)
強すぎる僕の魔力に父上や母上でさえ長時間は耐えられないからと、朝晩のハグでしか触れられる瞬間はないのに。
それなのにこんなに魔力の弱い子が僕になんて触れたら、大変なことになる。
「母上!!」
だから手を引っ込めたいのに、普段はこんなに長い間触れられないはずの母上が僕の体を離してくれない。
僕の魔力の多さを、誰よりも知ってるはずなのに。
それどころか。
「大丈夫ですよ、ホーエスト。心配いりません」
まるで僕を安心させるかのように、妙に落ち着いた様子で声をかけてくる。
父上を見上げても、助けてくれそうな気配はない。
「第三王子殿下。我がフラッザ家は国のため、そして何より王家のために存在しているのです」
再びパニックを起こしそうになっていた僕の耳に、フラッザ宮中伯が語り掛ける声が聞こえた。
彼ならば娘のためにこの状況を何とかしてくれるんじゃないかと視線を向けた、その先で。フラッザ宮中伯は僕と視線を合わせるために床に片膝をついて、リィスの両肩にそっと手を置く。
「確かに私もそして娘のリィスも、自らが持つ魔力の量は決して多くはありません」
僕が落ち着けるように、ちゃんと理解できるようにという配慮なのか。ゆっくりと語るフラッザ宮中伯の言葉は、視線と同じく真っ直ぐ僕まで届いて。
「ですがその分、他者の魔力をその身に受け入れることができるという、特殊な体質をしております」
「他者の、魔力を……」
だからなのか、僕は今のこの状況を一時忘れて、彼の言葉に聞き入るように耳を傾けてた。
「まさに殿下のような方のために、我が家は存在しているのです。ですからどうか、恐れずに受け入れていただけませんか?」
「それ、は……」
「我が家を利用しようという打算的な考えでも構いません」
「そんなことはしない!!」
「えぇ、存じております。先ほどからの殿下のご様子を察するに、私の娘のことを案じてくださっておられたのでしょう?」
それは半分正解で、半分不正解だった。
確かに彼女を傷つけたくない、泣かせたくない、倒れて欲しくないと思ったけど。
それは同時に、僕が傷つきたくなかったから。
だから、フラッザ宮中伯のその言葉にすぐに答えられず、うつむいた僕に。
「ですが殿下、それでは真実を見落としてしまわれます。現に娘は先ほどから殿下に触れておりますが、何一つ変化がないことにお気付きですか?」
一段と優しい、やわらかい声をかけてくれた彼の言葉に、ハッとして顔を上げれば。目の前には、僕の手を握ったままの小さな女の子。
ブラウンの大きな瞳と目が合って。
思わずそのまま見つめていたら、彼女は数回瞬きをしたあと。
まるで花が咲くように、にっこりと笑ったんだ。
「ッ!!!!」
この瞬間、僕は恋に落ちた――。
醜いと言われ始めていた僕にそんな笑顔を向けてくれる女の子なんて、この先二度と現れない。本気で僕はそう思ったんだ。
現に家族や本当のことを知っている人たち以外は、僕を見かけると顔を背けたり露骨に嫌な顔をして、足早にその場を立ち去ろうとしていたから。
だから、そこからは早かったよ。
暇を見つけてはリィスと会って、いっぱいおしゃべりしたり、手を繋いで庭園を散歩したり。
時間の制限なく人のぬくもりに触れていられるのが、こんなに幸せだなんて知らなかったから。もしかしたら僕が必要以上に彼女に触れたがっているように見えたかもしれない。
けどそれを誰にも咎められなかったのは、父上や母上だけじゃなくリィスの父親であるフラッザ宮中伯も僕の事情を知っていたからなんだろうな。
どんどん仲良くなって、そのたびにリィスに夢中になっていく僕のことを、両親やフラッザ宮中伯がどんな気持ちで見ていたのかは分からないけどね。
でもきっと、僕の事情を知っている人たちはどこかで安心してたんだと思う。特に母上は、以前よりも明らかに穏やかな表情をしてたから。
優しい母上はきっと僕のことで真剣に悩んで、心のどこかでずっと心配し続けてくださっていたんだろうな。だからそれが、緊張感として体に現れちゃってた。
「リィス」
「はい、ホーエスト様」
名前を呼べば笑顔を向けてくれるリィス。
もちろん僕が彼女に触れていられるというのも、こんなにもリィスに夢中になった大きな要因ではあるけど。
それ以上に、周りがどんな態度で僕に接して来ようとも年々醜くなっていく僕の姿を見ていても、決して変わることのない彼女の態度と笑顔にどれだけ救われてきたことか。
きっとそんなこと、誰にも分からない。
誰かを好きになる理由なんて、本当に些細なことなんだ。
でも僕にとってはそれが何よりも大切で、かけがえのないものだったから。
だから僕は、誓うよ。
これから先もずっと、リィスの笑顔を守り続けていくって。
ね? 僕の可愛くて愛おしい、大切な大切な婚約者。
僕だけの、天使。




