王家の真実
「ホーエスト・フゥバ・ベスキュードゥルゼ」
両陛下の玉座の前までたどり着いた美しい青年が跪くのを確認して、国王陛下がその方のお名前を口にします。誰もが知っているはずの、その名を。
「はい」
跪いたままの後ろ姿しか見えませんが、ハッキリとお応えになったその瞬間、誰もが理解したのです。この方が正真正銘、この国の第三王子殿下であらせられるホーエスト様なのだ、と。
ご入場の際の衝撃ほどではありませんでしたが、それでも人々の間にさざ波のように広がるどよめきは、まだそれを信じられない方々の抵抗なのか。あるいは突然の出来事による混乱なのか。
正直なことを申しますと、今の私にそこまで周りを観察する心の余裕はありませんでした。
「面を上げよ」
ただ目の前で行われる王族の成人の儀を、見守ることしかできないまま。現実を受け入れることだけに、必死になっておりましたから。
陛下が成人にあたって王族としてより一層の自覚やあるべき姿、今後の公務への正式な参加や向き合い方などを朗々と語りかけていらっしゃるにも関わらず、私はその半分も頭に残っておりませんでしたもの。
「フゥバ王国第三王子、ホーエスト・フゥバ・ベスキュードゥルゼの成人を、ここに宣言する!!」
陛下の宣言がなされたと同時に、ホール中に響き渡る祝福の拍手の音。それはつまり、ホーエスト様を新たな成人王族としてお迎えするという意思の表れ。
そして、同時に。
今この瞬間、誰もが認める第三王子殿下が誕生したことを意味していたのです。
(なんて、身勝手なんでしょう)
今までの非礼の数々を、まるで初めから無かったかのように。明らかに魔力量の多い美しい王族が増えたのだと、都合よく解釈して。
貴族としての身の振り方としては、きっとその行為自体は間違ってはいないのでしょう。
けれど今までがあまりにも間違いすぎていたというのに、それを忘れたように行動するなど。
(今までのホーエスト様を、否定するような行為ではありませんか)
そうは思っても、決して顔にも態度にも出すわけにはまいりません。
そもそも制裁を加えるべきと王家の皆さまが判断されていらっしゃらなかったからこそ、彼らは今までそのような態度で過ごしていてもお咎めがなかったのですから。
それに私はもう間もなく、ホーエスト様のお隣に立ちお名前を呼ぶその権利すら、お返ししなければならなくなるのです。今さらになって私が怒りを表したところで、無関係もいいところだと叱責を受けるだけでしょう。
「さて」
怒りに震えそうになる体を感情と共に、必死に抑え込んで平静を装っていれば。陛下が片手で鳴りやまない拍手を制して、まるでそれが合図であったかのようにホーエスト様が立ち上がりこちらへと振り返ったのです。
「皆も見ての通り、先日までとは全くの別人になってしまったホーエストに疑問を抱く者もいるだろう」
受け入れることと疑問が解消されることは別物ですものね。陛下の仰る通り、誰もが不思議に思っていることでしょう。
けれど陛下がそれを口にされたということはつまり、今から詳細をお教えいただけるということ。
「結論から申せば、これがホーエストの真の姿だ」
誰もが真剣に、陛下のお言葉に耳を傾けて。一言一句聞き漏らさないように、僅かな物音すら立てないようにという緊張感が漂っておりました。
「だが同時に、先日までのホーエストと同一人物であることに変わりはない。その小さな体には強大すぎる魔力を持って生まれてしまったが故に、自らの意思では制御できぬほどの力に苦しめられてきたのだ」
生まれてすぐに大半の魔力を封じてなお、成長と共に増え続けるそれは。正常に体の中を巡ることなく、徐々に毒のように体に負担をかけ続けていたのだとか。
そしてそのせいで、長年あのようなお姿で過ごすことを強いられておられたのだと。陛下は時折労わるように、慈しむようにホーエスト様の後ろ姿に目線を向けながら、まるで言葉を選ぶようにそうご説明くださったのです。
「王家には建国の祖である彼の英雄ベスキュードゥルゼ様も、幼い頃は強すぎる魔力に苦しんでいらっしゃったという言い伝えがあった。それを信じて今日まで過ごしてきたが、この成人の儀という喜ばしい日に皆に真実を伝えられたこと、誠に嬉しく思う」
その瞬間、再び巻き起こる拍手。それと共に注がれる、ホーエスト様への熱い視線。
(おそらくこれこそが、陛下の狙い。今までの態度を改めさせるための一手であり、これが王家の真実なのだと強く脳裏に刻ませるための)
そうでなければこんな偶然、あるはずがないのですから。
もし仮に万が一偶然だったとしても、それを利用しない手はありませんものね。
(あぁ、けれど……)
これで、確信いたしました。
もう私は、ホーエスト様には必要のない存在なのだと。
だってそれはつまり今まで私は、フラッザ家の特殊体質を利用して少しでもホーエスト様を楽にして差し上げようと、その魔力を受け入れる器として側に置かれていたにすぎないのですから。
(ホーエスト様が魔力の制御を可能にした今、本当に私はお役御免なのですね)
きっとこれからホーエスト様のお隣には、魔力量に見合った美しい令嬢が選ばれることでしょう。
そして私はそれをただ、黙って見ているほかないのです。
あまりにもつらい未来の現実に、今はホーエスト様を直視することができなくて。
誰にも気付かれぬよう目線をそっとおろして強く手を握りしめることで、この湧き上がる悲しみの感情を抑え込もうとしておりました。
それはきっと、祝福と喜びに満ちたこのホールの中でただ一人、場違いな姿だったことでしょう。