平穏の終わり
魔物の大群の襲来という大きな災害に見舞われたとは思えないほど、日々平和に落ち着いた生活を送っておりました。これもひとえに、王家の皆様が二重結界を強化してくださったからです。
ですが二重結界や要石に関してなど、実際には貴族にすらあまり知られていない事実なのだということは肝に銘じておかなければなりません。
要石の存在など、特に気を付けなければ。
基本的には王家の皆様以外にはその側近の方々と、我がフラッザ家くらいしか詳細を知らないのですから。
二重結界はそういったものがあるという認識をお持ちの方は多いですし、今回のことで国民全員がその存在を言葉通り目にすることになったのですから、問題はありませんが。
王家の皆様だけに反応する存在なので悪用される可能性は無いに等しいとはいえ、要石は我が家の特異体質と似通った性質も持っているのです。
場合によっては、なぜフゥバ王国に宮中伯家が一つだけなのか、なぜ魔術師団の監視役という任を負っているのかという、我が家の特殊性の真実に気付かれてしまう可能性もありますから。
(かなり低い可能性とはいえ、無いとは言い切れない以上細心の注意を払うべきですもの)
とはいえ、普段無能だと思われている我が家に興味をお持ちの方など、そうそういらっしゃらないですけれど。
おかげで平和を享受できていますので、大変助かっております。
特に私は第三王子殿下であるホーエスト様と婚約しておりますから、何事もなく日々を過ごせるのは本当にありがたいことなのですよ。
などと思えていた頃が、今ではとても懐かしく感じます。
この頃にはもう平穏の終わりは少しずつ、けれど確実に近づいてきていたのですから。
始まりは、ホーエスト様の十八回目のお誕生日。
大人の仲間入りをして一人前と認められるその日、当然ながら王城では盛大な催しが開かれておりました。
この日ばかりは私も普段以上に着飾り、ライトブルーのプリンセスラインのドレスに白や金銀の刺繍をあしらいスパンコールをつけてと、いっそう華やかになるよう準備して臨んでおります。
仕上げにホーエスト様のパートナーであり婚約者である証として、王家の皆様の色合いであるブルーグレーの瞳と同じ色の宝石を使用した、美しく光り輝く花の髪飾りを頭につけて。
それなのに。
『あんな醜い第三王子殿下のために、わざわざ出席しなければならないなんて』
『本当に。強制参加でないとはいえ、参加しないほうが後からどなたに何を言われるのか分かったものではありませんもの』
『いっそのこと、全員で不参加を表明してしまえばよかったのではなくて?』
『まぁ。それはあまりにも第三王子殿下がお可哀想ですわ』
そう言いながら嘲るような雰囲気を一切隠そうとしない方々は、こんなに素晴らしい日ですら関係ないのですね。
あぁそれに、あちらでも……。
『誰が喜ぶというんだ?』
『醜い王子と地味令嬢のダンスなど、見て楽しいものでもないというのにな』
『だがどこの令嬢も嫁がない、婚約者にもならないというわけにはいかないだろう?』
『だからこそ、だ。ある意味お似合いじゃないか。誰にも顧みられない者たち同士なら、ちょうどいい』
『ハハッ、確かにな』
これは……私も蔑みの対象になってるパターンですわね。
けれどそちらは関係ありません。むしろ今この場にホーエスト様をはじめとした王家の方々がいらっしゃらなかったことに、あの方たちは感謝すべきなのです。
教えて差し上げる気など、サラサラありませんけれど。
「リィス、準備はいいかい?」
「はい、お父様」
まだ婚約者でしかない私は、他の皆様と同じようにこのホールの中で主役であるホーエスト様の登場を待っておりますが。この後にあるのは、無事ご成人を迎えられたホーエスト様がこの日最初のダンスを披露する際のお相手役を務めるという、大変名誉なお役目なのです。失敗は、許されません。
とはいえ、幼い頃からダンスのお相手は常にお互いのみという私たちですので、今さら緊張などはしませんけれど。
何よりホーエスト様は、皆様が思っていらっしゃる以上にダンスがお上手なのです。本当に、昔から。
(なので時折、私もダンスが上達したのではないかと錯覚してしまいます)
ホーエスト様のリードに身を任せるだけなので、そんなことはないのですけれど。
ただお父様がそんな風に確認をしてきたということは、もうそろそろ王家の皆さまが入場されるお時間ということ――
「国王陛下ならびに王妃陛下のご入場です!!」
――でしたわね。
高らかに鳴り響く楽器の音に合わせて、玉座に最も近い扉が開かれます。
本日あちらからご入場されるのは、王家の中でも両陛下のみ。第一王子殿下と第二王子殿下は、本日の主役である第三王子殿下のホーエスト様がご入場された後に、ひっそりと会場入りされるご予定なのだとか。
主役への配慮、というものでしょうね。
ちなみにホーエスト様の妹君であらせられる王女殿下も、本日参加されるご予定だと聞き及んではおりますが……いつ頃会場入りされるのかは、一切明かされておりません。
少なくともホーエスト様の後であることには間違いないのですが、まだご成人前だからということを加味して、あまりこういった場の入退場を大々的に発表することはないのです。
(とはいえ、どこかでご挨拶だけでもできればと思っておりますけれど)
本日の主役のパートナーである以上、果たしてそれが叶うのかどうかは難しいところですね。
などと、のんきに考えていたのがよくなかったのでしょうか。
「第三王子殿下のご入場です!!」
高らかに宣言され、後方の扉から入場されたホーエスト様は――。
「……え?」
いえ、あの方は本当にホーエスト様なのでしょうか?
確かに王家の皆様特有のブルーグレーの瞳に、バターブロンドの髪をお持ちですけれども……。
『あの方が、第三王子殿下!?』
『嘘でしょう……?』
『あの醜い王子が? 馬鹿なっ!』
あちらこちらから聞こえてくるざわめきに、今ばかりは怒りすら湧いてきません。むしろ他の方々と同じように、私も大変驚愕しておりますもの。
「ホーエスト、様……?」
私の小さな呟きを聞き取ったのか、それともたまたまだったのか。
今までにお会いしたことのないほど美しい青年と目が合った瞬間、彼はその透き通るようなブルーグレーの目元を柔らかく緩めて。
「っ!!」
そのあまりの美しさに、強い衝撃を受けた私は。
美丈夫と呼ぶのにこれほど相応しい方はいらっしゃらないだろうと、確信したのです。