8・最強の執事
「の、覗きみたいな真似をしたのは謝るわ。でも新しい執事君の仕事っぷりが気になってただけ。あなたに興味なんて全然ないっっっ!」
アリアが俺を指出して、強い語調で言う。
まるで自分に言い聞かせているような言葉だ。
というかその口ぶりだと、やっぱり俺のことが気になるんじゃ……。
そうツッコミを入れたくなったが、寸前のところで止める。
そんなことを言っても、アリアを怒らせてしまうだけだからだ。
「失礼しました。私の言葉で、不快にさせてしまったようなら申し訳ございません」
なのですぐ謝罪する。
「ふ、不快になったわけじゃないわ。だからそんなことを言わないで。あ、あたしが悪いことをした気分になるじゃない……」
顔を赤くして俯くアリア。
何故だか目を合わせようとしてくれない。
覗き込んでみたが、その度にアリアはさっと顔を背けてしまう。
一体なんなんだ……。
「アリアお嬢様、では先ほどのこともご覧になっていたでしょう? どうですか。新しい執事の仕事っぷりは」
セバスが感想を求める。
アリアの変な態度も全く臆した様子はない。プロだ……。
「ふ、ふんっ! なかなかやるじゃない。この薔薇のゲートも趣味がいいわ。大したものね」
するとアリアも褒めてくれた。
ちなみに……彼女が薔薇を好んでいることは、事前に調査済みである。
なんでも昔、家族と一緒に出掛けた薔薇園のことが忘れられないらしい。
「それにしても……あなた、さっきはどういうつもり?」
「さっきとは?」
首をひねる。
「あ、あたしのことを『命を賭してでも守る』って言ったことよ。う、嘘じゃないわよね……?」
「ああ、そのことですか……」
もしやアリアの態度が変なのも、そのことが原因だろうか?
「もちろん──心から思ったことです。あなたのことは、ここに来る前から聞いていました。そしてあなたを見て確信しました。あなたのことを守りたい、この自分の気持ちは嘘じゃない……と」
「ふ、ふうんっ! なかなか良い心がけじゃない。だからあたしに、こ、告白したわけね」
「……ん?」
なんだろう。
話が噛み合っていないような。
「お嬢様。それは一体……」
「あなたがあたしのことを好きなのは分かったわ。でも男女の関係って、順序があると思うの。それにあたしは……あまり人と仲良くしたくない」
表情に影が帯びるアリア。
彼女が他人を遠ざけてしまうような出来事が、過去に起こったということか?
それについては資料に書いていなかった。
事前に調査が済んでいなかったのか。それとも首領が俺に知る必要のない情報だと判断したのだろう。
しかし今はそんなことより……。
「お嬢様、私には一体なにがなんだか……」
「スイート!」
俺が質問しようとすると、セバスが俺の首筋に白杖を突き立てた。
「き、貴殿……! もしや、お嬢様にそのような不埒な感情を持ち込んでいたと?」
「ご、誤解です。私とお嬢様には身分の違いがあります。一使用人である私がお嬢様と結ばれることなど、あってはなりません」
「うむ。分かっているならいいが……」
渋々といった感じでセバスが白杖をしまう。
一体どこから取り出したんだ。
今後、あまり怒らせないようにしよう。後々面倒臭そうだ。
「じゃ、じゃあ! あなた、中途半端な気持ちであたしに告白したってことかしら!?」
「ご、誤解です。私は本気であなたを守りたいと思った。しかしお嬢様が思う告白とは、少し違うかもしれません」
「そうなの……」
しゅんと肩を落としてしまうアリア。
落ち込ませるのもどうかと思うが、誤解させたままにしておくのも頂けない。
それにこうしている間にも、セバスがギョロッと俺を見ているからな。
『ジスランはお嬢様を狙っている!』
……ってアリアから遠ざけられてしまうかもしれない。
それは良くない。
まあでも……フォローは入れておくか。
「私があなたを守りたいと思うのは、迷惑なことですか? 何度も言いますが、私は本気であなたを守りたい」
「め、迷惑じゃないわよ! でも……あんまり気を張っちゃ困るわ。張り切りすぎたら、あなたもあたしの前からいなくなるかもしれないから」
「それはどういう意味で?」
「…………」
さっきまで早口だったのが嘘のように。
口を貝のように閉じてしまうアリア。
やっぱり簡単には教えてくれないか。
「アリアお嬢様」
俺たちの会話を見かねてか、セバスが「コホン」と咳払いをして口を動かす。
「先ほど、ジスランがお嬢様のことを『女』として好いている……という疑惑が出た時は驚きましたが、私はゆくゆくはジスランにお嬢様の専属執事を任せたいと思っているのです」
……きたっ!
アリアを護衛し動向を探るとなったら、常に彼女の近くにいた方が好都合だ。
その意味では専属執事はこれ以上ないくらい、最高のポジションだろう。
ガッツポーズをしたくなったが、我慢する。
そんなことをしてしまえば怪しまれてしまうかもしれないからだ。
だから表面上は柔らかな笑みを作りながら、セバスたちの話に耳を傾けていた。
「ジスランの能力は疑う余地がありません。それに……今のやり取りを見て確信しました。アリアお嬢様もジスランのことを悪く思っていないそうですね?」
「は、はあ? なんでいきなりそんな……いや、ちょっとはやるヤツって認めてはいるけど……」
「それにジスランもやる気があります。お嬢様の専属執事としては申し分ないと思いますが……」
「ダ、ダメよっ!」
アリアは断固として拒否する。
「あたし専属の使用人は必要ない……セバスには何回もそう伝えていたわよね?」
「左様です。ですが、いつまでも専属執事やメイドを就けないのもいかがなものかと。私どもとしても仕事がやりにくくなります」
「そのことについては謝るわ。それでも……あたしは……」
とアリアは俯いてしまう。
なにがそこまで、アリアに他人を拒絶させるのだろうか?
あまりここで押して、アリアが余計に心を閉ざしてしまうのは頂けない。
だが、これが千載一遇のチャンスなのも間違いなかった。
「どうしてもお嬢様が嫌だと言うなら、私も引き下がります。しかし私が至らないせいで、お嬢様が心を閉ざしてしまうよのは不本意だ。そうですね…・お嬢様の専属執事として私が認められるには、なにか条件があるのですか?」
「そうね……」
俺が質問すると、アリアはこう言葉を紡ぐ。
「少なくとも、あたしの専属執事なら強くないとダメ。それも生半可な強さじゃダメ。どんな敵や魔物が現れても、負けないくらいに強い最強の執事。それが出来れば、あなたをあたしの専属執事にしてあげてもいいけど……」
「分かりました。アリアお嬢様のご期待に添えてみせましょう」
と俺は頭を下げる。
それを聞いて、アリアはさらに戸惑う。
「は、はあ? でもあなたって一介の執事よね。仕事が出来るのは認めるけど、その上強いだだなんて……」
「アーサーズ公爵家の執事なら、なんでも出来るようであれ。そう執事長から教わりました。お嬢様を守るためなら、私は何者にでもなってみせる」
「……っ!!」
顔を赤くして、両頬を手で押さえるアリア。
心なしか頭からぷしゅーっと蒸気が出ているようにも見えた。
ヤバい。
この調子なら、またさっきの茹で蛸状態になりそうだ。ちょっと抑えなければ……。
「アリアお嬢様。それでしたら良いご提案があります」
考えていると、すかさずセバスが口を挟んだ。
「良い提案?」
「はい。魔物狩りです。それで彼の強さを確認してみてはいかがでしょうか?」
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