6・アリアお嬢様は男慣れしていない
その後。
セバスは俺を執事として無事に認めてくれた。
「失礼なことを言って、すまなかった」
真っ先にセバスは俺に謝罪する。
「なんせアーサーズ公爵家は由緒正しい貴族。大した力もないまま、公爵家に取り入ろうとするだけの輩が多くてな。貴殿の力を試させてもらった」
「いえいえ、当然のことだと思いますよ」
「それにしても……貴殿がここまでとは思っていなかった。これだったら、私も安心して引退出来るというものよ。もっとも──まだ引退する気はないがな」
「は、はあ……」
つい引き攣った笑いを浮かべてしまう。
過度に期待されるのも困るが……なんにせよ、俺のことを信頼してくれているんだ。
素直に喜んでおこうか。
俺は早速セバスに連れられ、この家の当主……アリアパパ。さらにはその妻、アリアママとの対面を済ませた。
『話は伯爵家から聞いているよ。なんでも相当な腕前を持っているらしいね』
『とってもイケメン! まるで若い頃のあなたみたい……』
なんてことを言われ、二人からの印象も上々のようだった。
なによりである。
「次はアリアお嬢様のところに行こうか」
アリアパパたちの部屋を出てから、セバスはそう口にした。
ようやくお披露目だな。
気を引き締めていかなければ。
「今はどこにいらっしゃるのですか?」
「お嬢様ならこの時間、自室でくつろいでいる。しかし……」
とセバスが顔を曇らせる。
「なにか問題でも?」
「いや、アリアお嬢様は良いお方だ。我ら使用人に対しても優しくしてくれる。しかし初対面の人にとっては面食らうかもしれない。もしかしたら、貴殿も不快な気持ちになるかもしれないが、あまり深く考えないで欲しい」
「……? 分かりました」
セバスの物言いに少し引っ掛かったが……まあ会ってみれば分かるか。
そして……とうとうアリアの部屋に辿り着き、俺たちは中に入っていった。
「……!」
部屋の奥の椅子に座っている令嬢を見て、思わず俺は言葉を失ってしまった。
──キレイな女性だ。
彼女は俺たちが来ても、こちらを一瞥しようとすらしない。
しかしその横顔だけで、彼女が絶世の美女であることが分かった。
あれがアリア公爵令嬢……で合ってるよな?
あらかじめ聞いていたこととはいえ、これは予想以上の美しさだ。
「アリアお嬢様。この者が今日から新しく入った執事でございます」
どうやら間違っていなかったらしい。
こちらに視線を向けようとしないアリアに、セバスがそう言葉を投げかける。
対して。
「……あっ、そう」
とアリアは相変わらず視線を合わせないまま、短く口にした。
頬杖を突き、窓の外を眺めているアリア。
別に俺に対して、悪印象を抱いているわけでもないと思うが……心底どうでもいいんだろうな、この態度は。
ほとんど無視されているような状況とはいえ、ここでなにも喋らないわけにはいかない。
「アリアお嬢様。お初にお目にかかります。ジスランと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
俺が 一歩前に出て、自己紹介をしても……。
「…………」
相変わらず一言も喋ってくれなかった。
それどころか目を合わせてくれない。
アリアのそんな態度に、さすがにセバスも気になったのか、
「……アリアお嬢様はちょっと人見知りなのだ。普通にしてれば良いお嬢様なので、気にしないで欲しい」
俺にそう耳打ちした。
これがセバスの危惧していたことか。おそらく、俺以外の新参者に対しても同じような反応なんだろうな。
なんにせよ不快な気分にはならない。
普通、一使用人に対しての貴族令嬢の対応はこんなものだ。アリアパパやアリアママが友好的すぎるのだ。
それに勇者パーティーに加入した時は、もっと酷かったからな。
『お前が新しく加入する魔術師とやらか。ほんっと、あいつらは余計なことをしてくれる。まあ雑用としてなら使ってやるから、感謝しろ』
なんて敵意丸出しで吐き捨てられた。
それを思えば、アリアのこの無関心な態度はまだマシともいえる。
しかし任務のためには、アリアの信頼をまず第一に勝ち取らなければならない。
このままでは不都合も多いだろう。
仕方ない。
当初の予定通りにいくか。
「いえいえ、気にしていませんよ」
俺は事前に目を通していた資料を思い出しつつ、アリアに歩み寄っていった。
「アリアお嬢様を見て驚きました。まさかこの世にこんなキレイな人がいるのか……と」
「別にあたしよりもキレイな人はたくさんいるわ。思ってもいないことを口にしないで」
ぴしゃりと言い放つアリア。
やはりこれだけキレイだと、褒められることも多いんだろう。
表面上の褒め言葉だけじゃ、彼女の心を響かせることは出来ないか。
ならば……。
「アリアお嬢様。今日はお近づきの印にプレゼントを用意しました。どうかお受け取りくださいませ」
「はあ? でもあなた、そんなもの持ってないじゃな──」
彼女が言葉を紡ぎ終わるよりも早く。
俺は指を鳴らし、右手に一本の薔薇を出現させた。
「あなたにはキレイな薔薇が似合う」
赤色の薔薇をさっとアリアに差し出す。
彼女は戸惑いながらも、それを受け取った。
「い、一体どこから取り出したの!? なにも持っていなかったじゃない」
「いえいえ、これくらい──執事のたしなみです」
「なにもない空間から、いきなり薔薇を出現させる執事だなんて聞いたことがないわよ!」
困惑のアリア。
しかし。
「ありがと……で、でも! こんな手品であたしは喜ばないわ。プレゼントで薔薇だなんて、目の付け所が良いのは認めるけど……あまり調子に乗らないで」
とまたぷいっと顔を背けてしまった。
もちろん、ただの手品ではない。
収納魔術を使い、あらためて異空間に薔薇を用意していたのだ。そしてそれを取り出しただけ。
しかし収納魔術はかなり使い手が限られる。
まさか俺が使えるものとは、彼女も思っていないのだろう。
「もちろん、調子に乗っていませんよ。私はただ、あなたの笑顔が見たいだけです」
「……っ! キレイな顔をして、そんなことを言わないで! その……なに。照れちゃうじゃない」
アリアは頬をピンク色に染める。
なんにせよ、俺に興味を抱いたことには間違いなさそうだ。
ここは一気に畳みかけよう。
「それからお嬢様……薔薇は一本だけではありません」
「え?」
アリアが腑抜けた声を出すと同時、今度は両手を叩いた。
パンッ!
警戒な音が部屋に鳴り響き……そして俺の両手いっぱいには、たくさんの薔薇が抱えられていた。
「百本あります」
束になった薔薇を手渡しつつ、俺はぐいっとアリアに顔を近付ける。
「私にまだ興味が出ないのは仕方ありません、ですが、私はいつかあなたの心の扉をこじ開けてみせる。それはその宣戦布告です」
「な、な、なんて挑発的な……っ!」
あわあわと慌てるアリア。
先ほどまでのつんと澄ました顔が嘘のようだ。
「ふふ、これは挑発でもありませんよ。言うなれば誓いの言葉です」
「誓い?」
「ええ。私はこれから命を賭してでも、執事としてあなたを守ってみせる。この言葉を忘れないでくださいませ」
この時だけは、まるで国に忠誠を誓う騎士のような気分になって。
俺はじっとアリアの双眸を見つめ、心からそう誓う。
薄っぺらい言葉では見透かされてしまう。
それでは女性の心は響かない。
今までの長い暗殺者生活で学んだことの一つであった。
「そ、そ、そんな……っ! 情熱的すぎるわ。まさかあなたがあたしのことを、す、す……」
「す?」
と俺はより一層アリアに顔を接近させた。
しかしそれが彼女の限界だったんだろう。
ぷしゅーっ。
そんな音が聞こえた……気がした。
顔を真っ赤にしたアリアは、茹で蛸のようにぐだーっとなった。
「お、お嬢様!?」
さすがの俺でも、これには慌ててしまう。
「殿方から、言い寄られ……こんな情熱的なことって、あたし……初めて……」
アリアはぶつぶつとなにかを呟いている。
心配していると、後ろから肩を叩かれた。
「案ずるな。アリアお嬢様は男性への免疫がないのだ。他の男性から言い寄られることは多いが、深い関係になったことがないものでな」
「……男慣れしていないということですか。意外ですね。これだけキレイなら……いや」
近付いてきた男にも、最初のような態度だったんだろう。
こんな態度を取られたら、心がぽっきりと折れてしまっても仕方がない。
まあ俺にしたら、それくらいで諦めるなよ……と言いたいが。
「では心配ないと?」
「貴殿のような美男子に言い寄られ、思考がショートしてしまったんだろう。しばらくすれば元に戻る。ここまで酷いのは初めてだが……今までも何回か似たようなことはあった」
なんだそりゃ。
だが、少しやり過ぎたことは反省……。
ここまで男慣れしていないとは思っていなかった。
やはり一筋縄ではいかなそうだが、彼女も悪い子じゃなさそうである。
それに少々難しい方が、俺としてもやり甲斐がある。
これからの日々を想像して、俺は心躍らせるのであった。
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