4・掃除・洗濯も魔術を使えば余裕です
「…………」
影魔術を目の当たりにして、口を閉じるセバス。
ぐうの音も出ないといったところだろうか。
しかし。
「ス、スイーーーーーーート!」
と突然、大声を上げたのだった。
「甘い甘い甘い! 甘すぎるぞ! 確かに貴殿の魔法はすごかった……だが、私が貴殿を認めるのはまだ早い」
「だったらどうすれば?」
「次の試練だ。付いてこい」
と彼は大股で歩き始めた。
なかなか怒りっぽい性格みたいだな。
こんなんで、執事長だなんて大丈夫なのか? とちょっと心配になった。
しかし俺が敷地内に入ること自体は、もう文句を言っている様子ではない。まあ彼は彼なりに、俺のことを認めているということだろうか。
だが、なにも心配する必要はない。
どのような試練を課せられたとしても、簡単に突破してみせよう。
そう思い、俺はセバスの後に付いていった。
◆ ◆
次に俺が連れてこられた場所は屋敷内の一室であった。
ただしただの部屋ではなく……。
「……かなり散らかっていますね」
と俺は苦笑する。
元々書庫として使っていた場所だろうか?
辺りに本が散乱とし、しかも全体的に埃っぽい。
さらに部屋の片隅には汚れた衣服が積み重ねられており、まるで山のようになっていた。
「うむ。今は使っていない部屋だからな。不要になったものを、この部屋に置いていったら……この有り様だ」
苦虫を噛み潰したようなセバスの表情。
「捨てようとは?」
「ゴミを捨てるだけとはいえ、これだけの量だと一筋縄ではいかん。それに中には使えるものがあるかもしれぬから、確認しなければならない。ゆえに他の仕事が忙しく、この部屋は手付かずになっていて……全く、恥ずかしいばかりだ」
「なるほど」
しかしどうしてそんな場所を俺に見せたのだろうか。
「貴殿にはここを掃除してもらいたい」
疑問に思っていると、セバスはそう口を動かした。
「さらに……あの衣服が見えるだろう? あれも洗濯してもらいたい。洗濯物は外に干してもらって構わない」
セバスの視線の先を辿ると、そこには大きな窓があった。そこからは裏庭が見える。
「それだけでしょうか?」
「それだけ……とは? これだけの惨状を見てもまだそんな口を叩けるとはな。面白い少年だ」
ふっと笑みを零すセバス。
「これが洗濯用の水の魔石だ。外には部屋の窓から出てもらって構わない。さらに掃除道具は……」
セバスが丁寧に説明してくれる。
道具一辺倒は揃っているというころか。
「ここでは、掃除や洗濯といった家事も執事の仕事のうちだ」
「意外ですね。そういった仕事はハウスメイドのものだと思っていましたが?」
「無論、普段はメイドに任せることが多い。しかしアーサーズ公爵家の執事はなんでも出来なければならない……それが慣しだ。貴殿がいくら達人級の影魔術が使えようとも、これくらい出来なければ他の仕事も任せられん」
「つまりこの試練で、俺の執事としての能力を見るということでしょうか?」
「その通りだ」
セバスは首肯する。
「制限時間は三時間。その間に出来るだけ、部屋と洗濯物をキレイにしてみせろ」
三時間も与えてくれるのか……なかなか良心的だな。
「承知いたしました。私にお任せあれ」
と俺は頭を下げる。
「では、私は別のところで仕事をしておこう。三時間後にまたこの部屋に来る」
「お言葉ですが、私から目を離していいんですか? まだ私は部外者なのでは?」
「その発言、スイートだ」
スイート……ああ、『甘い』ということか。俺の発言が、甘ちゃんだと言いたいのだろう。
「この屋敷には私以外にも使用人がたくさんいる。もし無意味にこの部屋を退出し、変な行動を取った場合は……即刻試験は中止し、ここから出て行ってう」
まだ俺のことを侮っているのだろうか。
この屋敷の使用人で、俺をどうこう出来るものとは思えないが……。
まあ変な真似なんてするつもりがない。
今はこれを完遂し、彼からの信頼を得ることが最優先だからだ。
「それも承知いたしました。ではまた三時間後に」
「うむ」
そう言って、セバスは部屋から出て行った。
「さあて、どこから手を付けるかな」
散らかった部屋。汚れた洗濯物。
俺はそれらを目の前にして、うーんと背伸びをした。
「まあ……順番にやる必要もないか。全部同時にやってしまえばいいだけだからな」
と俺は口にして、掃除・洗濯を始めた。
【SIDE 執事長セバス】
「なかなか見どころのある少年だ」
ジスランの前からいなくなった後。
セバスは廊下を歩きながら、彼の顔を思い浮かべていた。
「私の結界をあのような手段で突破する者など、初めて見た。まさか影魔術を極めれば、あんなことも出来るとは」
セバスはこの屋敷の執事長でありながら、結界魔術の第一人者であった。
全盛期では火竜の火炎息を、結界魔術で防いだこともある。
その時よりかは力も衰えたが、たかが影魔術で突破出来るものではない……はずだった。
「しかしあの少年……ジスランはいともたやすく突破した。まだ若いというのに大したものだ。タダものではない。鍛えがいがある」
顔にうっすらと笑みが浮かべるセバス。
ジスランには厳しいことを言ったが、セバスの中ではもうほとんど彼を採用する気になっている。
そもそも彼の経歴もはっきりしている。なにも怪しいところはない。
セバスは彼と一緒に仕事が出来ることに、胸を弾ませてすらいた。
「……おっと、いかん。そういえば洗剤の場所を伝えていなかったな。すぐに戻らねば」
部屋から出て行って、まだ十分くらいしか経過していないだろう。
セバスは洗剤のことを思い出し、踵を返して先ほどの部屋まで戻った。
「おお、すまんすまん。一つ伝え忘れていたのだが、洗剤の場所は……」
そう言いながら、ドアを開けた瞬間であった。
「な、なんだと!? どうして既に部屋がこんなにキレイになっておるのだーーーーー!」
とセバスは屋敷中に響き渡るような、大きな声を発したのだ。
「ああ、もう戻ってきたんですか。面白そうな本があったので、読んで時間を潰すつもりでしたが……掃除・洗濯、終わりました」
ジスランは開いていた本を閉じ、セバスに顔を向けた。
「お、終わっただと!? な、なにをした! そもそもたった三時間で掃除・洗濯が終わるとも思っていなかったぞ! どこまでやれるのかを見るつもりだったのだ。それなのに……これは一体!?」
部屋はまるで新居のようにピカピカになっている。
埃一つないことが、見るだけで分かった。
あれだけあった洗濯物も、キレイに干されている。
それらは全て真っ白で、新品そのものだった。
「いえいえ、大したことありませんよ」
ジスランは余裕げに語り始める。
「浄化魔術を使えば、掃除や洗濯くらいは一瞬です。片付けに関しても、魔術を使えばすぐです。あっ、水の魔石、返しますね。必要なかったので」
とジスランはセバスに魔石を手渡す。
「じょ、浄化魔術だと!? 貴殿は影魔術の使い手じゃなかったのか?」
「まあ影魔術も使えるというわけで、他のものも使えますよ。これ以外にも火・水・土・光……」
「ひ、一つの魔術を極めるだけでも、十年以上の厳しい修行が必要になるのだぞ!? それに片付けにいたっては、魔術すら使っていないだと? それなのに、どうやってたった十分で片付けられた!?」
「素早く動いて仕事をするのは、執事として当然のことです。これくらい、朝飯前ですよ。良い運動になりました」
「な、なんてことだ……」
腰を抜かすセバス。
(この少年に、私はなにかを教える気でおったのか? こんな執事、今まで見たことがない。すごすぎる……)
ジスランのやったことに、ただただ唖然とするしかないセバスであった。
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