3・執事長からの試練
それから数日間の準備期間の後。
俺は早速アーサーズ公爵家の前まで来ていた。
「今度は執事か……」
胸元から手鏡を取り出し、今の自分の姿をチェックする。
透き通った青色の長髪を、後ろで一括りにしている。
縁の細いメガネをかけてはいるが、度は入っていない。
今までは勇者パーティーの一員だったから、ざっくばらんな格好をしていたが……貴族の執事となっては、それも不都合だからな。
それに万が一、勇者パーティー時代の俺を知っている者がいないとも限らないし、これくらいの変装は当然だ。
「これなら十分執事っぽいか。怪しまれないはずだ」
さて……行こう。
かなりでかいお屋敷だ。
庭だけで、庶民が住んでいる家の何軒分かになりそうだ。
まあ相手は貴族だ。
しかもこの国では一番上の爵位である公爵だしな。
俺は一歩前に踏み出し、敷地内に入ろうとすると。
「貴殿が今日来ると言っていた執事か」
そして……門の影から、ゆっくりと一人の老人が顔を出したのだ。
「……あなたは誰ですか?」
そう質問を投げかけるが、あらかじめ俺は答えを知っている。
俺の前に現れた男はセバス。
アーサーズ公爵家の執事長だ。
最初に老人だと言ったが、眼光鋭い視線は歴戦の猛者を思わせる。
紳士服に身を包み、佇まいも優雅なものであった。タダものではない雰囲気を感じる。
「私はこの家の執事長……セバスだ」
老人……セバスが名乗る。
ここに来るまでにアーサーズ公爵家の構成については、調べが付いている。
ターゲットの調査を怠ることは死に直結することがあるからな。
執事長だなんていう超重要人物の名前と容姿を知らないことは、有り得なかった。
「執事長、お初に目にかかります」
俺は初々しく頭を下げる。
「俺……いや、私はジスラン。もう連絡がいっていることかと思いますが、本日付でアーサーズ公爵家の執事を勤めさせていただくことになりました。以後、お見知り置きを……」
「ふむ。口の利き方については問題なし……か」
俺の頭からつま先まで観察するセバス。
「無論、連絡は聞いておる。貴殿はここに来る前、とある伯爵家の執事をしていたそうだな。だが、その伯爵家の取り壊しとなり、紹介という形で今度はアーサーズ公爵家の執事をすると……」
これも当たり前だが、全部嘘っぱちだ。
あらかじめ伝えられている通り、「暗殺者組織から来ました」なんて言うわけにはいかないからな。
これくらいの経歴詐称は、組織の力をもってすれば余裕だ。
「ならば話は早いですね。これからよろしくお願い……」
「ならん」
俺が全て言い終わるうちに。
セバスは厳しい声を発した。
「悪いが、そう簡単に貴殿を認めるわけにはいかない。アーサーズ公爵家は由緒正しい貴族だからな」
「……セバス様のお気持ちは分かります。ただお言葉ですが、あなたは一介の執事です。それをあなたが決めることではないのでは?」
「無論、主人様から許可を貰っておる。今回来る執事候補の人柄と力を、見極めるように……と」
「ほお」
まあここまでは予想通りだ。特段慌てる必要もない。
「力なき者が執事となっても、足を引っ張るだけだ」
「では、どうすれば? 私もこのまま『はい、そうですか』と帰るわけにはいかないのですが……」
「力を示せ」
セバスがそう一言言葉を発する。
「せめて私の横を通り過ぎ、この敷地内を足を踏み入れてみろ。それくらい出来なければ、貴殿はここに来る資格がなかったということだ」
「意外と簡単ですね」
「そう思うなら、さっさとやってみろ」
セバスに言われ、俺は前進しようとする。
だが。
「ほお、これは結界魔術ですか」
初めて気付いたといった表情で、俺はそう口にする。
するとセバスは鋭い視線のまま、
「アーサーズ公爵家の敷地内に、許可なき人間が足を踏み入れることは許されん。果たして、貴殿にここを突破出来るかな?」
と返した。
うむ……なかなかの結界魔術だ。
これは……セバスが張っているみたいだな。
このレベルの結界魔術を張れるだなんて、なかなかの使い手だ。
執事長という名は伊達じゃないということか。
「素晴らしい結界魔術です。生半可な者じゃ、これを壊すことは出来ないでしょう」
「よく分かっているではないか」
じゃっかん、セバスの機嫌が良くなった。
まあ俺じゃなきゃ見逃してしまうくらい、ほんの少しの変化であったが。
どう料理しようかと考えている最中、微風が吹いた。
俺の後ろにある木が揺れ、一枚の葉がヒラヒラとセバスの横を通過した。
……まあなかなかの結界魔術だが、これくらいなら全く問題ないか。
「どうした? 出来ないか? この結界を壊すことくらい出来なければ、アーサーズ公爵家の執事は……」
「壊す必要なんてありませんよ」
「!!」
ハッとなり、セバスが後ろを振り返る。
彼の驚いた顔を真正面から眺めて、俺はニコッと笑みを浮かべた。
俺はセバスが長々と喋っている間に、彼の後ろに回り込んだのだ。
当然、敷地内にも入っている。
これで力を示せたか?
「面白い余興でした。さすがは執事長です」
「バ、バカな! 結界はまだ壊れていない。それにいつの間に私の後ろに回り込んだのだ? 一体、どのような手品を使った!?」
「簡単なことですよ」
驚いているセバスに、俺は種明かしをする。
俺が今回使ったのは影魔術だ。
この魔術には色々と種類はあるが、その中に自分の存在を希薄にするものがある。
セバスは「許可なき人間が足を踏み入れることは許されん」と言っていた。
つまり俺が人間であることを結界に認識させなければ、突破出来るということだ。
その証拠に風に乗った葉っぱは、普通に結界を通り抜けていた。
どんな物質でも通過出来ないとなったら、空気すらも無理ということになるからな。
それでは勝手が悪いだろう。
「影魔術で自分の存在を一時的に消したまでのことです。あなたが誤認してしまうのも仕方ありません。何故なら、あなたは私のこうした動きを認識出来なかったのですから」
「あ、有り得ない……それに儂がいくら影魔術を使われようとも、貴殿の存在を認識出来なかっただと? それどころか結界を突破するとは……貴殿は一体……」
「なに。これくらい──執事のたしなみですよ」
優しく微笑む俺。
「これで私を認めてくれますか? 条件はこの敷地内に足を踏み入れることだったはず。わざわざ結界魔術を壊す必要はなかったはずでしょう?」
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!