21・二人でお出かけ
翌日。
「あっ、ジスラン。丁度よかったわ。今からあなたを呼びにいこうと思ってたの」
廊下でばったりとアリアに出会した。
「すみません。本来なら私から出向く必要があったものの……空気が読めていませんでした」
「いいのよ! だからそんなに謝らないでちょうだい! というかなにも言ってないのに来たら、それはそれで怖いから!」
謝罪すると、アリアが慌てて口にした。
「……で。お嬢様、今日はいかがされましたか? いつもと服装が違いますね」
今日のアリアは普段より動きやすそうな服装をしている。
庶民が身に着けるような服といっていいのだろうか。
彼女のこういう姿はあまり見ないので、少し新鮮に思えた。
「お出かけですか? そのような予定は聞いてなかったはずですが……」
街へのお出掛けで豪奢なドレスを身に着ける貴族もいるが、アリアはそうじゃない。
そんなことをすれば民衆から反感を買うだろうし、なにより周囲から浮く。
なので街に溶け込めるよう、こうした庶民寄りの服装をするのだ。
だからアリアに問いかけたのだが……。
「うん、そうよ。分かったなら、あなたもさっさと準備しなさい。わたし、他人を待つの苦手なの」
「……? 一体どういう意味で?」
「あなたにしては察しが悪いわね。今からわたしと街と出掛けるに決まってるじゃない。まさかその服装のままで行くつもり?」
「……もしや、私とあなた二人きりで?」
「そう。二人よ」
アリアが腰に手を当て、堂々と言う。
……またこのお嬢様は変なことを言い出した。
「まあそのような予定はなかったですが、お嬢様が言うならその通りにしましょう。お嬢様一人で出掛けるわけにもいかないでしょうし」
「普段は一人で出掛けてるけどね」
「それはセバスさんの反対を押し切って、勝手に出掛けているだけでしょう」
「正解」
楽しそうなアリア。
公爵家ともなると街に出掛けるだけといっても、移動手段とか色々と雑多なことがあるし、なにより護衛が必要になってくる。
普通の女の子みたいに、勝手に出掛けるわけにはいかないのだ。
だが、アリアは「服を買いに行くだけなのに、そんなのいらないわ!」と秘密で街に行くこともしばしば……ということをセバスから聞いていた。
まあ俺が執事になってからは、そんなことを許してないけどな。
「ちなみに……セバスさんからの許可を貰っているんでしょうね?」
「もちろんよ。セバスにも手伝ってもらうんだから」
「手伝って……? まあそれならいいんですが」
なんだろう、なにか嫌な予感がする。
「承知いたしました。ですが、私は着替える必要もありません。これが私の普段着ですから」
「ダ、ダメよ! それじゃあ、デ、デ、デ……」
「デ?」
「──出掛けるのに不向きよ! あなたもちゃんと着替えなさい!」
アリアは勢いよく俺を指差した。
別のことを言いたがってそうだったが、俺に追及されたくない雰囲気を感じ取ったので、口を閉じるしかない。
「あなたの仰せのままに……では、少しお待ちください。着替え程度なら十秒程度で終わるので」
とはいっても、執事になってからは配給されたこの黒服だけだ。これ以外は一着しか持っていない。
自分の部屋に向かおうとすると……。
「私が貴殿をお嬢様にふさわしいような立派な男にしてやろう。色々と思うところもあるが、これもお嬢様の頼みだから仕方がない」
「期待しててください、です」
ガバッ。
何故か右腕をセバス、そして左腕をエミーリアに拘束されていた。
「どういう意味ですか?」
彼らの方を振り向かず問いかける。
「どうせ貴殿のことだ。この屋敷に最初来た時に身につけていた無骨な服に着替えるつもりだろう?」
「それじゃあダメ、なのです。アリア様が悲しみます、です」
セバスの言った通りではあったが、彼の発言の意図が分からない。エミーリアの言葉にも珍しく厳しさが含まれていた。
「なあに、心配するな。この屋敷には色々と服が常備している。今から貴殿に似合う服を、私たちが考えてやろう」
「ジスランはエミたちの着せ替え人形となりなさい、です」
「遠慮しておきます。そんなことをしなくても……」
「「問答無用!」」
セバスとエミーリアが声を揃えた。
そのまま俺は二人に腕を引っ張られ、アリアから離れていく。
これくらいの拘束、簡単に解くことが出来たが、あまり逆らわない方がよさそうなのでやめた。
「いってらっしゃーい」
連行される俺に向かって、アリアは笑顔のまま手を振っていた。
◆ ◆
そして着替えも終わり、俺とアリアは無事に(?)二人きりで街に繰り出すことになったのだ。
「あなた、こういう服も似合うのね。やっぱりイケメンはなにを着ても似合うわ」
「いえいえ、それはこちらの台詞ですよ。お嬢様こそ、なにを着ても女神のようです」
「っ! 相変わらずお世辞が上手いんだから!」
アリアが頬を朱に染めて、俺の背中をバシバシ叩く。
別にお世辞で言ったつもりではない。
実際のところ、アリアはかなりの美少女だ。
俺が今まで見た中でも一番かもしれない。
その証拠に……。
「あっ、アリア様だ!」
「アリア様……今日もおキレイだ。目の保養、目の保養」
「不敬なことを言うな! 貴族様をそんな目で見るとは失礼にも程がある」
「そういうお前も鼻の下が伸びてるじゃないか」
俺たちを通り過ぎていく男がチラチラとアリアに視線を向ける。
それは男だけではない。女性もアリアの美しさに見惚れて、思わず足を止めてしまっていた。
「聞こえますか、お嬢様。みなさん、お嬢様を賞賛していますよ」
「あれもお世辞よ。さすがに公爵令嬢相手に不細工なんて言える輩は、いないでしょうから」
「そうは思えませんけどね」
アリアのアーサーズ公爵家はこの街を取り仕切っている領主でもある。
なので彼女の顔も広く一般市民に知れ渡っているんだろう。
それにアリアは誰に対しても気さくで、庶民からの人気も厚い。
まさしく理想の貴族様といったところか。
「それにみんな、わたしだけを見ているようじゃないようだけど?」
「え?」
言われて初めて気が付いた……といったような反応をしておく。
「隣を歩いている男は誰なんだ!? まさかアリア様もとうとうご婚約されたのか?」
「そんな話は聞いてないんだがな。しかしメチャクチャ、イケメンだな。アリア様の婚約者と聞いても納得してしまうくらい」
「素敵……私もああいう彼氏が欲しかったわ」
男女関係なく、俺にも視線が殺到している。
ここまでジロジロ見られれば、当然俺だって気付く。
敵意あるものは一つもなかったので、気付かない振りはしていたが。
「まあ……自分も平均よりはちょっと上の容姿をしている自覚がありますから」
「ちょっとどころじゃないわよ。天と地くらいの差があるわ」
上機嫌のアリア。
ここまで機嫌がいい彼女を見たのは初めてかもしれない。
「その話はいいでしょう。そんなことより、お嬢様。今からどこに向かわれるので?」
アリアからは「街に出掛ける」としか聞いていない。
ただぶらぶら散歩するだけとは思えないし、なにか目的があってもおかしくないはずだ。
しかし。
「減点ね」
とアリアは唇を尖らせた。
「はい?」
「まあいいわ。わたし、演劇が見たいと思ってたの。丁度街で話題になっている劇があってね。今からそれを見にいきましょう」
俺の疑問にも答えてくれず、アリアは先を歩いた。
「待ってください、お嬢様。そんなに早く歩かないでください」
頭を掻いて、俺は彼女を追いかけるのだった。
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