2・次なる任務は『執事』
勇者パーティーを追放された後。
俺は久しぶりに元の組織に帰ってきた。
「帰ったぞ」
俺は到着するなり首領の部屋に行き、彼女に声をかけた。
「おお、ジスラン!」
彼女は俺を目にするなり、まるで子犬のように駆け寄ってきた。
「久しぶりだな。俺が勇者パーティーに入ってからだから……丁度一年くらいか?」
「うむ! うむ! そうじゃな。ジスランがいなくて、儂は毎日寂しかったぞ」
俺に抱きつき、溶けたような表情をする首領。
彼女は一見、可憐な少女にしか見えない。
東方の国ではよく着られている着物を身につけ、その小柄な体格とは裏腹に妖艶は雰囲気を醸し出している。
こんなにはしゃぐものだから、着崩れている。着物の隙間から見える豊満な胸の谷間を前に、視線のやり場に困ってしまった。
「それで……ここに戻るまでにあらかじめ連絡したが、勇者パーティーから追放されてしまった。これが追放通知の書類だ」
「おお……これか」
彼女はそれに目を通すなり、怒りを露わにした。
「なんということだ! あの勇者パーティーがまともに旅を続けられているのは、ジスランのおかげだと言うのに! あやつらは自分の実力も分かっておらぬのか!? ジスランがいなければ、あっという間に魔物に食い殺されてしまうに違いない!」
「間違いないな」
そうやって彼女が怒ってくれるだけでも、俺もちょっとは気が晴れるというものだ。
彼女……首領は俺が所属している暗殺者組織『シャドウ』のリーダーである。
ここは優秀な暗殺者を何人も抱え、任務に応じてそれを派遣し、成功すれば依頼主から報酬を得る。
そんな組織だ。
そのリーダーである首領から、俺はやたらと気に入られていた。
それはシャドウの中で、俺が結構な古株で、一番優れている暗殺者という評価を受けているからなのかもしれない。
とはいえ、これだけ溺愛されている俺ではあるが、首領の本当の名前は知らない。
もしかしたら、最初から名前なんてなかったのかもしれないが、なんせここは暗殺者組織。
万が一首領の本当の名前が一般に流通してしまえば、色々と不都合も多いんだろう。
ゆえに首領の名前は俺だけじゃなく、誰も知らなかった。
「メチャクチャな任務だと思ったが……まさかこんな呆気ない終わり方だったとはな。まあ、あちらの都合で追放されたんだから、違約金は発生しないはずだ」
「その通りじゃ」
首領は頷く。
もう一度繰り返すが、俺の任務は「勇者パーティーに所属し、影から彼らを支えること」であった。
俺の都合で勝手にパーティーから抜けることはダメだったが、あちら側からの追放については、特に違約金が定められていない。
だから勇者から追放を言い渡してくれて、ある意味幸運だったのかもしれないな。
「それにしても……神託を受けた勇者ってのは、そんなに偉いもんかねえ。あいつら……特に勇者は平凡も平凡。魔王なんて討伐なんて出来やしないぞ」
「儂だってそう思う。しかしこの国は勇者伝承を大切にしている。勇者以外が魔王を討伐することは、許されなかったのじゃ」
「だから俺が暗躍し、勇者たちに華を持たせる……そういう話だったよな」
「そうじゃ。まあ権力闘争というヤツじゃな。勇者以外が魔王を討伐することで、不利益を被る貴族や王族がこの国には多いということじゃ」
「なんて非合理的な……」
そのことに呆れることもあるが、特に口を挟もうとも思わない。
何故なら、俺たち暗殺者はそういうものだからだ。
依頼主からの依頼を受け、それを遂行する。
余計な理由や心情を挟む余地はどこにもない。
「…………」
俺が溜め息を吐くと、首領が気まずそうに視線を落とした。
こいつがこういう顔をする時は……。
「なんだ? 俺に言いにくいことでもあるのか? まさか……また権力闘争に巻き込まれるような、面倒臭い任務があるとか?」
「!!」
俺の言ったことに、首領の肩がビクンッと跳ねる。
「その通りじゃ……ジスランにしか頼めない依頼となっておる。しかし無論、断ってもらってもいい。ジスランの組織への貢献度は飛び抜けておるからな。それくらいのワガママ……」
「問題ない。どういう任務だ?」
首領が全て言い終わらないうちに、俺は質問を投げかけていた。
どんな依頼であろうと、頼まれれば全力で挑む。
それが俺の暗殺者としてのモットーだった。
俺が返事をすると、首領はパッと表情を明るくし。
「う、うむ。次のジスランの任務地は、とある公爵家。そこで執事として潜り込み、そこの公爵令嬢を探って欲しい」
「執事?」
思わぬ返答に、つい間抜けな声を出してしまった。
「もう少し詳しく聞かせてくれ」
「うむ、実は……」
首領はゆっくりと語り始めた。
その公爵令嬢をつけ狙う黒い影が見え隠れしているらしい。
しかも、ただのストーカーされて困っているのではなく、場合によっては暗殺の危険性すらあるということだった。
俺の今回の仕事は、そんな公爵令嬢を護衛しつつ、彼女たちをつけ狙う黒い影について調査をする。
……とのことだった。
「それで執事……ってわけか」
「そうだ。まさか正直に『暗殺者でーす』といって、潜り込むわけにはいかぬだろう」
「まあな。でもそれだったら、わざわざ執事じゃなくてもいいんじゃないか? そのお嬢様の専属護衛ってことにした方が、話が早くないか?」
「その公爵令嬢が狙われていることは、公爵家も知らない。それなのにいきなり新しい護衛役を雇うとなったら、なにか変に勘付かれて不思議ではない」
「それなら伝えた方がよくないか? お宅のお嬢さん、命を狙われていますよーってな。それとも……それすら知られてはいけないってことか?」
「うむ」
首領は短く返事をする。
それ以上、このことは詳しく話す様子はなかった。
「それに……あの公爵家では執事が護衛を兼ねている。こういう事情もあって、執事が最適なのじゃ」
「まあそのお嬢様を狙っている……かもしれない連中にとっても、執事ってことにした方が無難かもしれないな」
相手を無用に警戒させてしまうのは、暗殺者として二流だ。
「だが、どうしてそのお嬢様は狙われているって思うんだ? しかも暗殺の危険性……って。なにも分かっていないのか? ──ってそれを俺が探るってことか」
「その通りじゃ」
やはり首領はそれ以上話してくれそうにない。
しかしそのことを俺は不審がったりしない。
首領が話そうとしない以上、今の俺には知る必要のない情報だと判断されているからだ。
ならばどれだけ聞いても教えてくれないだろう。
いつものことだった。
「あらためて聞く。依頼を請けてくれるか? もちろん、お主が嫌だと言えば……」
「何度も言わせるな。なにも問題はない。依頼を請けよう」
迷わず即答する。
すると彼女はパッと顔を明るくした。
ちょっと特殊な任務だと思う。
暗殺者だということをなるべく知られず、その公爵令嬢を守らなければならない。
しかし今まで俺がやってきたことと、なんら変わりがない。
裏で暗躍し、本当の任務を遂行する……というな。
「助かる。いつもジスランには世話になるな。儂としては、もうちょっとジスランと一緒にいたかったんじゃが……」
指を咥える首領。
勇者パーティーの一員かと思えば、今度は執事……大忙しだ。
この依頼にも色々ときな臭いものを感じる。
首領の語った理由が、全てというわけではないだろう。
しかし俺には首領に拾ってもらった恩義もある。
彼女の頼みを断ることは、俺としては有り得ない。
「あっ、そうだ」
俺は彼女にこう問いかける。
「その公爵令嬢の名前ってのはなんなんだ? さすがに名前くらい知っとかないと、やりにくいんだが……」
「ああ、そうじゃった」
首領はハンカチをしまい、公爵令嬢の名前を告げた。
「アリア・アーサーズ。それが彼女の名じゃ」
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