18・監視役
「やはり気付いていたか」
出てきた女性──サンドラはふてぶてしい態度を続ける。
俺に指摘されても、動揺している様子はなかった。
「当たり前だ。そもそも本気で隠すつもりもなかっただろ?」
「まあお主に気付かれないようにするのは、少々疲れるからな。無駄な力を使いたくない」
「効率重視ってことか」
「そういうことだ」
頷くサンドラ。
──サンドラ。
彼女は俺が所属する暗殺者組織『シャドウ』の仲間である。
一見小柄で、吹けば飛んでしまいそうな可憐な少女だ。
しかし彼女の見た目に騙されて、油断していては足下をすくわれる。実際、それで何人もの敵が彼女の前に後塵を拝した。
シャドウで一番偉いのは言わずもがな、首領だ。
そしてその下に八角と呼ばれる暗殺者たちが連なる。
八角では頂点、二角、三角、四角……と頂点だけはともかく、その他は数字が大きくなっていくごとに、暗殺者としての能力が高くなっていくとされる。
その中でもサンドラは七角である。
八角の中でかなり下の方じゃないか……となにも知らない者が聞けば思うかもしれないが、八角以上の暗殺者は、はっきり言って化物の一言。
油断は出来ない。
「怒るか?」
シャドウ七角のサンドラは、表情一つ変えずに俺に問う。
そんな彼女に俺は肩をすくめ。
「……いや、こうやって俺が任務をしくじった際の保険の意味も込めて、監視役を置くのは特段珍しいことでじゃない。お前が陰湿なのは知っていたしな。だから監視役によく抜擢される」
「陰湿とはまた人聞きが悪い。これも効率を重視した結果だ」
腕を組んで、不遜な態度を続けるサンドラ。
この少女、やたら効率という言葉を使う傾向がある。
俺から言わせたら、こいつの行動もあまり効率的じゃないと思うが……まあ彼女なりに気に入った言葉なのだろう。
この前には『混沌』という言葉をよく使っていた。
彼女なりのマイブームがあるみたいだ。
「あと、もう一つ。首領から承った任務がある」
「ん、なんだ?」
「お前がそこで眠っている公爵令嬢に手を出さないか……を見張る役目だ」
「……はい?」
寝息を立てているアリアに指を向け、サンドラは顔を歪めて言った。
ちなみにアリアには軽い睡眠魔術をかけている。
途中で起きて、このやり取りを聞かれると厄介だからな。彼女には悪いが、これも仕方がない。
「嘆かわしいことだ。先ほどなど、逢引しようとしてたではないか。護衛や暗殺対象に恋愛感情を抱くな、とあれほど首領から教わってきたというのに……全く、思春期のオスはみんな獣同然だな」
「おい、ちょっと待て」
「このことは首領にも報告させてもらおう。組織に帰ってから、せいぜい怒られてろ」
「……頼むから、やめてくれ」
俺は両手を挙げ、降参の意を示した。
サンドラの誤解とはいえ、このことが首領に伝わったらどうなる?
たちまち首領の怒りに触れ、一週間彼女の頭をナデナデし続ける刑に、俺は処せられてしまうだろう。
一度やったことがあるが、あれは手が痛くなるので嫌だ。
「まあそんなことより、サンドラ」
「そんなことより、で済まされる問題でもないと思うが」
「お前が俺を見てたなら、今日起こったことは知っているだろう? 特級魔物のことだ」
まだ納得しきれていないサンドラを無視して、俺は勝手に話し始める。
「どうしてあんなところに特級魔物が出やがる。それにヤツは匣から生まれたと言っていたぞ。やはりこれは……アリアを狙ったものだと思うか?」
「アリア……その公爵令嬢のことだな」
一転。
サンドラの声音が真剣味を帯びる。
「私も任務の内容を全て聞かされているわけではない。首領ならなにか知っていると思うが……どうだろうな。遭遇した特級魔物の体の一部でもあったら、組織に持ち帰って調査することが出来るんだが」
「ならさっさと調べてくれ」
そう言って、俺は収納魔法から特級魔物の体の一部を取り出し、サンドラに放り投げた。
それをサンドラは片手でキャッチする。
『おいっ! なんで収納魔法なんかに閉じ込めやがんだ! あの狭い匣の中からやっと解放されたっていうのによ。これは人権侵害ならぬ、魔権侵害だ。訴えて……』
「おい、黙れ」
『あ、はい』
俺が睨むと、特級魔物──ボイヴァンは口を噤んだ。
「やはりあの執事長に渡した特級魔物はダミーだったか」
「まあな」
いくらセバスを信頼しているからといって、俺が特級魔物の一部なんていう貴重なものを、みすみす渡したりしない。
セバスに渡したものは、昼間倒したキラーアントに擬態魔術をかけてこしらえたダミーなのだ。
そもそも核がなくならない限り、時間経過で特級魔物の意識が消滅することなど有り得ない。
だから。
「アリアにはあれほど、特級魔物っていうのがどれほど異質な存在か伝えていたのにな。それが分かれば、俺の言ったことが嘘っていうことに気付けたはずだ」
「一応ヒントは与えていたわけか。優しいな。そして……意地悪だ」
とサンドラが俺の悪口を吐く。
「よかろう、これは組織に一旦持ち帰って分析に回しておこう」
「なにか分かったら、報告してくれよな」
「すると思うか?」
「全然」
俺は苦笑する。
これも今まで通り。
俺に知る必要がないと組織が判断したら、どんなに重要なことでも知らされることはない。
それが俺たちの縛り。
「では、小一時間ほど監視を解くぞ。なにかあったら、魔導具で通信してこい」
「お前、なんか蝙蝠みたいな従魔がいただろ。あいつに持っていかせたらいいじゃねえか?」
「私の神経を何度も逆撫でするな。そんなこと聞かずとも、分かっているだろう? これはただの魔物ではない。特級だ。一部だけとはいえ、道中でなにか仕掛けてこないとも限らない」
「違いない」
それにこいつは監視を解くとは言っているが、監視役がサンドラ一人だけとは限らない。
こういう事態があった時のために、もう一人くらいは俺の監視役がいてもおかしくなかった。
まあこういうことは慣れ慣れなので、今更それを探ったりしないけどな。
別に監視されているからといって、そいつは俺の敵なわけじゃない。味方なのだ。
「お主は引き続き、令嬢の護衛・調査に務めろ」
「少しは心配してくれないのか? 俺、勇者パーティーの時からろくに休みを貰ってないんだけど?」
「なにを言う。お主なら、これしきのことを余裕だろ。なんせお主は……歴代最年少でシャドウ八角の頂点に立った男だからな」
そう言って、サンドラは姿を消した。
「……色々きな臭い香りはするな」
勇者パーティーの頃から比べると、随分楽な依頼だと思った。
しかし特級魔物なんか出てきやがる。この件は勇者パーティーの時より複雑で、そしてさらに面倒なものになるだろう。
「まあ明日のことは明日考えればいい。俺は自分の部屋に戻って、さっさと寝させてもらうか」
と俺は呟き、アリアに布団をかけて部屋を後にするのであった。
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