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17・アリアの恐怖、ジスランの過去


「今夜は一緒にいて」

「はあ?」


 予想だにしていなかった言葉に、俺は思わず間抜けな声が口から漏れてしまった。



 ──このお嬢様はいきなりなにを言い出しやがる!



 アリアの大胆の行動に、俺は混乱していた。


「……お嬢様。その言葉の意味を理解して言っているのですか?」

「理解?」


 首をかしげるアリア。

 ちくしょう、可愛いな。


 だが、彼女は意味が理解出来ていないようである。今まで男性とそういう関係になったことがないのだろうか? だから男慣れしていないと。


「ま、まあ取りあえず、今回のことは聞かなかったことにします。私はこのまま部屋に帰りますので、お嬢様もお一人で……」

「嫌よ!」


 踵を返そうとすると、アリアに腕を掴まれグイッと引かれた。

 そしてアリアの部屋に俺が足を踏み入れたかと思うと、彼女はそのまま扉を閉めてしまったのだ。


「お戯れはやめてください。こんなこと、他の誰かに見られたらどうなると思いますか?」


 特に執事長のセバスなんかに見られたら、大変なことになりそうである。

 またあの小杖ステッキをどこからともなく取り出して、首元に突きつけられないとも限らない……。


「お嬢様がなにを考えているか分かりませんが、ここから……」

「怖いの」


 俺がアリアを説得しようとすると、彼女は顔半分を枕で隠した。


「怖い?」

「うん。今日のことが頭にこびりついちゃって……一人じゃ寝られそうにないの」


 今日のこと。

 言わずもがな、特級魔物のことであろう。


 敏感な人間なら、特級魔物の魔力にあてられただけでも恐怖で体が動かなくなる。

 強い魔物との遭遇がトラウマとなり、その者の心を深く長く蝕むことも多々ある。

 彼女がこう言うのも仕方のないことである。


 だが。


「……心配いりません。特級魔物は倒しました。それにもう一度襲ってきたとしても、私がアリアお嬢様をお守りします。あなたに危険が及ぶということは、万が一にでもない──」

「ち、違うわ! わたしは自分が死ぬことを恐れているわけじゃない。ただ……あなたが心配なの」

「私?」


 思いもしないことを言われ、つい聞き返してしまう。


「どういうことでしょうか」

「あなたが強いことは分かったわ。でも……だから無茶をするんじゃないかって。わたしのために、誰かが死ぬことは耐えられないから。瞼を閉じると、あなたが血塗れになる光景が思い浮かんできて……寝られない」

「…………」


 言葉が出てこない。

 アリアは自分が死ぬことを恐れているのではなく、俺が死ぬことを恐怖しているのだ。


 俺みたいな平民なんて貴族のために死ねばいい……と考えている貴族も多い。

 そんな中でアリアの純粋な思いは、異質なもののように思えた。


 しかし……だからこそ美しい。


「ねえ、ジスラン。ちょっとお話しましょ。そうしたら、眠くなってくるかもしれないわ」

「……いいでしょう」


 溜め息を吐き、首を縦に振る。

 するとアリアはパッと顔を明るくした。


 ……まあ少しくらいなら付き合ってやろう。一応、ドアの前に結界魔術を張って、俺たちのことがバレないようにしておくか。まあ気休め程度にしかならないと思うが。


 アリアがベッドに腰掛け、俺はそのすぐ近くの椅子に座る。


「隣に座ればいいのに」

「そうはいきませんよ」


 そうなったら、俺も自制が効かなくなってしまうかもしれない。

 それほどアリアは美しく、魅力的な女性だからだ。


「ジスラン。どうしてあなたはそんなに強いの? ただの執事とは思えないわ。あなた、なにか嘘を吐いてない?」


 ジッと俺の目を見てくるアリア。


 まあ……一介の執事が特級魔物なんて倒せるわけがない。それは今日の戦いで一緒にいたエミーリアも。そして報告を聞いたセバスも思うことだろう。

 いずれはこうして問い質されることは想定していた。


 だから。


「……実は昔、冒険者をやっていた頃がありました。その時の経験もあって、私は強くなれました」

「やっぱりね」


 アリアが合点がいったような顔をする。


 ここで「いえいえ、ただの執事ですよ。嘘なんか吐いていません」と否定するのは、逆効果だ。

 ならばここは秘密を打ち明けた方が、アリアの信頼を勝ち取ることが出来るだろう。

 暗殺者だということはバラせないが、冒険者と言うだけだったら問題ないだろう。

 幸い、ちょっと前まで勇者パーティーに所属していたから、あながち嘘とも言えないしな。


「その時のランクは特級──だから特級魔物くらいなら、難なく倒せるんです」

「そうだったのね。今日の戦いを見ていたら、納得するわ。でも……そんなに強い冒険者となったら、実入りも大きいわよね? 地位や名誉も得ていたでしょうし、どうして冒険者を辞めて執事になったのかしら?」

「……殺し殺される冒険者稼業に嫌気がさしましてね。だから冒険者を引退して、知り合いの伯爵家で執事として働かせてもらうことになりました。そして今はアーサーズ公爵家で面倒を見てもらっている……ということですね」

「ふうん。殺し殺される冒険者稼業……ね。その時の地位を捨てて、執事になるくらいだから相当嫌だったのよね?」

「ええ。楽しいことなんてほとんどありませんでした。嫌なことばかりが思い浮かびます」

「…………」


 俺の話にアリアはじっと耳を傾けていた。


 冒険者ではないが──殺し殺されるという状況は暗殺者だって同じだ。


 今まで何人もの友人が目の前で死んでいった。

 友情を語り合った友と、翌日に殺し合いをしていたこともある。


 この世界は非情だ。

 嫌でも剣を振るわなければならない時もある。


 そんな世界で俺は這いずりながら、なんとか生きている。

 そんな今の状況を誇りに思う……とまではいかないが、こうして命があることくらいには感謝している。


「だからお嬢様、なにも心配はいりません。私は強い。冒険者としての経験もあります。だからあなたの前からいなくなることは、決してありませんから」

「その言葉を聞いて、安心したわ」


 アリアは胸を撫で下ろした様子。

 先ほどまで曇っていた表情が嘘のようだ。



 その後、俺はアリアとしばらく言葉を交わしていたが。



「……寝たか」


 アリアはいつの間にか目を瞑り、持っていた枕に頭を載せて静かな寝息を立てていた。


「全く。大したお転婆娘だ」


 俺はアリアをちゃんとベッドに寝かせてあげて、その上から布団を被せてあげた。

 その時、アリアの顔をじっと見ることになってしまう。


 透明感がある白い肌。花弁のような可憐な唇。

 こうやって見ているだけで吸い込まれてしまいそうになった。


 こうして暗殺者稼業をしていると、諜報活動の一貫で女性と一夜を過ごしたことは何度もある。

 しかしそれはあくまで仕事だからと割り切っていたため。

 本気で女性を好きになったことはなかったし、物語でよく嘯かれる真実の愛など、俺にはこれっぽっちも理解出来なかった。


 だが、そんな朴念仁の俺が惹かれしまうくらい、彼女には魔力めいた魅力があった。


「こんなにキレイなのに、無防備な女だ。これだったら悪い狼にペロリと食べられてしまうぞ」


 俺はアリアに吸い込まれるかのように、顔を──



「……いい加減、出てこいよ。最初から気付いてんだよ。お前だろ、サンドラ」



 ……彼女から逸らさず、姿も見えない()()()に声をかけた。



「やはり気付いていたか」



 するとなにもない空間から褐色で、手足がすらりと長い女性が突如姿を現したのだ。

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