16・特級魔物の危険性
あの後。
俺たちはアーサーズ公爵家の屋敷に戻って、セバスに森で起こったことを報告した。
「な、なんだと! 特級魔物が現れただと!?」
さすがにセバスもこれには驚いたのか、そう取り乱した。
「今まであの森でそういった強い魔物が出現した……という話は聞いたことがありますか?」
「一度たりともない。そもそも三等級以上の魔物ですら、聞いたことがなかったのだから……」
思案顔のセバス。
「そ、それだけでも驚きなのに、ジスラン! 貴殿は特級魔物に勝ってしまったというのは本当の話なのか?」
「はい、間違いありません」
「ジスランったら、すごかったのよ! あんな強そうな魔物をシュバババッて倒しちゃったんだから! ……まあ最後の方はよく見えなかったけど」
横からアリアが興奮した面持ちで口を挟んだ。
「本当に……貴殿はすごい男なのだな。計り知れん」
「お褒めに預かり光栄です。そんなことより、セバスさん」
「『そんなことより』……と軽く流す貴殿にも戦慄するが……言おうとしていることは分かる。どうして森に特級魔物が出たのか、という話だな」
セバスに言葉に、俺は首を縦に振る。
人々が街の外でよく目にするのはせいぜい三等級までだ。三等級の魔物が一体でも出れば、大騒ぎになる。
四等級ならなんとか逃げられることくらいは出来るかもしれないが、三等級相手には無謀だ。
それなのに二等級、一等級を飛び越えて特級だ。
これは明らかな異常事態。
しかしセバスは暗い表情をして。
「分からぬ……これは最早、私だけで解決出来る問題でもない。すぐに主人様に報告を上げ、そしてそこから冒険者ギルドに話がいくだろう。もしかしたら、王族の耳にも入るかもしれん」
「まあ、そうでしょうね」
特級魔物が現れたというのは、そこまでしてもまだ足りないくらいの一大事だからな。
「なにか思い当たることはないか? もしくは特級魔物が身につけたものの一部を持って帰っているとか……」
「ええ、二つともありますよ。まずは思い当たることから話し始めますね」
「た、頼む!」
前のめりになるセバスを前に、俺はゆっくりと語り始めた。
「まずは特級魔物の出所について。ボイヴァンという名前だそうですが──ボイヴァンは匣から生まれたと言っていました」
「匣!? ということは人為的ななにかだと?」
「そこまでは言っていませんでしたが、そう考えるのが早いでしょうね」
「ちょ、ちょっと!」
セバスと話していると、アリアが割り込んできた。
「森にいる時も言ってたけど、その匣ってのはなんなの? 説明しなさい、ジスラン」
「もちろんです」
俺はアリアに匣のことを話す。
匣というのは簡単に言うと、魔物を閉じ込める箱のようなものである。
封印と言った方が分かりやすいかもな。
そういった匣を人間は開発した。
どうしてこの匣が生まれたのか。
一つはその場にいる人間では、魔物を倒すことが出来なかったからだ。
だから匣に閉じ込めて、そいつを倒してくれる人物が現れるのを待とうと。
そしてもう一つは、匣の中に封印した魔物をいつでも召還するため。
匣には様々な形状があるが、多くは持ち運び可能なものである。
そしてなんらかの条件で匣が開き、中の魔物が解放される。
「つまり……その匣を使えば、魔物を武器として使うことが出来るってわけね」
「そんなに簡単にいきませんけどね。匣に閉じ込めたからといって、その魔物が言うことを聞いてくれるとは限りません。ただ……そういった匣の特性を利用して、軍事利用しようとする輩がいるのは事実です」
「そうだったのね……だったらあの特級魔物も、誰かがそうやって利用したというわけ?」
「そういうことも考えられる、という話です」
しかし倒せないからといって封じ込めたのに、匣を森に放置したままにしておくのは明らかに不自然だ。
ならば俺たちが通りかかるのを見計らって、匣を開放。特級魔物を世に放ったと考えた方が辻褄が合う。
「だが、もしジスランの言った仮説が当たっているなら、誰がなんの目的でそんなことを……」
セバスは独り言を口にして、一頻り考えているようであった。
俺はそんな彼を尻目に、アリアの横顔を見た。
──場合によって、公爵令嬢は暗殺される可能性もある。
当初この依頼を受けた時、所属している暗殺者組織の首領はそんなことを口にしていた。
元々、俺の任務も執事としてアーサーズ公爵家に紛れ込み、アリアを護衛しながら身辺を探ることであった。
……ならば今回の特級魔物騒ぎはアリアの命を狙ったためだと?
ならば匣のことといい、さらに辻褄が合う。
「なによー、ジスラン。さっきからわたしの顔をジロジロ見て」
「いえいえ、キレイな顔だと思っただけですよ。思わず見惚れてしまいました」
「……っ! そんなこと、さらりと言わない!」
アリアが顔を赤くして、俺の肩を押した。
「アリアお嬢様。ジスランと随分仲が良くなったようですね。もしや……」
「ええ。彼が強いことも分かったし、これからわたしの専属執事をしてもらうことになったわ」
「そ、それはなによりですっ! アリアお嬢様がそうおっしゃってくれて、このセバス。安心しましたぞ」
胸を撫で下ろすセバス。
「あっ、それからセバスさん」
俺は収納魔法でおさめていた特級魔物の体の一部を出して、セバスに預けた。
「こ、このくしゃくしゃなものは?」
「先ほど言っていた特級魔物の体の一部です。これも一緒に主人様……そして冒険者ギルドに渡してください」
「ひ、ひっ!」
セバスは慌てて、特級魔物の体の一部を床に落としてしまった。
「ジ、ジスラン。それは危険すぎないかしら? さっきまでこの特級魔物、こんなんになっても喋れてたし……」
アリアの震えた声。
「ああ、それについてはもう大丈夫です。時間が経過してしまったことにより、もう完全に死んだみたいですから。なのでそれはもうただの屍の一部。なにも心配はいりませんよ」
「そうだったらいいんだけど……」
腑に落ちない様子のアリア。
うむ……勘もいいな。
しかしこっちはこっちでやりたいことがある。今はこれで納得してくれ。
「さあさあ、アリアお嬢様。もうこんな時間です。お食事にしましょう」
これ以上追及されても面倒臭いので、俺はパンパンと手を叩いて彼女にそう告げた。
「……正直、あまり食欲がないんだけど」
「食欲がなくても食べなければなりません。栄養を付けないと、美容にも悪いですよ?」
「そういうものなのかしら? まあいいわ。このまま寝ることも出来ないし、ご飯にしましょ」
とアリアは言い、食堂に向かって歩いていった。
「ではセバスさん。後のことはお任せします」
「うむ。ジスランもお嬢様を任せたぞ。お嬢様はああ見えて、怖がりなのだ。傍にいてやってくれ」
「はい」
俺はアリアの後に付いていくのであった。
● ●
食欲がないと言っていたアリアだが、いざ料理を前にするとものすごい勢いで食べ出した。
『急にお腹が空いてきたわ』
と満足そうな顔のアリアは可愛らしかった。
そして晩ご飯も終わり、アリアは自室へ戻っていき──俺も割り当てられた自分の部屋でくつろいでいた。
「……ふう。まさか特級魔物が現れるなんてな。さすがに予想だにしていなかった」
と一息吐いていると。
チリンチリン。
鐘の音が聞こえた。
「アリアだ」
あらかじめ、彼女には鐘を渡してある。
なにか用があったら、これを鳴らしてくれと。
「さっき別れたばかりだというのに……仕方ない、行くとするか」
重い腰を上げ、アリアの部屋の前まで向かった。
「アリアお嬢様? ジスランです。どうかされましたか? こんな遅い時間に……」
ここから先は乙女の部屋だ。一執事である俺が入るわけにもいかない。
だから扉ごしに話しかけのだが……。
「ジスランっ!」
ドタドタと足音が聞こえ、扉が開いたかと思うと……そこからアリアが顔を出した。
しかも彼女はパジャマ姿で、両手には枕が抱えられている。
「お、お嬢様。はしたない姿で人前に出ないでください。さあ、一旦扉を閉めて……」
「ねえ、お願い」
彼女は泣きそうな顔で、枕をギュッとさらに強く握りしめて、とんでもないことを宣ったのだ。
「今夜は一緒にいて」
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