14・わたしの傍にいて
アリア視点です。
最初は変なヤツだと思った。
『私はこれから命を賭してでも、執事としてあなたを守ってみせる』
彼──ジスランはアリアに真剣な目をして、そう言ってのけた。
キレイな瞳だった。
だが、不思議なことにその瞳の色は奥深く、全ての事象について達観しているような……そんな印象を抱いた。
きっとこの人は、今まで色々なことを経験してきたんだ。
その中には純粋でキレイなものではなく、不純で汚いものもある。
でも彼はそれから逃げず、業を背負って生きている。
ジスランを見て、アリアはそんな風に思った。
それからアリアは彼のことが気になって気になって仕方がなかった。
(なによ、あいつ! 初対面の女性にそんなことを言うなんて! どうせ軽々しく言ってるに違いないわ。そう言って、女の子を誑かしんでいるんだ)
ジスランに薔薇の束をプレゼントされても、アリアはそう自分に言い聞かせた。
あの甘いマスクである。
今まで泣かせてきた女は数えきれない……と思う。
アリアは公爵令嬢だ。
当然今まで、目を見張るような美男子なんていくらでも見たことがある。
単純な顔のキレイさだったら、ジスランよりも上はいるだろう。
しかしジスランはそれだけではない。
アリアが今まで出会ってきた薄っぺらい男とは違う、誰にも言えないような謎を抱えているように思えるのだ。
そのことがさらにアリアを混乱させ、彼女はいてもたってもいられない気分になった。
そんなジスランはアリアの専属執事になりたいらしい。
セバスもいずれは彼を、自分の専属執事にと。
だが、アリアは過去のトラウマのせいで、簡単に頷くことが出来なかった。
だから。
『そうね……少なくとも、あたしの専属執事なら強くないとダメ。それも生半可な強さじゃダメ。どんな敵や魔物が現れても、負けないくらいに強い執事。それが出来れば、あなたをあたしの専属執事にしてあげてもいいけど……』
だからそんな無理難題を言って、彼を自分から遠ざけようともした。
こうすればアリアが許可しない限り、ジスランは自分の専属執事になれない。彼を遠ざけるにはもってこいの手段だと思った。
セバスはそれならと、街外れの森で魔物狩りをしてもらうように提案した。それならジスランの強さも分かると。
正直、逃げ出すと思った。
いくらイケメンで仕事が出来ようと、魔物の相手なんて出来ないだろう。
すぐに白旗を上げて、自分の専属執事になることを諦めるに違いないと。
薄っぺらい男ならそうしていただろう。
しかしジスランはそうじゃなかった。
『私も問題ありませんよ。魔物を狩り、お嬢様を驚かせてみせましょう』
と表情一つ変えず即答したのだ。
(分かっていた──ジスランがそんな軽薄な男じゃないってこと。それなのにわたしはなにを考えていたのかしら?)
いっそのこと、彼を自分の専属執事にしてしまえばいいのではないか。
いつまでも過去のことを引きずっていられないし、彼はセバスが認めた男である。
専属執事になってもらった方が、自分の得にもなるだろう。
(ダメよ。ジスランを見ていたら、胸がざわざわするんだもの。このままじゃ、またあの人の二の舞。わたしには専属執事なんて必要ないんだからっ)
そう彼女は心の中で首を横に振った。
どれだけジスランが強くても、絶対に認めない。
彼女はそう誓った。
そしてアリアたちは魔物が棲息する街外れの森に出掛けることになった。
その際のジスランの戦いっぷりは圧巻の一言である。
キラーアントの群れに対しても、あっという間に倒してしまったので、正直なにが起こったか分からない。
ジスランが強いことには間違いなさそうだ。
規格外の力の持ち主だ。
だが、アリアの心のざわざわは消えることがなかった。
(こんなんじゃ、まだダメ! わたしの専属執事なんて任せてられないわ!)
ジスランの強さを目の前にしても、アリアの考えは揺らぐことがなかった。
そんな彼女らの前に、異形の魔物が現れる。
『やはり特級魔物でしたか』
特級魔物。
大都市を一個滅ぼすことが出来るほどの力を持った魔物。
そうジスランは説明してくれていた。
大変! すぐに逃げないと!
しかし果たして、そう簡単に逃げることが出来るだろうか?
特級魔物の力がいかほどのものなのか、まだアリアにはピンときていない。
(で、でも……! せめてジスランとエミーリアだけは逃してあげなくちゃ。わたしはもう、自分の目の前で知り合いが死ぬのは耐えられないっ!)
そう悲壮な決意を抱いていたアリア。
しかしジスランは特級魔物を前にしても、涼しい顔をしてこう言ってみせた。
『人間の真似をした動物が頑張って喋っているのを見たら、微笑ましくなるのは仕方ないでしょう』
彼の挑発に、特級魔物も怒りを隠せないようだった。
それからのことは、今思い出しても信じられることが出来ない。
首を切られても生きているような化け物。
魔物とジスランは空に飛び立ち、戦いを繰り広げていた。
『ねえ、エミーリア。なにが起こってるか分かる?』
『いえ。全く分かりません、です』
地上に残されたアリアとエミーリアは、そんな会話を交わしていた。
しかし彼らは空で戦っているはずなのに、地面が震えていた。
そのことが戦いの激しさを物語っているようだった。
そしてやがて彼は地上に降りてきた。
どうやら戦いには勝利したらしい。
そして特級魔物とのやり取りを交わした後、アリアの前でこう片膝を付いた。
『何度でも言います。私は命を賭してでもあなたを守る。たとえ今日みたいなことがあっても、あなたを守ってみせましょう。だから言います。私を──あなたの専属執事にしてください』
彼はただの一介の執事だ。
しかし今のアリアにとって、ジスランが白馬に乗った王子様にも見えた。
(この人なら大丈夫かもしれない)
激しい戦いを繰り広げていただろうに。
彼は怪我一つせず、戻ってきた。
(この人ならわたしの前からいなくならないかもしれない)
遠い未来が見えた気がした。
だから彼女は意を決して、
『専属執事として、わたしの傍にいて』
ジスランの手を取った。
胸のざわざわは治らない。
それどころか、胸の鼓動がうるさく感じるほどになっていた。
これで一章は終わりになります。
まだ続きますので、
「次章も更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
次章、よろしくお願いします!