表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

八百万の神様はお怒りです! 三の神~ベンガミ~

作者: おむすびころりん丸

『八百万の神々』

この世の森羅万象には神が宿るとされてます。それは大地や大海のみならず、作物や塵一つに至るまで。


ここにある一人の神がおりました。

その名をトイレの神『ベンガミ』といいます。皆誰しも無くては困るものなのに、その扱いはぞんざいです。トイレの神様などに抜擢されようものなら、どの神様も顔をしかめることでしょう。

ですがベンガミ様は違います。彼はトイレの神であることに誇りを持っていましたし、汚くなってしまうこともそれはそれとして割りきっているのです。

ですがそんなベンガミ様が腹を立ててるご様子です。

神の怒りは大地の怒り、神罰が下るその前に、怒りを鎮めてあげましょう。



♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦



「お前、視界に入ると飯が不味くなんだよ」

「……え?」


 教室の隅で昼食をとる一人の少女を、四人の女生徒達が取り囲む。その鋭い目付きとは裏腹に広角は不自然な程につり上がっていた。一体全体少女は何か気に障ることでもしたのであろうか?

 いや、少女は何も悪いことなどしていない。無論少女を見れば飯が不味くなるなど、そんな訳もあるはずない。


 ただ……


 ただただ……


 女生徒達は少女に難癖をつけたいだけなのだ。理由なんてなんでもよかった。お昼の時間ならば弁当にかこつけて、体育の時間であればチーム分けにかこつけて、とにかく少女の行うことには何がなんでも文句を言った。いや、文句というのは違うかもしれない。文句は怒りから来るものなのだから。

 彼女らは微笑んでいる。楽しんでいる。であればそれはなんと言うのだろう?


 そう……


 いじめだ。


 少女はクラスでいじめを受けていた。ことのきっかけはなんなのだろう。きっと小さなことだったに違いない。だが当時は些細なことだとしても、今やそれは巨大な重圧となって少女の身体にのし掛かる。


「え? じゃねぇんだよ」

「飯が不味くなるから、とっとと教室から出てってくんないかな?」

「それとも、この前みたいに犬の真似して床のご飯でも食べよっか?」


「あ……ご、ごめんなさい……」


「お前いつもごめんばっかだな。他に何か言えねぇのかよ」

「無理無理ぃ! だってこいつは……」

「犬だもん……ね!」


 女生徒の中でもリーダー格の女は少女の机の上を払うように腕を振るう。その軌道にはもちろん、母親が少女の為にと毎朝丹念に作ってくれるお弁当があって……

 それが床の上にばら蒔かれると、少女は目に涙を浮かべて教室から走り去っていった。


「ちっ、誰が片付けると思ってんだよ」

「後できっちり締めてやんなきゃなぁ」



 数あるトイレの中でも音楽室近くに備え付けられたトイレ。ここのトイレはあまり使われることはない。どの学校にも少なからず怪談話というものがあるが当校ではここがそれに当たる。というより向かいの音楽準備室が呪われていると専らの噂で、このトイレはその二次被害にあったという訳だ。


 ぐすっ……ぐすっ……


 本来は怪談も何も無いトイレのはずだが、そんなトイレの奥の個室からひっそりと啜り泣く声が聞こえてくる。


 ぐすっ……ひっく……


 もちろん声の主はお化けでも妖怪でもない。実在する人間であり、先のいじめの被害者である少女。


「なんで、なんでなの。なんで私だけ……こんな目に……」


 いつからだろう……いつの間にか物が無くなるようになったのは

 いつからだろう……代わりにゴミが鞄に入るようになったのは

 いつからだろう……誰も私と話をしてくれなくなったのは

 いつからだろう……休み時間、トイレにいることが多くなったのは


 一人トイレの個室でさめざめと涙を流す少女。憐れなこの少女にもはや教室での居場所はない。この狭い個室が、広き学校の中で唯一存在を許される場所なのだ。


 ぐすっ……ぐすっ……


 だが……


 うぅ……ひっく……


 そんな最後の砦であるトイレも、この日を境に少女の居場所では無くなってしまう。


 ぐすん……うぅぅ……うわぁぁん……


「うるせぇえええ!!!」

「ひっ!?」


 狭きトイレに割れんばかりの咆哮が響き渡る。常日頃から怒声、罵声を浴び続ける少女。大声に対してトラウマを負った少女はその声に身体を大きく震わせ息を詰まらせる。そして絞り出すように、呪文を唱えるように、ある一つの言葉を繰り返し発し続けるのだ。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい……」


 一体何に対してのごめんなさいなのか。自分がいけないとか悪いとか、そんな事は二の次で。少女の口は開けば謝罪の言葉が溢れ出る。これもトラウマから生まれた悲しい条件反射だ。


「うるせぇって言ってんだろ! いや、だまれだ! まずお前はその口を閉じやがれ!」


 無意識でも謝罪を口にしてしまう少女。意識的に言葉を出さぬよう両手でその口を覆い塞ぐ。


「よし、ようやく黙ったか。じゃあそこから出てこい」


 何がなんだかよく分からないが、どうやら声の主は納得したようだ。そして幸いなのかどうかも分からないが、声質もいじめグループのそれとは違う。かなり高めの声であるが恐らく男性。少女は恐る恐る扉の取手に手を掛ける。

 先の通り声の主は恐らく男だ。少女は相手の視線に合わせるためにも、顎を上げてゆっくりと個室の扉を開くが……


 視線の先には、誰もいない。


 瞬間、少女はここがどういう場所だったかを思い出す。確か呪われた音楽準備室がすぐそこにある。噂では無念の内に亡くなった音楽家の魂が彷徨っており、自身の演奏を邪魔する騒がしい者を呪い殺すというもの。

 まさかその向かいであるトイレでうるさくしてしまったから、演奏の邪魔をしてしまったから、私は音楽家の霊に取り殺されてしまうのでは? そう感じた少女は途端に青ざめ身体が硬直する。

 だがそこにいたのは霊などではなく、霊より高尚で遥か高みに位置する者。


「どこ見てんだ。神様に対して頭が高ぇぞ」


 声の主、遥か高みの者は意外にも視線より遥か下に存在した。それは小柄な少女より更に一回りもふた回りも小さい……子供。

 だがその容姿は子供には似つかわしくない、狩衣に烏帽子とまるで神社の神主のような出で立ち。なぜこんな異色の子供がこんな場所に? それにそもそもここは女子トイレだ。


「君、どうしたのかな? ここは女子トイレだよ。男の子の君がなんの用事があるのかな?」


 神様と名乗ることや出で立ちやら、聞きたいことは山ほどあったが相手はなんせ子供だ。少女は涙を拭うと歳上らしい落ち着いた様子を演じて目の前の子供に優しく語り掛ける。


「俺か? 俺は便所の神様。通称ベンガミ様だ!」


 トイレの、神様……

 突然の話で頭が上手く回転しない。通常なら十中八九子供の言う冗談と見て取れるだろう。だがよくよく見ればその者の姿はうっすら透けており、それが常人ではないということだけは停止した思考でも理解できた。


「そしてこの俺に対してなんの用か、と言ったか!? そうだ、ここは用を足す場所だ。グスグス泣く場所じゃねぇんだよ! いいか、良く聞け。ここで立てていい音はな、便する音と水流す音、それだけだ! 用がねぇなら……とっとと失せろ!」


 突如現れては突然叱る。そんな怒涛の展開に状況判断よりも何よりも、少女の感性がまずこの場面に反応を示した。


「あ……あは……あはははははは!」


 突然堰を切ったように笑い出す少女。狂ってしまったのか、はたまた突然の展開に訳も分からず笑うしかないといったところだろうか。

 だが少女にはこの場で吹き出してしまう明確な理由が存在したのだ。


「なんだてめぇ! 何が可笑しい!?」

「あ、ごめんなさい……でも、怒られるって、怒られるのに理由があるのって、とってもいいことだなって……」


 何を言っているか分からない方も大勢いるはずだ。どこに怒られることを喜ぶ者がいるだろうか。もちろんそれは神であるベンガミですら不可解な話である。


「はぁ? 何言ってんだてめぇは……理由も無しに怒るバカなんているか!?」

「そうだよね、普通は……」


 素性を言えば神であるベンガミの方が遥かに不可思議な存在である。だが今この場に限っては、ベンガミの方が少女に対して奇っ怪な目線向けていた。


「私ね、クラスの女子達に毎日怒られてるんだ。でもね、怒られる理由が分からないの。

 今日はご飯がまずくなるって怒られた……

 昨日は声が耳障りって怒られた。

 その前は身体が臭いって怒られた!

 でもね、なんでそんなことで怒られるのか、私にはまったく分からないの!」


 そう、少女はずっと理不尽な怒りに耐えてきたのだ。理由なき怒りや忠告。そんなものはただの八つ当たりであり、暴言であり……いじめである。

 だからこそベンガミの怒りには理由があり根拠があり、それは八つ当たりでも暴言でも、ましてやいじめでも無かったのだ。それが少女には新鮮に見えた。誰しも嫌う怒られるということが、少女にとっては真新しい大発見だったのだ。


「バカかおめぇは! そんな理不尽をされて、なんで何も言い返さ……」

「そんなこと……できる訳ないでしょ! 言ったらどんな目に合うか……想像しただけでも恐ろしくて……

 そんなちっぽけな人間一人の悩みなんて、人の上に立つ神様のあなたに分かるはずなんてない!」

「………」


 負けっぱなしでいいのか? やられたらやり返せ。そんなことは強く逞しい人間のできることだ。そもそもそんな人間ならいじめになんてあうはずもない。

 人間は皆が皆強くはないのだ。何をされてもやり返せないし言い返せない者だっている。それをなぜ反撃しないのだ、と偉そうに非難する者は、仕返しできない者にとってのいじめっこだ。


「ちっ、何がなんだかよく分からねぇが……要はてめぇに難癖つける馬鹿女共を黙らせれば! おめぇは二度と用無しにはならねぇって訳だな!」 

「……え?」

「俺が許せんのはな、便所に用のねぇ奴だ! トイレは飯食うとこでも無ければ喫煙所でもねぇんだよ! どんな用途であろうと、用を足さねぇ奴は用無しだ!」


 これがベンガミの此度の怒り。ベンガミはトイレをトイレとして使う以上は寛容だ。多少汚したり、稀ではあるが個室に辿り付く前に漏らしてしまったとしても、それはトイレに用があって来た訳でベンガミは仕方がないと思っているし咎めることも無い。

 だが昨今トイレをトイレとして使わない者が多すぎる。トイレで飯を食べる者、タバコを吸う者、電話をし始める者。トイレをトイレとして使う者をベンガミは用を足すことからちなんで用有り、そうでない者を用無しと呼んでいる。ベンガミはそんな用無しの人間達に腹を立てているのだ。


「そしたらあなたが……あいつらを黙らせてくれるの? やっつけに行ってくれるの?」


 自らの非から生まれた出会いではあったが、これはなんという僥倖か。少女は期待を込めた眼差しをベンガミに向ける。だが……


「あ? 無理に決まってんだろ」

「え?」


 その答えはNO。

 しかもかなりあっさりと断られてしまった。少しの迷いがあったならともかく、このような即答では交渉の余地すらないだろう。

 愕然とする少女。だがベンガミの言う無理とは少女の言葉の全てに対して言ったものでは無かったのだ。


「顔を上げろ。いいか、何もお前を助けたくないって訳じゃなくて俺がそいつらをやっつけに行くのが無理って話だ。おめぇ今までに神が実体化して人に危害を加えたなんて見たことがあるか? ねぇだろ? 俺らはテレビや動画で顔出し放送なんてしねぇんだよ」

「そっか、見捨てられたって訳じゃないんだね。でも結局神様でも何もできないんだね。私を救えないんだね」


 神は闇雲に人間に危害を加えたりはしない。何が起ころうがひっそりと、ただ神の役割を全うするのみなのだ。

 だが一つだけ神が人間に危害を加える事象が存在する。それは……


「……いいか。神が人間に与えるのはバチだけだ。実体のねぇバチしか神は与えられねぇ」


 神罰。その名の下なら神は人間に危害を加える。もちろん神の役割に付随するもので無くてはならないので、単に気に入らないことであればなんでも裁くという訳にはいかないが。


「おめぇは俺に私を救えないんだね、といったな。何もできないんだね、とも。俺は口は悪ぃが悪ではねぇ。少なくともてめぇのことは不憫に思う。助けてやりたい気持ちも無くはねぇ。だがな、現状を変えたいならやはり自分も変わらなきゃならねぇ。神頼みはやることやりきった奴が最後にすがるもんだ。一人で戦えと無責任なことは言わねぇ。俺もおめぇと共に戦おう。

 だからてめぇも勇気を出して自分を変えろ! てめぇが奴らをバチ当たりにしたならよ。そうすりゃ俺が裁きを下す!」




 教室の引き戸が豪快な音を立ててガラガラと開く。その開いた扉の向こう、そこにはいじめグループを真っ直ぐに見据える少女の姿があった。


「お前、どこ行ってたんだよ!」

「てめぇの弁当くらいてめぇで片付けろよ」

「ま、アタシらが弁当箱ごとゴミ箱に捨てといたからよ! 感謝しとけ!」


「ご、ごめ……」


「あん?」


「……」


「なんかさぁ……」

「謝らなねぇと謝らねぇでムカつくなぁ」

「いつもみたいに謝れよ」

「バカみたいにごめんなさいごめんなさいって」


「…………」


「なんだよ」

「反抗的な目だなこいつ……」

「もしかして、怒ってんのか?」


 ぷ……

 あひゃひゃひゃひゃひゃ!


「怒ればビビるとでも思ったか!?」

「てめぇなんか全然怖くねぇんだよ」

「つぅか、二度とそんな反抗的な目ができないようにしてやるよ」

「じゃあ今から一緒にトイ……」


「トイレに行こうよ!」


「……は?」

「なんだよ、こいつ……」

「なんかマジにムカついてきたんだけど……」

「お前……マジで今日生きて帰れないよ」



 

 少女は決して謝らなかった。口癖である謝罪の言葉を意地でも口にしなかった。いじめグループの女生徒達は弁当の件で少しの調教をするつもりだったが、少女の強気な態度に予定を変えた。

 女生徒達と共にトイレへ向かう少女。行き先はベンガミの待つ音楽室近くのトイレだ。少女にとってもだが女生徒達にとってもこのトイレは使われることが少なく、『お仕置き』するには丁度良い。


「さ、着いたよ」 

「じゃあ望み通りトイレに来たんだからさ」

「アタシらの言う事も聞いて貰わないとね」

「とりあえずはじめは……」


「やめてよ」


「…………」


「もう二度と私にちょっかい出さないで、私に関わらないで!」


「…………」

「…………あ」


「あっはっはっはっはっはっ」

「あひゃひゃひゃひゃ」

「あひぃ……あひぃ……」


 簡潔に自身の要望を伝える少女。だがそれを聞いた女生徒達は何が可笑しいのか、気が狂ったかのように笑い始める。


「あぁ、笑った」

「うん、笑った笑った」

「もういいや」

「もういいよね」



 こいつ



 殺そ

 


 殺すという言葉。冗談レベルでは聞くこともあるかもしれない。イタズラをした友人に「お前まじ殺すぞぉ!」と笑いながら背を叩くような光景。だが使う場面と状況を選べば、それは日常で耳にする音とはまるで違う……本来あるべき狂気と恐怖を呼び戻す。


 少女の背筋は凍った。今までに散々酷い事をしてきた連中だ。加減など知らない底無しの悪意を持つ化物達。

 もちろん女生徒らは本当の本気で少女を殺すつもりはない。だが度を超えたレベルで痛め付けるつもりではいる。彼女らは人体について詳しいだろうか。どの程度まで人間が生存できるかなど知っているだろうか。そんなことを医師でも格闘技者でも無い女学生が知る訳も無い。殺意が無くとも、結果死に至る可能性だって大いにあるのだ。

 少女は真に命の危険を感じ恐怖で全身が震えはじめる。


「今ハサミ持ってる奴いる?」

「あー今持ってないわ、ごめん」

「じゃあん! 私カッター持ってるぅ!」

「なんで今そんなん持ってんだよぉ!」


 なんだか明るく楽しくも聞こえる会話。段ボールか何かを開封する時の場面で見れば、何の変哲もない日常会話。

 だけれども、これがもし人体を切り裂き抉り取る為の会話なのだとしたら、その笑顔は、その口調は……

 最早悪魔の取り憑いた狂気の宴としか言いようが無いだろう。


「…………あ……あぁ……」


 カチカチとカッターの刃を伸ばす女生徒。残る三名は暴れることを予見して取り押さえる為に両手を差し出す。


「今さら謝っても許してやんないからねぇ」

「もうズタズタにするのは決定事項だから」

「ついでに全裸にして写真も撮っとこ」

「血塗れ全裸の写真とかキモいおっさんに売れるかもねぇ」


 万事休す。最早少女に出来ることは何も無い。切り刻まれて、一生消えない傷を身体と心に残されて生きてゆき、そして失意のままに死んでいく。それが少女の運命。変えられない決められた悲しい運命なのだ。


 だが……


 この世にはただ一つ、運命を操ることができる者が存在する。それはこの世に実在する物体や事象ではなく……


 概念。


 神という概念は、変えることのできない人の運命すら覆す!


「助けて……助けてベンガミィイイイ!!」


「誰だよ! ベンガミって!」

「爆笑なんだけど!」

「てか待って!」

「こいつションベン漏らしてるよ!」

「マジ!? きったねぇ!」

「写真撮ろうよ写真!」

「学校中にばら蒔こ……」


「って、なんか臭くね?」

「まさかこいつ大の方まで漏らしやが……」

「いや、あいつの方からってか」

「どっちかってぇとお前の方から……」

「え……?」


 カッターを手に取るリーダー格の女は、恐る恐る自身の臀部に手を回す。


 ブニッ


「ぎぃぁああああああ!!!」


 それは、人肌ほどの温もりと柔らかさを持つ固体。自身の身体に収まりながら一度出れば二度と触れたくも無い誰もが生み出す老廃物。


「なんでよ! なんでアタシが漏らしてんのさ! 全然我慢してた訳じゃないのに!」

「アンタ……高校生にもなって漏らすとかありえな……って……ぎゃぁあああ!!!」


 再びの絶叫。どうやらツッコミを入れた彼女も漏れていたらしい。残る二人も同様の事態に気付き絶叫がカルテットを奏でていく。


「なんでアタシも漏らしてんだよ!」

「私も!」

「ちょっと意味分かんないだけど!」


 慌てふためき大騒ぎする女生徒達。失禁した少女を笑った彼女らは、たちどころに◯◯◯を漏らし阿鼻叫喚の地獄絵図となる。



「おい、笑ったな」



 響き渡る声。それは女生徒達の騒ぐトイレにではなく、脳内に直接響くような怒りに満ちた重々しい神のお告げ。


「ここは便所だ。用を足す所だ。こいつがションベンして何が悪い。便器には足せなかったけどな、俺は汚れることに対しては寛容だ。

 だがな、お前らはなんだ。便所でションベンする奴を笑うだと? あげく写真で撮影するだと? トイレは撮影不可の聖域だぜ。そこで写真を撮るなんてバチ当たりもんには……

 トイレ回りの悲劇を与えてやるぜぇえええ!!!」


 ベンガミの掛け声を合図に、洗面台に続く水道管からジェット水流の如く水が溢れだす。その水圧は強烈で、女生徒達をトイレの個室まで軽々と追いやり叩き付けた。


「お漏らしの次は水道管破裂。トイレの水回りには気を付けなきゃなぁあああ!」


 たった一つの狭い個室に四人がぎゅうぎゅうに押し込められる。こんな狭い個室からは早く出たいところだが。


 扉が……あかない?


 学校に備えられた質素な木製の扉。押し込められると同時に閉まったその扉は、まるで鋼鉄製の門のように固く閉ざされ女生徒達の脱出を阻む。


「トイレのドアが開かねぇ! これもトイレ回りの災難だぁああ!」


 パニックに陥る女生徒達だが、そんな中で忘れてはならないことが一つある。それは……


「つぅか……」

「さっきから便意がとまんねぇんだけど!」


 そう、このパニックのきっかけとなった便意のことである。それはこの大惨事が続く中でも変わらずに催し続け、今か今かと生誕の時を待っているのだ。


「ちょっとそこの便器よこせ!」

「いや、アタシもやばいんだって!」

「アタシも!」

「私だって!」


 狭い個室に備えつけられたたった一つの便器。それに群がるように彼女達は醜く尻を押し付けあう。さながらおしくらまんじゅうのような光景だ


「ちょっとどけよ!」

「ま、まじで漏れるって!」

「ほんと! アタシもう秒も持たない!」

「それは私もぉおおお!!!」


 ブ◯ィイイイイ!!!!


 トイレの中に人類史上最も汚いカルテットが響き渡った。


「ざっけんな!」

「てめぇのが付いたんだけどぉおおお!」

「ありえないありえないありえない……」

「オエェエエエエ!」


 個室の中は最早殺しあいにも発展しかねない修羅場と化す。だが何を始めるにしても、その前にまずやらねばならないことがある。


「とりあえず紙だ紙!」

「まずは拭かせてぇえええ」

「おい! 紙どこだよ!」

「確か私の背のこの辺に……」



 カランッ……


 

「か、紙がねぇえええええ!!!!!!」

 

「個室に紙がねぇ! トイレの悲劇の真骨頂だぁあああ!!!」


 今までに上げたトイレ回りのハプニングにおいて、この体験をしたことのある方が最も多いのではなかろうか。この時の絶望感は何にも勝る。


「つぅかあんだけ出たのに……」

「まだ便意が止まんねぇんだけど!」

「腸の体積超えてるっておかしいだろ!」

「と、とまらない……」



「ぎぃああああああああああ!!!」



 本日三度目の四重奏。此度の演奏は大長編になりそうだ。


「ぷ……ふふふ……あははははは!」


 はじめこそ呆気に取られていたものの、ここへきて少女の顔には笑みがこぼれる。


「あ? いきなりどうした?」

「だって可笑しいんだもん!」

「おい、用のことで笑うとお前も……」

「うぅん、違うの。だって私の尊厳を奪った者達が、悪魔より死神より恐ろしいと思っていた者達が、こんなにも小さくて弱くて、しょうもない人達だったなんて思うと可笑しいの! 彼女達は無限に広がる闇そのもので、私の世界はそんな闇の中に佇むトイレのような狭い個室だと思っていたけれど。狭い個室に閉じ込められていたのは実は彼女達で、私の世界は果てしなく広いものだった」


「くだらない! 本当にくだらない!」


 個室の扉の前に立つと、これまでの弱気なものとは思えないはっきりとした勇ましい口調で少女は言いたいことを言い放つ。


「お前らみたいな奴なんて、うんちまみれになってくたばっちまえ!」


「て……てめぇ、覚えてろよ……」


「忘れるもんですか! あんた達が仲良く四人でくそまみれになったことなんて! 覚えてろと言うのなら、忘れないようにみんなに言いふらしてくることにするわ!」


 今までの関係性から自身の立場をわきまえていなかった女生徒達。だが少女の言葉を聞くことで、置かれている境遇にようやく初めて気付くことになる。


「や、やめろぉおおお!」

「覚えとくなぁあああ!」

「忘れてぇえええ!」

「もういじめないから……お願いだから黙っててぇええ!」


「散々いじめておいて、やめたらそれでイーブンなんて甘すぎるよ! あんた達も私の気持ちをじっくり時間をかけて味わうことね!」


「いやぁあああああああああ…………」



 当分彼女らは個室から出ることは叶わないだろう。少女は自身の失禁の始末をした後、ゆったりとした足取りで音楽準備室前のトイレを後にする。


「お前、けっこうえげつねぇなぁ」

「当然の報いだよ。私をいじめたバチが当たったんだね」


 バチを与える者に対してこの言葉。まさしく自身が裁きを与えうる者とも聞こえるような発言だ。


「は! 言うなお前! まぁこの様子なら今後は余計な音は聞かずに済むぜ。やはりトイレの音は便する音と水の音、これだけに限る……」


「紙の音も、だよ」


「あ?」

「用を足す音と水の音って言ったけど、紙も音を立てていいんだよ、トイレの中では」

「……そりゃあそうだな!」


 ベンガミは少しの間を置いて少女の言葉に答えた。

 ちなみにベンガミには許せる音というものが実はまだ存在する。それは……


「ちなみにそれを言うなら化粧の音もだぜ? 化粧室ともいうからな。おめーは化粧を学んで、さっさといい女になりやがれ! 俺はな、綺麗な女と用足してすっきりした奴の顔が好きなんだ。泣き顔なんて二度と見せんな!」


「うん、もう泣かないよ。あと……トイレは綺麗にするね」


「寛容ではあるがそうしてくれると助かるぜ! 神はな、バチを与えるが恵みも与える。トイレを綺麗にする奴はいい女になる。便所の神が言ってんだ! 間違いねぇ!」


「うん、わかった!」


 教室からは少し離れたトイレでの出来事であったが、ゆったり歩くもそろそろ教室に辿りつく。少女は話題をこの先のことへと移していく。


「ところで、ベンガミはこれからどうするの?」


「なにも俺はここのトイレだけの神じゃねぇ。トイレ全ての神様だ。どこか違うトイレで用のねぇ奴をまた叱り飛ばしにでも行くとするよ」


「全部のトイレか、すごい数だね」


「すごいなんてもんじゃねぇぞ! おまけに使う奴らもすごい。一人で飯食うOLや殴り合いを始めるチンピラ、やりはじめるカップルに怪しいブツの取引まで……多目的ホールじゃねぇんだぞ! トイレは!」


「あはは、トイレ一つとってもすごい世界だね……それに比べて私の悩みなんてちっぽけだ」


「てめぇの世界はてめぇだけが全てだ。当時のお前にとってその悩みが他と比べてちっぽけだとか、そんなことはありえねぇ。

 だが! 成長した今のお前にはちっぽけなのは間違いねぇだろうな」


「私は成長したのかな? ベンガミがいなければ私は何もできなかった」


「俺はちょっとばかしてめぇの後押しをしただけだ。全てはてめぇでやったこと。俺がいなくとも、必ずどこかの神がてめぇを見ている。そして正しく自分を変えることができたのなら、絶対に神々はてめぇのことを見捨てはしないだろう」


「でも私は会えたのがベンガミで良かったよ。でも、全てのトイレを見て回るって事はもうベンガミと会うことはできないのかな」


「ま、そういうこったな。基本は一度見た場所に戻ることはほとんどねぇ、便所の神に会いたいなんて物好きもいねぇしな。

 さ、長話もなんだ。ここいらでお別れとしようか」


「そっか、じゃあ……ベンガミ……さようなら。そして私を救ってくれて有難う」


「あぁ……」


「ベンガミ?」


「あ?」


「トイレでカミの音は……」


「分かってるって! 気が向いたらいつか……な!」



 ベンガミはそう言うと、少女の前からふっと姿を消した。そうして少女の不思議な八百万の神との出会いは幕を閉じたのであった。


 ちなみに少女をいじめた女生徒達はというと、ビッグベンと名付けられた彼女らの巨大な下の塊はなぜか異常な固さに懲りかたまり、業者がドリルを使って三日かかって撤去した。そんな彼女らビッグベンの産みの親はもちろんそれをネタに表から影からいじられ続け、ある日忽然と学校から姿を消した。そして音楽室の前のトイレは真に学校の怪談として昇格。代々語り継がれることになったのだ。


 だがその時の少女は、そのことに対してざまぁみろとは思わず、かといって気の毒だなんて思うこともなく……ただただ自身の広がった世界を明るく前を見て進んでいた。


 そして少女は高校を卒業し、大学を経て今はOLとして働いている。そんな元少女は今はトイレでご飯を食べている……なんてことはなく、明るい職場の休憩室で優雅なランチタイムを過ごしている。


「あ、ちょっと用を足してくるね」

「はーい」


 少女だった女性は職場の綺麗で広いトイレの個室に入る。大人なった今も、彼女はトイレを綺麗に静かに使い続けている。


 流れる音は3つだけ。


 用の音と水の音と、神の音……

トイレの神様、ベンガミ様のお話。

最後の二人の会話シーンだけ少し行間を広めに取ってます。


いじめる者の風貌、いじめられる者の風貌、そういったイメージは書きたくなかったので、ベンガミ以外の容姿はあまり描写に含めませんでした。

手抜きではありません、信じてください 笑


一言にいじめといってもその在り方は様々です。私にも一概にこうしたら良いなどと軽いことは言えません。

ですが一つ言えることは、いじめる者の人生など暗く淀んだつまらない人生しかこの先待っておらず、いじめられている方には果てしなく広い世界のどこかに、必ずあなたの居場所があるということです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ